2-3




 交錯した二人の切っ先、


 その片方が今、……降ろされた・・・・・




「あン?」


「あ、いえいえ。遠慮なく斬りかかってきてください?」




 降ろしたのはマグナだ。

 彼女はそのまま、ユイの長刀からも視線を切って、着ていたシャツの片袖を引き裂いた。



「舐めてンのん? 勝つんだろ? いいから来いヨ」


「だから、そっちから来てもいいっすよってば」



 あくまでマグナは緊張感無く言って、用意した布を額に捲く。

 それをユイは、どうすることもできず眺めるだけだ。


 ……ユイには、

 この戦いにおいてユイには「後の先的に打ち返す」以外の選択肢がない。仮に彼女が距離を埋めるために奔れば、その下半身の力みは「奔るためにしか使えない」。そしてそのスキを確実に、マグナは「後の先」で差す。


 この戦場において、ユイに「先の先」はあり得ない。ゆえにこそ彼女はここまでに「マグナに先に打たせながら」、かつ白炎の牽制によって「向こうに反撃の余地も提供させていた」。


 率直に言えばこの戦いは、「後の先の取り合い」とさえ言い切れる。



「(桜套の炎を攻略した? いや、それなら時間飛ばしてアタシの首切ってオシマイだ。こっちの炎は、未だ牽制としては有用だ。しかし、だったらなンだ? ……気色悪ィな。こっちァハナから削り合いで向こうの音が上がんの待つしかねえわけで、さて。こりゃ雲行きが非常に気に食わねェ)」



 マグナを殺すなというのは、ユイにとってそれなりに重要なオーダーだった。

 或いは、仮にこれがであれば、話が来たその場で蹴ってしかるべき程度には「ありえない要求」と言い換えてもいいだろう。それほどまでにこの依頼は「難しすぎる」ゆえに。


 それでもユイがこの依頼を飲んだのは、それを飲み干せるだけの「見返り」があったからである。



 本当に命を張ることになるギリギリまでは、……或いは、多少なら命を張ってでも手に入れたい報酬が、彼女にはあった。


 だけれど、



「(向こうの手を読み切れずこっちが死ぬ、なんてのもありえなくねェよな、アイツあんだけ早ェわけだし。……さてとだ、『深度0トップギア』は、『中位深度ギア』で訛り玉ぶち込んで無力化ってのも、あの傷じゃ多分殺す。……問題は、)」



 ――どこまで、あの「報酬」に拘るか。

 手慰みに長刀二振りを指先で回しながら、彼女は幾つもの「計算」をする。その他方で、




「お待たせしました」


「……、……」




 額の傷を止血し終わったらしいマグナが、




「それじゃ、



 ――始めましょ」

「!?」



 時間停止による急接近。そのまま、



「おっとっとォ!」


「分かってます。防ぎますんでしょ?」



 消失。出現。


 しかし今までよりも間合いが遠い。マグナが現れたのは、これまでの「踏み込み一つ以下・・の近距離」ではなく、「」である。


 ゆえに、十分に体重の乗った両者の斬撃が、激しく眩い火花を散らした。



「ンだァ? 勝ち筋見えたってワリにゃやってること変わんねェなァ!」


「言ってろそんでそのまま死ね!」



 打ち合い、打ち合い、打ち合う。

 先ほどとほとんど・・・・変わらぬ光景で、戦況は進む。


 変わるのは唯一、マグナの現れる位置が先ほどまでよりも離れたことだ。それにユイは濃密な危機感を覚える。


 なにせ、これでは

 元来ならば、インファイトになればなるだけ手数が増える。そしてユイの思考が削られる。


 先ほどまでのマグナはそうやって「ユイの判断速度を超える手数で封殺する」手段を取っていた。それが正道だと、ユイにも理解できていた。



「(でも、捨て鉢じゃない。絶対にこのやり方にァ意図がある。……さァ、どーくる? こっちァ少しずつだが、さっきまでの過密戦闘で焦げた脳ミソが冷えてくばっかだぜ?)」



 思考が冴える。次の手が見える。加熱した集中力が俯瞰的に形を変える。

 戦場を上空から見るような感覚。それで以ってユイは、自身の死角とマグナの出現予測を更に精密化させる。


 データが揃うほど、勘が盤石となる。時折挟まれる「間合いの近い再出現トラップ」への対処が正確化する。


 思考のトレース。今のユイには、マグナに見えているであろう「自身の死角うしろすがた」さえ脳裏に再現出来つつある。



 ――さあ、何が来る?

 ユイは思う。


 ……遠い間合いにこちらが慣れたところで、唐突にインファイトに切り替えるか? やってみろ。完成されつつある予測トレースには、距離感の違いなど問題じゃない。それとも敢えて、『時間を停止しない』? この剣の一撃を敢えて生身で受け切って、「呆けて次のマグナ・・・・・を探す私」を斬るか? 出来るものか。かような小手先が通じる局面だと思うな。私は貴様から、決して目を離さない。それとも、それとも、それとも――、










ぇあ?・・・










 予想通りの位置に再出現した彼女、マグナを見て、

 ユイは、そんな間抜けな声を漏らした。


 なぜなら、




「――――」


 マグナの手には、「剣」が在った・・・・・・・




 今までの手数優先の短刀ではない・・・・。敵を斬り、盾を断ち、のブロードソード。


 それが、彼女の手に……、




「    。」




 加速したユイの思考が、彼女マグナのために最適化された反射行動が、。それに対してマグナは、




 ――腰を落とし、足を開いて、剣は上段、天を差す。


 目に宿るは火。

 彼女の相貌は今、ただまっすぐに







ドォッ!!!」


「ォあッ!?」





 強かに、刀を叩く・・・・・・・・



 ――がいィん! と、銅鑼のような音が響いた。

 両刃の衝突が大気を揺らし、ユイはたまらず刀を取り落とす。対するマグナは両肩に力を込め、剣に返る暴力的な『手応え』を強引に握り潰す。そこまで確認してユイは、ようやくマグナの意図に気付く。


 間合いを遠く取り直したのには、やはり致命的な理由があった。

 しかしそれはユイの考えていたような、「斬り合いというミクロな視点シーン」での意義ではない。

 そうではなく……、




テメエ・・・……ッ!」


「騎士が剣を持ってないことに、違和感を覚えなかったんです?」




 マグナの後方に滞留する『魔力光』、それが霧散していく光景に遅れて気付く。


『ソレ』は

 詠唱では成立させ得ぬ魔法、或いは、スキルにないスキルを使うための方程式。滞留する『筆跡』は3秒にも満たぬ時間で書きあがりそうな陳腐なものであったが、それでも、「3秒という莫大な時間・・・・・を、魔法陣の構築に回せる」ような余裕がこの戦場にあったはずはない。



「(……なるほど)」


 と、ユイは胸中にて目前の光景を嚥下する。



「(遠く取り直した間合いは、短刀じゃなくて剣を打つ時なら適正な間合いだった。マグナは、時間停止何回か分の時間で、あの魔法陣をにチマチマと書いていた。それを、私は見逃した)」



 ――それが、この光景か。と、ユイは思う。



 目前から迫るのは、騎士の一閃。


 その横薙ぎはどこまでも研鑽された芸術品のようで、その切っ先は、彼女の腹部にまっすぐ向かっている。


 片方の刀は、既に取り落とした。もう片方の刀では防御が間に合わない。唯一選択肢に残る炎を、しかしマグナは「この一合のためなら燃やし尽くされても構わぬ」と目で語る。



 爆炎を浴びせてみろ、それでも必ずこの一撃は、貴様に届かせる、と。

 それが、その「目」が、




「――はァ、しょーもね」




 の最中に煌めいていることが、彼女からすればあまりにも滑稽だった。



 ――ユイは、そのまま「当たり前のように迫る剣を拳で殴る」。

 それをマグナは視線で捉えるが、驚愕はなく、技に陰りもない。


 捨て鉢のごときその一手への哀れみさえも忘れて、芸術品のようなその一撃をユイへ送る。ただし、





「      は? 」


「『桜套七福』ってコレ・・な、小洒落たストールだろ? これがヨ、火ィ吐いてたんだ。をな」





 ユイの拳が火を灯し、それが、剣を食らった。

 白炎の咀嚼じみた胎動・・・・・・・が一瞬で剣を光に解き、それを燃やし尽くす。



芯のねえ剣・・・・・なンぞに詰めを頼りやがって、下らねェ」



 言ってそのまま、ユイの拳がマグナの襟を掴み上げる。



「んな!? っくそ! 放せこの馬鹿力!!」



 叫びながら彼女は時間停止を行う。

 その止まったコンマ数秒の中で必死にもがくが、ユイの拘束はまるで解けない。彼女は一瞬の判断でシャツを引き千切り、――その瞬間に世界が『明滅』する。



 そして、


「ごァッ!??」


 再生された世界で、今度は頭を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた。



「……なァ?」


「くそ! ホント馬鹿力だな!」



「だろうな。まあ聞けy――



 ……時間停止。


「ちっくしょうがァ……っ!」



 彼女はその中でまた、必死にもがく。

 頭を掴む指は、まるで外せる気がしなかった。




 ――よ。手前のウラと目論見が見えた。いいか? 言うぞ? 手前n」



 時間停止。


 うつぶせに押さえつけられた身体を起こそうとする。

 しかし叶わず、世界が明滅する。




 ――の切り札ウラ。そりゃアレだ。さっきから手前が使ってた時間停止のy」




 時間停止。更にもがく。

 そして彼女は、「この指が絶対に外れないこと」を確信する。




 ――よォ、長ェバージョンとアタシァ見たぜ。恐らく手前の使う普段の停止は、一秒n」




 時間停止。その中で彼女は無様に叫ぶ。そして、ユイの指につかみかかる。

 今度は、明滅を待たずに世界が「再生」した。




 ――にも満たない。……なんだ、手ェ放せ。喋ってンだろ?」



 ぐりぃ、と彼女の顔が地面に押し付けられる。

 砕け散った石畳の欠片が、彼女の頬を滅茶苦茶に裂く。



「お、落ち着いたか? さてとだ、――手前の普段の時間停止はあって一秒。もっと短ェとアタシァ見るがね。そんで以って、『空気や地面以外の何かに干渉する』と停止が解ける。多分そんなところだろ? ンで、そんな手前が自信をもってお送りするウラってのァなにか。そら察するに、長い時間停止・・・・・・だ。違うか?」



「うるせぇ、放せ……っ!」



「話してんだよ。うるせえのァそっちだ。……さて、長い時間停止。確かにこれを使えばアタシなんざ楽勝だよな? でもそれを手前ァ使わねェ。それはなぜか。まァ大前提が、察するに回数制限。。それはなぜか。……まァ、普通に考えたら『この後使うから』だ。んじゃ、この後っていつ? ってな疑問が残る。疑問ァ残るが、――ここまでネタァ揃えばあとは簡単な推理よナ? 手前らの『この後』、つまり目的が見えてくる。さァ、ここでアタシァ、手前に聞かなきゃいかん最後の詰めをヨ、聞かなきゃなンねェ」



「言うわけねえだろ! 放せっつってんですよ!」


「放すわきゃねェだろ? 聞かなきゃなんねえことの方なら、幾らでも話す・・がね? さてェ……、


 ――?」





 そこで、空から、

 ……



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