『破_/2』

 



「『赤紙一路あかがみいちろ潰壊堂中ついかいどうちゅう』。……こりゃヨ、アタシのとっておきのスキルでナ」




 ポイントB、

 ストラトス領のとある街道にて。



「ピンからキリまでで8個、ギアがあンのヨ。ちなみにナ、今ァ上から三つ目だ。『深度2』ってンの」



 彼女の声は、


 ――昼間の空が異常に暗く見えるのは、街に戦火あかりが多すぎるからであった。

 星空を潰す都会のネオンライトの類いの、ただし桁違いのスケールの光量。それが空を灼き、赤昏く染め上げている。



「殺しちゃなんねェらしいから、手加減ってことで抑えめナ。ンまァ、でもヨ、ちゃんと頑張ンないと殺しちゃうヨ。間違いってのァ誰にだってあるからネ、レオリアセンセーもそこァ許してくれると思うしヨ」



 彼女、ユイが、

 無作法に胡坐をかき、膝に立てた腕に頬をつきながら、スポーツの観戦でもするように脱力し辺りを睥睨している。



「そら、そっちから銃が飛ぶヨォ? おっとみなヨ、空からヒコーキの爆撃だァ。……おォすげェ! 信管キャッチして止めやがったのかイ!? 曲芸だなァ! ンじゃ見せモン代に教えるがァ、後ろ見てみナ? 砲撃が来るらしいゼ?」


「――ちっくしょォッ!!!」



 ユイの視線の先で踊る・・マグナが、耐え切れずそう叫ぶ。

 銃撃でボロ屑と化した石畳に足を取られながらも、彼女はキャッチした爆撃焼夷弾をユイの方に投げる。が……、



「――消えちゃうんだなァこれが! 種も仕掛けもねェんだがね!?」


「ッ!」



 投擲した焼夷弾はユイの目前で霞のように消える。

 それを見たマグナは隠すこともせずに大きく舌打ちをする。



「しかし見事だァ! 良くやってる方だゼ、誇っとけよネーチャン! !」


「でしょうねッ!」



 マグナがまた一瞬消える・・・・・。その跡を夥しい数の弾丸が通り過ぎる。


 更に「時間が飛んだように別の場所にいた・・」彼女を爆炎が襲い、そして彼女がまた消える。


 再び、今度は三十歩先の距離に出現していた・・・・彼女はしかし、四方八方滅茶苦茶に張られた炎の弾幕に足を止められた。



「(こいつ、――相性が悪すぎるッ!!)」



 マグナはそう、胸中で叫ぶ。



「(わたしが幾らスキルを使っても、こんな絨毯爆撃ド真ん中みたいな状況じゃ全然関係ない! っつーか絶対コレ本気を温存する局面・・・・・・・・・なんかじゃねえ!)」



「お? なンか不穏なコト考えてるネ?」


「うるさいっすねェ!!」



 マグナが一瞬消え、次の瞬間には彼女の周囲の弾丸が全て切り伏せ

 ユイはその神域の技術じみた光景をニヤニヤと眺めながら、



「アタシも暇なんで、ソレ・・、あててみるゲームしようゼ?」


「はァ!?」


ソレ・・な、その『目』。アタシらン家業はその辺に敏感なんでヨ、諦めた目なのか生意気なコト考えてる目なのかの区別ァ付くワケ。ンで言うとネーチャンは後者ナ。生意気なコト考えてるヤツの目だ」


「――――。」



「そこで考えたいワケよアタシァね! ……ずばり、アンタのその目にも止まらねェよな早さ。そこに生意気のタネが隠されてるンじゃねえか?」


「ちィ!? ……っクソ! どうでしょうね! 忙しいから後にしてもらえます!?」


「ンなコト言うなヨ、寂しィナァ。……まァ、一人で続けちゃうケドね? さてとだ。……実ァアンタ、そろそろそのスキル、雑に使い始めてンのヨ」


「……は? っとあぶね!?」



「まァ聞いときナ。アンタのその『消えてもっかい表れて』ってヤツ、さっきァよ、二歩先分のトコに現れたのと同じ時間差タイムラグで三十歩先のトコにも表れたネ?」


「――。」



「最初ァそンなことしてなかった。つーか三十歩先なンて『ずっと遠い距離』に現れたりからして、してなかったナ。逃げるって決めてみて、詰めが甘くなったってことカネ?」


「心当たりがないんでッ!」



「そーかい? 関係なくこっちァ続けるけどな? さてと、ここで感じンのが違和感だよナ。アンタがすげェ早ェンだと、仮にしようかい。だとしても二歩先に行くのと三十歩先に行くのが全く同じってのァ分からねェ。ゆえにアタシみたいな可愛くてちっちゃなアタマお花畑チャンはヨ、こー考える。――あれ・・? ? ってナ」



「――――ハッ! どうでしょうね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれませんね!」


「でもそしたら、。だってそうだろ? 時間飛ばせるような奴が、なんでアタシなんかに苦戦してんだヨ?」


「……、……」


「そこで生きてくるのがさっきの『目』。さっきの、生意気なコト考えてる奴の目だ。ンじゃ、こっからがアタシの推理。っかー! ホームズサンみたいで盛り上がるねェ気持ちがヨ! ……おっと、失礼? ホームズってのァまあ、アタシの故郷の偉大な小説の主人公、その探偵サマの事だヨ。つってもアタシァ読んだことァねーんだが、学のねェアタシでも知ってるすげェヒトと思ってもらえたら大体あってる」


「……もういいからその推理ってやつ一区切りまで聞かせろよ! なんつータイミングになんつー脇道にそれてやがる!?」


「あ、そォ? なんだヨ。なんだかんだ言っても聞きたがってンだね。アタシァ嬉しいワ。まァ、とかくだ。――? それ出せ・・・・



 ユイの一言。

 ――その凄みに、空気が凍り付く。


 銃撃や爆音が一瞬だけ消えたような、そんな錯覚にマグナは思わずユイの方を見た。


 ……見るべきではなかったと、そう思った。



 そこにあった肉食獣の視線に、マグナは、魔王と対峙した時・・・・・・・・と同質の冷や汗を、頬に感じた。


 しかし・・・



「残念、ですがね」


「あン?」


「……



 魔王にさえ比肩する緊張感。それがマグナの歴戦ほこりに火をつけて、

 

 ――そして彼女は、ユイの視線を鼻で笑った。







/break..







「(さてと、だ)」



 と、わたしこと桜田ユイは胸中にて呟く。

 それから続けて、……「実に暇だ・・・・」とも。



「(いやァ、ジリ貧だね……)」



 確かに、彼女ことマグナの神業のごときダンス・・・には見ごたえがある。

 しかし、それでも、『この戦いには進退がない』ということを察してしまっている私には、ぶっちゃけ言うと緊張感がまるでない。


 ……なにせ、ここまでに『私が害されていない』ということは、翻って『今後もマグナはこの弾幕を抜けられない』ということの証明だ。


 ゆえに私の座る戦車の上ここは約束された安全地帯。しかしながら、私の『赤紙一路・潰壊堂中』がマグナに有効打を与えられないということもまた、ここまでに証明された事実である。


 ここで出来ることがあるとすれば、私が敢えてこの安全地帯を降りてマグナとちゃんと矛を交えるコトくらいになるワケだが、そんなことをするつもりは(実はちょっと斬り合いで彼女に勝てる気がしないので)全くないワケで。



「(……酒でも持ってくるんだったネェ)」



 なんて独り言ちつつ、私に出来るのは結局戦況の俯瞰のみであった。



「……、……」



 俯瞰すべきコト、――考えるべきコトは、しかし明確でもあった。


 つまりは、マグナの持つ「時間停止スキル(仮)」の詳細。それと、彼女が隠していると思われる「切り札ウラ」の正体である。



 まず第一に、先ほども触れたことだけれど、どうして彼女は「時間を止められるなんて破格のスキルを持ってるのに苦戦しているのか」。


 これは察するに、彼女のスキルがためだろう。可能ならその「万能ではない部分」にアテをつけておきたい。


 それから彼女の「切り札」、そしてについても考えるべきだ。


 特にこちらは、どう考えたって今日のこの戦線への「なんらかの一手」のために温存されているはずである。緊張感さえ戻ってきてくれたら、知恵熱レベルで考え込んであたるべき問題だろう。



 さてはて……、


「……、」



 そもそも、『時間を止める能力』なんて能力は間違いなく破格だ。


 これが仮に私の手にあれば、負けるヴィジョンが全く浮かばない。なんなら『時間を止めた世界』で敵性の首をすぱっと一太刀。そのあと悠々と時間停止を解除すれば、それで相対者は悪趣味な噴水モニュメントに早変わり。。この事実について考えてみるべきだろう。



「(ふむ)」



 ただし・・・

 私の並べる推論は全て、どこまで行っても『空想』だ。


 なにせ、『時間が停止するわけがない』のだ。数字の理論で行けば時間は、「限りなくゼロに近づくところまで」しかできない。


 もっと言えばその「限りなくゼロに時間が接近する状況」というのは、この世界や私の前世のお歴々が算出したところで言うと「ブラックホールの最中央」でしか発生し得ないものであるらしい。


「時間圧縮には、質量が要る」。ここ・・には、或いは彼女には、星の死体イド一つ分の質量なんてものはどう考えたってないだろう。


 時間の圧縮には質量が要る。そのはずなのに、彼女は理屈を無視している。



 ……というか、もっと大前提の部分を言えば、時間が止まった世界で動けるはずだってない。



 時間が止まるということは、「運動」が停止しているということだ。「止まった世界」に「止まってない彼女」がある時点で、そこは「時間うんどうの止まった世界」ではない。


 仮に彼女が時間を止められるとして、その世界で唯一彼女だけが動けるとして、ならば「彼女の運動に押し出されたモノ」はどうなる? 彼女の呼吸で排出された空気、彼女の進退で押し出される大気はどうなる? 彼女が大地を踏んだ時に、その質量はどこへ行く? 「光」や「熱」さえゼロに止まった世界は、絶対零度の暗黒世界であってしかるべきだろう? そんな、「ありとあらゆる仮定あたりまえ」を無視して、彼女の「時間停止能力(仮)」は『結果』だけを現象化させている。



 氷結した世界で凍り付かず、暗黒の世界で正確に目的を達成する。この時点で、

 ……いや、はっきり言えば「この時点」どころか最初から最後まで・・・・・・・・理屈が通らない。



 物質、或いは魔力的な質量が無いから、彼女の能力を「時間を限りなくゼロに近づける・・・・モノ」ではないと見る。

 ほら見ろ、最初の最初からトンだ破綻だ。だからこそ、私は断じる。



 彼女の能力の弱点、或いは彼女の隠す切り札の考察は、――あくまで『空想』としてで構わない、と。



「(ってことでだ。立ち返り考えるべきァ、アタシの首がまだ飛んでない理由からだ)」



『空想』として、

 一つ、「向こうが私の命までは取らないつもりで戦っている可能性」。……これは実にナンセンスであった、首を飛ばせぬのなら捕縛をすればいい。


 では、他にはどんな理由がある?


 ……私は、思索の肴のつもりで、胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。



「……、……」



 抽象的な思考の欠片を、一つに縒り集める。

「時間停止」などという規格外の世界から見える風景を脳裏に描く。


時間うんどうが止まり、光も熱も全てが停止した世界。そこには、けれども、きっと「光景ひかり」がある。


 停止して無色透明になっているはずの光が、それでもこの街の風景を描画している。移動も可能だ。なら「時間停止者」の一挙手一投足は、止まっているはずの大気にさえ干渉できるかもしれない。

 彼女の吐いた空気は、そのまま揺蕩い「大気せかい」に波及する。彼女の踏み占めた足跡おもみは、くすりと軋んで「大地だいち」に溶ける。――ならば、そこにないのは「私」の自我だけではあるまいか?


 自我だけが世界の変化を見落とす。世界は、、ヒトや動物の魂だけが盲目となる。これなら、どうだ? 時間の停止は可能ではあるまいか?



「……、はァ。そーだったワ、これもナシ」



 自我観測者への目隠し。この考察も袋小路であった。

 私の首がまだ飛んでいないという部分を全く説明できていない。やはり時間の止まった世界では、「物理的な現象」にもの制限があると見ていい。



「(やっぱり、時間は止まってんネ。……なら、思い出すべきことに二つ、心当たりがある)」



 一つは、彼女が私たちの戦場最中央に「爆弾を置いて行った」時の事。

 そしてもう一つは、私が魔王と切り結んでいるときに、背後から現れ私を蹴りつけた瞬間の事である。


 あの時彼女は、どうだ? ? それとも、



「(……ンまァ、分かるわけもねェけどナ。そんなコンマ一秒以下の世界の区別なんてつくわけがねェ)」



 ここで考察材料をもう一つ。

 



「(答えは一つ、。……だけど、これが仮に)」



 弾幕が邪魔なら、ナイフの先でも使って一つ一つ丁寧に除ければいい。

 爆炎が邪魔なら、その辺の石建材でも引っぺがして封殺すればいい。


 そして「時間の止まった世界で丁寧に花道を作った」上で、悠々とそのまま私の元までくればいい。――ここに、私の考察の結論が浮かび上がる。



「(理屈は知らねェが、退。それか、、なんてモンだと見て良いか)」



 どちらにせよこれで、私の首がまだ飛んでいない理由も彼女が向こうで弾幕に悪戦苦闘している理由も判明した。




「(さて、お仕事半分オシマイかい? ……そンじゃここまでを大前提に、本題に移ろかネ)」




 本題。

 ――彼女の隠す、『本命』とは何か?




「(時間停止絡みは大前提。そしたら、例えばさっき『空想』した弱点できないことを補うみたいな、ってことになるワケだがァ……、判然としねえ。なんだ必殺技っぽい時間停止って?)」



 惑星の自転を止めて世界終了? 馬鹿か。そんな本物の終末兵器を使って何がしたい?


 或いはさっき思いついたように、「空気は押し退けて動けるくせにそれ以外は駄目」という不便性のない、『停止世界に幾らでも干渉できる時間停止』? 下らない。なら惜しまず使えばいいだろう。それで、ポイントBも向こうの戦場・・・・・・も悠々のんびり彼女が手づから攻略すれば、それだけで魔王側の勝ちなのだ、温存する必要性がない。

 ならば、





 ――待て・・







「    」







 考察の要素が、出揃っているとしよう。


 彼女の能力に対する『空想』が芯を外れぬものであったとするならば、彼女の切り札を読み切るのは難しいことじゃない。


 ゆえに私は推論をまとめ、彼女の切り札に結論を出す。そして、



 ――非常にマズい・・・・・・、と。

 導き出されたその『空想』に、どうしようもなく唾を吐いて、





「……しゃーなさすぎるなァ」


「――――。は?」





 ……スキル『赤紙一路:潰壊堂中』を解除した。








 ./break.








 赤銅に燃えていた空が、ただの一瞬で鎮火する。



 鼓膜を直接揺らすような爆音が消え、災禍も銃弾も、残響さえなく亡失した。

 ただ青い空の下に広がる「街の傷痕」が、寝息のように歴史を告げる。



 ほんの一秒前までここに広がっていた『戦争』は、今はもう、古傷のよう。



 ――真昼の、透明な風が石畳を撫でた。

 その最中央にて息を切らす少女、逆条次席、白銀のマグナは、




「……、なんのつもり、ですか?」


「あン? なンだァ? アタシが何かヤんのに一々手前の許可が必要か? あァ!?」




 と、

 ……対峙するユイに実に理不尽に怒鳴られた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る