1-2
悪神神殿近郊の森にて。
「ニールは無事に、囮になれたらしいな」
「……、……」
甲冑の猫亜人バロンは、周囲を警戒しながら傍らのリベットに言う。
「……、」
「準備はいいな? あのハルってノリのいいニーチャンから貰った装備も全部持ってきたな。ローブは、ちゃんと腰で結べてるか? オーケー。しっかり固結びだ。こりゃ解けない。あとは、ええと……?」
「し、心配性はいいからっ! そうじゃなくて、
「うん? ……あー。リベットちゃんにも聞こえたろ? 今の轟音。それに
「うん……。これが……」
「
――それに、ビビらせるにも具合がいい
空には、今、
――『獣性』が、首を持ち上げていた。
「――――。」
シルエットは、地龍のモノに近い。
長い首と、長い尻尾。翼は退化し、代わりに発達した四肢が桁違いのスケールの竜の身体を支えている。
――山脈か、或いはいっそ水平線の向こうに見える彼岸の大陸がごとき巨体。
空に吼える彼の
「デカく見えるだろ? これも一つプレッシャーの威力ってやつだな。んじゃあ俺たちも――」
「
と、バロンに手を取られたリベットが、うわ言のように呟いた。
「?」
「バロン。あなた、木の葉の陰に隠れてるって言った?」
「お? まあ、言ったぜ?」
「――
「 」
そこで、一つ、空の彼方にて。
――
../break.
「 」
防衛拠点テントにて。
その伝令の兵士は、戦場のど真ん中に降り立った『隕石』、――『竜』の、世界の終わりのごとき威容に、ちっぽけな正気を吹き消されつつあった。
が、そこへ、
「バスケット」
「はっ」
「
そう言いながらレオリアが、
「キミ。伝令ご苦労」
「レオ、 リア、さま ??」
「なんだキミ、酷い顔じゃないか。……おかしいな。ウチの有給は潤沢にあるつもりなんだけど、妙に疲れが取れていないような顔だ。ちゃんと気晴らしの旅行とかしてる?」
「旅行は、えっと、……最近はしておりませんけれど、…………いやっ、そんな話ではなく!」
「それじゃなんだ? まさか、
「っ!」
兵士の表情が、雄弁に、「その通りだ」と語る。
しかし彼女は、
「確かに、
「い、いやレオリア様ッ! あれ見えてますかあの竜! とんでもなくデカくてめっちゃ強そうな竜見えてますかっ!? あれファフニ―ルですよファフニ―ル!! バスコの歴史に残る、
「……ふぅむ」
とレオリア、少し思案顔になってから、
「さて、キミ」
「っ!!!????」
旧知の友にするような気軽さで以って、
「(お、おぉォオオオオオオオっぱいッ!!?? あたってる!!! か、顔が近い!!??? いい匂い!!? やわらかいし温かいしこの人すげぇまつ毛長いッ!!!?????)」
「ほら、――見てみなキミ。あっちだ。……
――ぼん。とレオリアが軽い調子で言うと、
「――――ッ!!?」
刹那、
「な、にが……?」
彼は、彼方の光景に言葉を失う。
それにレオリアは、……やはり友人のような気楽さで、返事をした。
「私たちが何を始めたのか、知ってるだろ?」
「……、……」
――
と、彼女は告げる。
「資本競争のために、戦争はある。正義と悪を決める戦いが戦争だ。自国を守るための防衛、或いは侵略こそが戦争だ、なんて言うけど、そもそもさ」
「……、」
「
「なにを、言ってるんです?? さ、先ほどの流星は何なのですかっ、レオリア様!?」
「
――
../break.
竜が、落星に撃ち抜かれた。
それを戦場に立つ兵士が見る。衝撃にのけぞる巨体。その挙動一つにも逐一大地が揺れて、ヒトは、無力にもその場でたたらを踏む。
――否。
「
星ではなく、それは『燦然と輝くヒト』であった。
グラン・シルクハット。その身に「竜の心臓」を持つ彼が、両腕から白条を吐き出し竜の頬に突貫し叫ぶ。
「サクラダァ! 初撃は俺が貰った! 続いて来いよフォロワーども!」
「――……。はあ、
激音響く戦場に、そんな声。
女性の声だ。緊張感のない、抜けた声。それが不思議と「戦場の端々まで響いた」ように聞こえた。
いや、正確に言えばそれは、
「 」
音量ではなく、――「存在感」によるものであった。
「――――。」
――戦場に今、英姿が五つ。
「おォい威勢がいいのは一人だけかァ!?」
まずは男、エノン・マイセンが叫ぶ。
「やめなさいよ全く。……みんな仲間なのよ、発破を掛けなさい」
それを少女、ハィニー・カンバークが諫めて、
「まあでも、確かに芋引かれたら困るな。……戦場が広くなるのは助かるが」
男、ルクィリオ・ソルベットがぼやいて、
「ううん、あれはきっとアイツなりの発破なんだよ。周り、見てみな」
少女、アリス・ソルベットが言葉を返して、
――気付けば戦場に響いていた、戦士たちの咆哮に、
「あー、……男臭い」
最初の声の主、ミオ・ラフトップがそう呟いた。
../break.
「レオリア殿、次報です」
「うん?」
防衛テントにて。
伝令の兵士の肩に腕を回していたレオリアが、後方から掛かるバスケットの声に振り向いた。
「ええまずは、七席ニールに、『ソード』、……ストラトスのグランと桜田會のエノン、ハィニー、ルクィリオ、アリス、ミオの混合隊が接触したのは、先ほどの流星で確認出来ていると思います。次報は二つ、一つはストラトスのパブロが、目標Aの追跡を開始しました」
「……
「ええ、――コード『グレープ』が、三席・誇りのバロン及び冒険者リベットと接敵しました」
../break.
「――
「 」
神殿近郊の森にて。
リベットが困惑気味に問い、その言葉に猫甲冑のバロンが思考を空白とする。
そこに一つ、
――「小石」が、
「「ッ!!!??」」
「
響いたのは「老人の声」でだ。
その直後、
「リベット!」
「分かってるバロン!」
バロンへの返答を待たず、リベットの掌が魔力を帯びる。
「――ショックパルス!」
声と共に、魔力が空間を叩いた。周囲から襲う幾重もの矢が、その魔力の本流で速度を失い地面に墜落する。が、
「――――。」
「んなッ!!?」
夥しい数の矢に紛れて、
「リベットちゃん行ってくれ! 俺が引き受ける!」
「わ、分かった!」
本命。
それは、ヒトの影であった。
バロンは鎧の背に差した槍を引き抜き、そしてその『ヒトの影』を見る。
その影、――『彼』は、
「(……幻魔コルタスッ!!)」
幻魔コルタス。コルタス・パイナップル。
桜田會の『鬼』にして、桜田會の最古参の一人。彼が、
「――猫、首を貰っていくぞ」
「ジジイにやるほど安くねェやなァ!!」
その手の凶刃で、火花を上げた!
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