1-3

 


「ひとまず、逆条の三席バロン七席ニールの所在は分かったわけだ」



 防衛拠点テントにて。

 彼女、レオリアがバスケットに言う。



「ようやくチェスが出来そうだね、バスケット」


「……、……」


「バスケット?」




ポイントB・・・・・。どう、考えられますかな?」


「――――。」




 彼の問い。

 ……それにレオリアは、瞑目をする。




「案外……」


「……、……」




 静かに途切れたレオリアの言葉の続きを、バスケットも同様に瞑目して待つ。

 テント内に静寂が訪れ、「戦場の音」がリアリティを増す。


 その音を数拍聞き、そして、レオリアは、



? ……とりあえず、なにせこの展開を考えて、私は一手打っておいたわけだからさ?」



 そう、答えた。






 ../break.






 コードネーム『ソード』の戦場にて。



『■■■■■■■■■■■■ッ!!!』



 周囲に遮蔽物はない。

 ヒトは『ソレ』を中心に円状を作り、そして『ソレ』の、空高くにある瞳に魅入られている。


 『竜』の威容。『竜』の威風。



 、皆人為すすべなく心を奪われて、



「エノン、スタート切って」


「言われなくてもだ、アリス。――んじゃ、行くぞ手前らァ!」



 その発破が、竜殺しの開始を高らかに告げた!



「俺ァ出るぜ! ルクィリオッ、戦場は見えてるか!?」


「そりゃ十分にな。何せストラトスの腰抜けは誰も戦場に踏み込んでこねえ」


「そら重畳! ヨォ雑魚どもそのまま俺らの邪魔ァすんなよ!?」



 威勢良く叫び、彼、エノン・マイセンが両腕を広げた・・・・・・

 前方に右手、後方に左手を掲げ、彼は、



!!」



 叫び、――爆音。

 両腕を前後に広げた彼の掌から、二種類の豪炎が吐き出された!



『ッ!?』



 後方左手は緩衝の「爆発」を、そして前方右手の掌は獰猛なる「炎線」を吐き出す。二つの衝撃に板挟みにされたエノンは猛禽の類いの笑みを浮かべ、炎線の行く先を睨む。



「うっしワンヒットォ!」



 その声の直後、はるか上空で衝撃音が響いた。

 ――空。その奥で竜の貌が爆炎に包まれる。煙を吐き、長い首を大きくのけ反らせ、



 



「あ、やっべ」


「このアホ単細胞が。魔法陣確認し損ねたぞ・・・・・・・・・・。みんな、何が来るか分からないから宜しく」



 ルクィリオの言葉に周囲が頷く。その「空手」で彼らは、喧嘩闘法の延長線じみた構えを取り、



『ッ!!』



 大地が隆起する・・・・


 地揺れに体幹を崩すヒトどもが見たのは「蟻の視点で見るようなスケールの逆さ氷柱」の乱立だ。「剣山状の山」がこちらに向かって、津波のごとく押し寄せて・・・・・いる。大地を割って芽吹く津波ソレに八つ裂かれた岩盤が、底の見通せぬ地割れを作る。ヒトの悲鳴が幾つも上がり、それが、「孔」に飲み込まれか細くなって消えていく。


 その光景を見て、ルクィリオが、



オーケー確認した・・・・・・・・。これは攻撃じゃなくて地均しだ。アイツあの短足四本だから派手に動けないらしい。多分、アイツは自分を魔法砲台みたいにして戦うつもりだな。この地理に苦戦して動けない俺らを竜の魔法でまとめて撃ち抜くみたいな感じで」


「そりゃなんとなく分かってるよ! どーする!?」



 と、そこで……、



「ど、どけ手前らァあああああああああああああわああああああああああああッ!!???」



 ひゅるる~と音を立てて、――空から男の子が落ちてきた!



「どべっ!?」


「あ……、ストラトスのグランさんじゃないっすか。お元気すか?」


「元気なことがあるかクソッタレ! 手前この野郎俺ごと魔法でブチ抜くヤツがいるか馬鹿たれ!!」


「いやあ遠くで良く見えなくて。いらっしゃったんすね」


「俺も誤射だつってブチ抜いてやるから覚悟しとけチンピラァ!」


「仲いいのはいいけどアレだ、向こう次の魔法陣練り上げてるの見えてるか?」


「あん!? おォアレはヤバそうだ!」



 ルクィリオに言われたグランとエノンが、「剣山の群れ」越しに竜を見る。


 そこには、……彼の言う通り、存在感だけで・・・・・・世界を陽炎のように揺らめかせる魔法陣が、それも三枚、竜の後方に展開されていた。



竜閃・・。排炎排毒の器官を持たない竜は、ああやってブレスを撃つらしい。……いっちゃなんだがアレもうブレスではないよな」


「言ってる場合かサクラダ幹部!! とりあえずお前、あの魔法陣が読めると見ていいんだよなっ、規模は予想できるか!?」


「魔法陣一つにつき山一つを更地に出来る規模だ。丁度いい。ストラトス、お手並み拝見と行こうじゃねえか」


「ふざけんなよ手前らも仕事しやがれ!」


「ウチのエノンがちゃんと手前を吹っ飛ばしただろう」


「おゥおゥ分かった手前らもあっち側だな纏めてぶっ殺してやるから向こうに行ってこい馬鹿野郎!」


「ったく、分かってるよ。……仕事ね? だってよォハィニー?」


「準備してるわ。とっくに」



 言われた彼女、ハィニー・カンバークはつまらなそうに答える。



「準備? そっちのハィニーに手立てがあるのか? 聞かせろ」


「不躾な男だね。今夜のホテルと部屋番を教えなさい。どっちが上か分からせてあげるから」


「な!? ……な、なにするつもりから知らねえけど今夜はホテルじゃねえ。この戦争が終わったらその後多分王都に泊まる。何するつもりだかてんで分からねえけどな! 俺はシャワーは大体いつも八時に浴びるとだけ言っておくぜ!」


「オーケーこの変態。あなたは特別にお尻で女の子にしてあげるから」


「やっぱやめたァ絶対来んなァ!」


「……手前。俺のアリスの前で小汚ねぇハナシすんなって何回目だ? もう片方の乳首もちぎり取られてえのか?」


「ふざけんなどっちも残ってるわよ!」


「クソ兄貴! 作戦会議するんでしょ!? 早くしてよ気持ち悪いから!」


「ア、アリス……? 気持ち悪いって言ってないよね? お兄ちゃんなんか空耳しちゃったかな……?」



 こほん、とルクィリオ。



「とにかくだ。竜閃は元来あそこまでの規模の魔法陣はいらないはずだ。多分アイツ、さっさとこの場を潰すつもりだな。そんで次に行く。……予想通りアイツは陽動だな。デカい図体で目立ちながら、そこらかしこ滅茶苦茶にする係ってわけだ」


「そりゃ分かるが、ホントにそっちのハィニーはこの規模の魔法を無効化できるんだろうな!?」


出来るよ・・・・。落ち着いてくれよストラトス領、底が知れるぞ? ――オーケー、とりあえずあの魔法陣の完成までは三分程度だな。それまでが俺らの午後の談笑タイムだ。んじゃ、作戦開示だ。んで、ストラトス領、俺らの誰かから口封じに殺されないように気ィ付けて今後生きろよ」






 〈/break.〉






『グレープ』の戦場にて。



「――――ッ!」


「ハッ! ジジイの鈍らで斬れるかよ!」



 老人、コルタス・パイナップルの短刀が、猫亜人バロンのを叩き、火花を挙げた。



「……、……」


「名乗るぜ、逆条八席第三席、誇りのバロンだ。手前は?」


「……では試しに、ゴードン・ハーベスト・・・・・・・・・・と名乗っておきましょうか」


「吹かすなよ幻魔・・。手前、騎士の名乗りに虚を返すとは見下げた屑だ」


「騎士は、これだから救えませんな? ……テメエの流儀押し付けて悦に入るだけのどうぶつ騎士道みちだのと? マナーを言うならテメエがまずツラの毛ェ剃って食卓に着けよ。スープに体毛落としてんぞ多分」


「ハッハ、訂正だ。――見上げた口上だったよ。挑発に乗ってやるから死ね」



 ――衝撃。


 木々が揺れて、黒い星が散る・・・・・・



「――弾け・・


「ッ!?」



 バロンによる薙ぎ払いで、コルタスはそれを止められずに身体を崩す。

 更に、姿勢を失った彼を数え切れぬ「黒い星」が襲う!



「がっ、ゥ!?」


「――弾き飛ばせ・・・・・



 更にコルタスの身体を凶星が打つ。その無色の衝撃に彼は、為すすべなく数メートル弾き飛ばされる。それをバロンは、肉食獣の目で見据えながら、




「(さて)」



 ハンターの冷静さで以って、数拍分思考に埋没する。



「(……幻魔コルタス。噂は聞いてる。ってわけだ。――幻覚魔法の使い手。厄介だが、手の内の分かってる幻覚なんぞどうとでも出来る)」



 しかし、と彼は思考内で敢えて呟く、



「(しかし・・・、驚いたのはヤツらの連携だ。さっきの奇襲でコイツ、。ストラトスとサクラダ會は即席チームだって話だが、あのジジイ一人分のスペースを空けて矢で弾幕張れるって芸当チームワークは脅威かもしれない)」



 そこで彼は、周囲を検分する。



「(リベットちゃんが言ってたな。って。……つまり、ってことか?)」



 反芻するのはリベットの、「神から貸借したスキルの一つ」である。


 ――千里眼。

 彼女の目は「全て」の本質を見抜く。嘘を見抜くのではなく、『本質』を。ゆえに彼女にとって、全ての幻覚は素通しとなる。「幻覚という仮面・・」は、そもそも彼女には見ることすらできないものであるゆえに。



「(周囲の木には、匂いも手触りもあった。その上で幻覚ってんなら確かに幻魔の名にふさわしい。……さっきの矢の弾幕は、大方『木の幻覚』の奥に兵士でも控えてるって感じか? ――さて、そんじゃ、作戦は決まった・・・・・・・)」



 刹那の思考で、彼は、目前の状況全てに結論を出す。半拍の後に、。それをバロンは見て、言う・・




「手の内がバレてるヤツってのは辛いよな? なにせ……

 ――1秒あれば、対策を思いつかれちまう人生なんだろ?」




 ……リベットの「匂い」がもう近くにはないことを確認して、

 そして――、






 〈/break.〉






 悪神神殿近郊の、とある森にて。



「はぁ、はァ……っ」



 彼女、リベット・アルソンは木々に紛れながら森を奔る。



「(あの周辺に、木はなかった)」



 思う。

 それは先ほどの、バロンとコルタスが衝突した戦場の光景である。


 あそこは、彼女が見た限り「森の空白」とも呼ぶべき空間であった。円状に、伐採でもされたかのようにあの場所だけが更地となっていて、だからこそリベットは、バロンが「意図してあの場所に踏み込んだ」のだと解釈し彼に従った。



「(まさか、こんな展開になるとは……。追手はないよね? バロンが食い止めてくれてるみたいだ。……――いや・・。……違う、のか? ――ああ、そうか)」



 違うのか・・・・、と。



 そう彼女が胸中で呟いて、その「気付き」が、彼女の足を止めた。

 ――違う・・



「(私が逃げるときに感じたのは、数え切れないほどの矢の気配。それで私は一も二もなく逃げだした。ここまで全力で逃げてきた。だけど、――だけど、ヒトの気配は・・・・・・・・・・?)」



 ……今はもう、追手ヒトの気配は感じない。しかし、ならばその前は・・・・


 ? そう彼女は思い、思い起こして、そして――、






 ――森が、消える。






「    」



 森が消えた。比喩の類いではなく、本当に。


 唐突に、全く何の前触れさえもなく視界が開けた・・・・・・のだ。

 彼女の周囲にあるのは、「どこまでも遮蔽のない平野」であった。




「    。」






「――?」






 彼女は、声の方に振り返る。そして、『彼』と目が合う。

 彼は、




「名乗っておこう。僕はストラトス領のパブロ。パブロ・リザベルだ。……手荒な真似はしない。キミは我が国の国民で、我が国史の被害者だ。――丁重に、彼女を保護しろ、諸君」



 彼、――パブロ・リザベルは、

 そのように、



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