04.



 食事を兼ねての作戦会議は、その後も滞りなく進んだ。


 先に確認した通り、ここでは初めに行方不明者が身元を消した原因について考える。この際に、僕は自前の情報を二つ、彼らに提示することにした。


 ……一つは、この辺りで地形による事故の記録は、過去五年までに確認できないこと。


 そしてもう一つは、この辺りには滑落等の「危険な事故」を起こし得る地形がないと思われること。具体的に言えば、僕が地形記録を確認した限り、この辺りにあるのはちょっとばかり小高い丘が一つ程度であった。



 さて、ではこれを踏まえて。

 ひとまずここでの可能性は、およそ外敵要因か自発的な失踪に絞られることになる。


 そしてこれが仮に前者によるものだとすれば、我が領の問題としても、或いは精神性の未熟な子どもが当たる案件としても非常に厄介になりえる事案だ。加えて言うなら、無論ながら僕には、グランとパブロに「身体のケガ」も「心のケガ」も負わせるつもりは毛頭ない。


 ゆえに、



「じゃ、ここからは二手に分かれよう」


「えっ」

「はっ?」



 先ほどの打ち合わせで、僕は彼らに調


 用意した理由としては、「これはデリケートな問題だからズバズバ聞くのはよろしくない」みたいな感じである。そんなわけで彼らが主に行うのは、井戸端会議に耳を立てるような迂遠な諜報だ。

 更に言えば『見慣れぬ顔の子ども』である彼らが人目に付くのも警戒を煽るだろうとして、二人にはということも注文に付け足しておいた。


 これだけ諜報活動に制限を設ければ、如何な「歳の割に聡明な」二人であってもそう簡単には危険クリティカルな情報にはたどり着けまい。ぶっちゃけ言えば、先ほどの「調査の効率化」と言う部分の本音の半分は、不用意に「手数」を増やさせないための方便だったり。


 ……つまりは、彼らの諜報活動は成果を期待できないものだという意味でもあるが、その辺はあれだ。子供というのは(たぶん)気付かず楽しめるものだ。僕がそうだったし。



 ちなみに本音のもう半分は、非常に上から目線で申し訳ないが「考えるお勉強」のつもりである。

 部下の教育はあくまで上司の義務。将来的に部下になることが決まっている二人なら、教育だって今から始めても問題はあるまい。



 と言うわけであるが、しかし、



「……、……」



 ……先ほど僕が二手に分かれることを提案した時の、彼らの驚愕の表情たるや正直噴飯モノではあった。何せ彼ら的に言えば今日の同行は、「シルクハット家とリザベル家として、ストラトス家の僕を守るために来た」わけであるからして、僕と分かれてはここに来た意味からして不明となる。


 しかしながら、僕には『結界:図書館〈EX〉』スキルがある。ゆえに僕が彼らを撒くのなど造作もないことであり、更に言えば彼らが「僕に撒かれること」も日常茶飯事。「図書館」から戻って遠目に確認した二人の背中は、その時点でもうすっかりと気持ちも切り替わって、いっぱしのスパイ (ごっこ)のそれであった。


 ひとまず、若人二名の健やかなる外遊びの場は、これで用意できたと見ていいだろう。

 ならば次に行うべきは、「僕側の用事」であった。これは、グランとパブロと共にいては出来ないことである。つまりは、



「(ってことだけど。さてと)」



 場所は先ほどのまま、日差しを一身に浴びて輝く平原街道のその最中。

 僕はそこで、まずは向こうの集落の「輪郭」を確認してみる。



「(ジルハ街道の集落。便宜的にジルハ集落なんて呼ばれてるらしい。人口は、ウチの領の他の地方集落と同程度。家屋の数も数えきれるくらいにしかなさそうだ)」



 紅茶の残りをすすりながら、僕はひとまずの行動指針を考える。



「(自発的な失踪は、あの集落に限らずウチじゃ殆ど確認できない例だ。あるとしても、周囲に大々的に告知しながら冒険者を目指して旅に出るようなもんで、大抵は『行き先が分からないだけで失踪とは言い難い』感じの例ばかり。……問題は、つまり、悪意と害意の方なわけだ)」



 そもそもこのバスコ王国は治安がすこぶる悪い。このストラトス領では不法地帯最中央たる王領付近からもある程度離れているおかげで実感しづらいが、僕が館の資料で調べた限りだと、この国全体規模で見れば個人の失踪事件は基本的にありふれている。それも、報告の大部分は魔物による害意ではなく、ヒトによる悪意の方。



「(北の王領から裏ギルドのチンピラどもが流れてきたなら質が悪い。ウチの家が忙しくて対処できないなら、せめて僕なりに、報告の一つでも持ち帰ってあげたい)」



 ウチの家が忙しい点についても気になるが、目下重要なのは「より核心が手元にある方の問題」である。


 と、そんなわけで……、






……………………

………………

…………






「――どうもこんにちは衛兵さん。僕はレオリア・ストラトス。ここの領主の娘です。……ええ、怪訝な顔をしながらで構いませんのでこちらをご覧ください。この家紋に心当たりがありますでしょ?」


「え? は? ……うぉマジだ! お疲れ様でっすッ!」



 グランとパブロの二人に禁じた権利身元の暴露をフル活用して、僕は彼、二十歳は越えて無さそうなルックスの衛兵少年に声を掛けた。


 当然、自分たちの身元がバレるというのは、先に確認した通り非常に危険な行為である。しかしながら我々には時間制限があるからして、今回は多少強行にでも話を進めていく必要がある。


 ……ので、彼のびっくりに付き合う時間も、僕にはないのであった。



「さて、お兄さん。率直に聞きます。この辺りで起きた行方不明事件の話です。知ってることを教えてもらえますか? これは公的な調査です(※ウソ)」


「え、は、え?」


「行方不明事件のハナシです。僕は領主家としてその調査に来てまして。お兄さん方的には知り合いがいなくなったナイーブな案件かもしれないですが、だからこそ僕らには早急に解決するって言う貴族としての義務があります。どうか、聞かせていただけませんか?」


「あ、は、はい……」



 みたいな電撃作戦で以って、僕は無事に彼からおおよその情報を聞き出す。

 なお、それを纏めると――、




『数日前、この集落の猟師が狩りに出たまま帰ってこなくなった。行先は東の丘。その日は、午後から急な雨に襲われた日だった。


 ちなみに、この集落では知られていることだが、あの丘は雨に弱い。なのでこの集落では、猟師はさっさと丘を抜けどこか別の集落で一旦落ち着いたのだろうと考えられている。


 なお、この辺りに野党や危険な魔物が確認されたという話は確認できない。丘に出る程度の相手なら、失踪した猟師でも問題なく対処が出来るだろう』




 ……とのこと。


「別の集落?」


「ええ、ここから街道沿いにしばらく行った所にあるんです。ウチじゃあの人は『獲物を売りがてらそっちに行ったんじゃないか』って話になってます」


「わざわざそちらに? 猟の獲物があるなら、一度ここに戻ってくるか、丘の辺りで一度落ち着くってのが自然な気もしますけど」


「さっきも言った通り、あの辺は雨に弱いんです。ウチのモンがあの辺で猟をするときは、休憩に使うほんの小さな洞窟もあるんですけどね。しかし雨じゃそこも使えない。どうせ肉を売るなら、一旦こっちに戻るのは二度手間だったんでしょう」


「ふむ……」



 どうにも、この集落の人々は行方不明者の身柄に危機感を抱いてはいない様子である。



「(この辺りには、人材流用に寛容な文化が根付いてるのかもしれないな。僕の世界のアフリカだとかケニアだとかにも、土着民族はナントカ・・・・って制度で別集落の流民に寛容だったってハナシだし)」



 向こうの言葉で「流れ者」とか「居候」とかを指す言葉だったはずだ。集落という大きなくくりの中に、個々に、「家族」に近い小さなコミュニティを幾つも共生させ、これら小コミュニティが、他外集落の人間を「求めに応じて受け入れる」。


 こうすることで、環境変化に対し脆弱な各個集落が互いに手を取り合い強靭となる。或いは、集落(おおきなくくり)が抗争に陥った場合にも、両コミュニティに相手方の人間を置いておくことで熾烈な殺戮戦・・・・・・に発展させないブレーキ・・・・を持つ。そう言ったシステムを、この地域集落も確立していると考えられる。


 ……やっぱり、自分の領のことは机でお勉強だけじゃ分からないことのが多いなあ。なんて反省は、ひとまず置いておいて。



「でも衛兵さん。安全にしてるなら、その猟師さんからここに一報あってもよさそうですケドね? 心配かけないように、みたいな」


「あー、ぶっちゃけあの人独り身なんですよ。なんで、あの人から連絡を受け取る相手もいなければ、こっちからあの人に急いで連絡を取ろうって言う人もいないんです。まあ別にあの人が特別嫌われてるってわけでもないんですけどね?」


「でも、失踪届は出したんですよね?」


「失踪届? ……どうかな、もしかしたらウチの村長が、遠回しに『連絡寄こせ』みたいなつもりで出したかもしれませんけど」


「……、……」



 我が領では、どこかの集落で失踪や人死になどが出た場合、その周囲にある人のコミュニティに報せを送ることになっている。これは注意喚起として以外にも、情報提供を求めたり、犯行者がいる場合の事案にはその人物への牽制という側面も持つ。……この場合は、失踪者本人向けのアナウンスのつもりであったということだろうか。



「いやしかし、領主家のレオリア様が出張ってくるようなハナシにまでなってるとは思いませんでしたよ。よかったら、ウチの村長にも会っていきますか?」


「いえ、せっかくですが遠慮しておきます。それよりも良ければその丘についての話を聞かせてもらえますか? もしかしたらそこで、雨でぬかるんだ足場で怪我をしてしまったなんて可能性もありますから」


「怪我、……は、ないと思いますけどね。ホントこの辺の平原のほんのささくれみたいな規模のもんなんで。確かに雨でぬかるんだりはありますけど、それで転んでも尻もち着いたままふもとに滑り落ちる程度だと思いますよ? あ、一応丘の方向ですケドもー……」










……………………

………………

…………












 件の丘の方向は、集落より東。

 衛兵少年に聞いた限りだと、街道を歩いて行けば確実に目につくだろうとのこと。



「じゃあ、どもでした衛兵さん。お仕事お疲れ様ですー」


「あ、恐縮でーす(噂通りすっげえ可愛かったなあ……)」



 ……ちなみに、この辺りに出る「人に敵対的な生物」については先に調べてある。

 それで確認した感じだと、ここに出てくるのは『角のあるウサギ』だとか『投擲力のあるリス』だとか、どことなく初期エネミー感の香る比較的無害な生物ばかり。



「(さて、と)」



 多少迂闊ではあるけれど、それでも、敢えてグランとパブロを呼び集める用事でもないだろう。僕だって貴族教育でそれなりの自衛手段は持ってるつもりだし、それに彼らの諜報任務・・・・に水を差すのも本意ではない。なので、



「行くか。いやぁ、やっぱ晴れてるなあ」



 僕は一人、集落の輪郭に背を向け街道を遡行する。


 ひとまずは東へ。先ほどの衛兵少年が言うことには「丘は街道に沿って行けば確実に目につく」とのことだったが、それで言えば僕には一つ、馬車から眺めた風景で「それ」に心当たりがあった。


 ……僕がこの平原に確認した「凹凸」は、馬車に揺られ街道を進むうちには一つだけだった。日差し色の草原にぽこりと浮かぶ「たんこぶ」のような牧歌的な突起。周囲には無精ひげのようにまばらな木々が立ち、遠目に見た規模は、確かに山と呼ぶには迫力不足だ。


 恐らくは、あれが彼らの言う「丘」に当たるもので間違いない。

 強いて上げる問題としては、そこが、……目算だがそれなりに遠い気がするという一点である。



「(晴れてくれて本当に良かった。往復のヒマも、これなら空でも見てれば苦にはならない)」



 馬車に乗る間にすっかりと固まってしまった腰が、歩き、日差しに晒されるたびにするりと解れる感覚がある。強い日和だが、なだらかな地形を滑る風のおかげで暑さは不快ではない。


 時間制限さえなければ、このまま街道をそって地平線の彼方までだって歩いて行けそうだ。

 ……まあ、時間制限があるのは仕方ないとして、せめてこの紅茶が無くなるまでは楽しんでいても問題はあるまい。



「――――っ、ふう。むやみに伸びがしたくなる天気だ」



 すっきりと背筋が伸びると、街道の向こうに、陽炎じみた「丘」の輪郭が見えた。僕はそれで、どうやらもうしばらく続くと見える往路に、一つ歩調を緩め直した。






 /break..






 街道を進む片道は実に平和であった。


 見える野生生物は、夏空の高くを往く鳥ばかり。先に確認した初期エネミー・・・・・・などに襲われることもなく、僕は子供の足でおよそ一時間程度の距離を存分に謳歌しつつ踏破した。


 ……さて、それではそんな「丘」の様子はというと、



「……、……」



 生物の気配は、先ほどよりも「身近」に感じられた。

 遠目には無精ひげ程度に見えた木立も、こうして足元に立ってみると、小さな僕の視線を覆うには十分なものだ。



「(……基本的にここは、そこまで熾烈な生存競争が起きてる環境ではなさそうだけど。ウサギは一応雑食だっけか?)」



 先に確認した『ウサギ』と『リス』は、共に自衛本能で以ってヒトに害をなした例が確認されている。ここから先に進む上で、確認した資料の内容はひとまず反芻しておくべきだろう。



「(ってことで思い出すと、……とりあえずツノのウサギとドングリ投げてくるリスはどっちもこっちに敵対的だって話だったっけ?)」



 前者ウサギについては、その角を活かした突進が主な攻撃手段らしい。群れることはないが、同族が襲われた際には仲間がどんどん集まってくるとか。……じゃあ最初から群れてれば手間じゃないんじゃないの? という疑問は、まあ自然の原理を人が理解しようという方が傲慢である。一旦置いておこう。


 それから後者のドングリ投擲リス。これもまた群れは作らないが、こちらは同族のピンチにも駆けつけてきたりしないらしい。あとコイツ、名前の通りドングリを投げて攻撃してくるのだとか。まあ、それもちょっと想像が付かないので一旦置いておこう。

 って言うかソレ、痛いのだろうか。痛くなさそうではあるんだけれど。「いてっ」てなるのが関の山なんじゃないの?



「……、……」



 とにかく、戦力分析はこんな感じである。見知らぬ森の胎内だと思えば不安もあるが、調べた感じだと危険な獣は比較的小動物カテゴリー、木立も鬱蒼と茂るわけではなく、足元には瑞々しい葉影がくすりくすりと揺れている。


 総じていえば、まだ不安に足を止める時間には早い。それに本当に危険があったなら、そこは是非僕の騎士に出張って来てもらおうではないか。場合によってはエマージェンシーで虎の子に持たせた遠話スクロールの使用も視野に入れるとして。


 さて、それではひとまず、森への第一歩を……、





「――ぅお痛ってぇ・・・・・・!?」





 ――


 視界が陰って瞬きを誘ったのが功を奏したのだろう。僕が呆けてその辺を眺めたままでいたら、きっとこの「痛みの出どころ」は瞳にまっすぐ突き刺さっていたに違いない。


 呻き、僕はたたらを踏んで、そして瞼を手で覆う。

 すると、掌に何やら、硬質な感触。というか……、



、……どんぐり・・・・?」



 そう。それはドングリであった。


 嫌な予感を覚えて僕は周囲を見回す。――草むらの裏、木立の枝の先。目に映る全てに、僕は目を凝らして、


 そして、見つける・・・・






『きしゃーーっ(威嚇)』


「おぉう……」





 それはになって、右前腕をぶらりと垂れ下げていた。僕はその立ち居姿にどうしようもなく、を想起する。


 僕の足元、五歩先の距離。そこにそれ・・はいた。

 小さな身体、可愛らしいシルエット、そこに内包される、自身の投球への絶対的な自信。



 それは、


 ――リスであった。


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