05.

 



「(敵、なのか……? あれは敵なのか!? 攻撃を受けた僕ですら可愛くて顔がニヤけそうだ! アレは本当に敵でいいんだろうな!?)」


『ふーっ、きしゃーっ(威嚇)』



 ということでリスである。察するにヤツは、僕が先ほど確認した『ドングリ投擲リス』で間違いないだろう。なにせドングリ投擲されたし。




「おち、落ち着きなキミっ。僕は君と戦いたくない! 君を踏んだり蹴ったりとか僕にはできないよ! だからそのドングリを下に置くんだ……ッ!」


『ふーっ、しゃーっ!』




 先ほどは見逃した彼 (?)の投球 (?)を、僕は今度こそ目に収める。


 振り被ってのスローイン。鬼気迫る形相も胴に入った投球フォームも、率直に言ってキュートに過ぎる。が、



「痛ッ!? ぉお痛ったぁ!? わあ痛い痛い痛い!?」



 ギリギリで顔を覆った僕の腕に、彼の投球が突き刺さる。これがまた、予想に反して滅茶苦茶痛い。

 というかコレ僕の腕にドングリのさきっぽ刺さってるんじゃねえかっ? なんかギュルギュル言って今なおこのドングリ僕の腕に食い込んで来ようとしてるんだけど!



「や、やりやがったな獣畜生! 可愛いと思ってれば図に乗りやがって絶対に許さないぞ!?」



『ふしゃーっ!』


「あいたぁ!?」



 二球三球と追撃が来る。それに僕が、それこそ豆鉄砲レベルの痛痒を食らった感じのリアクションを取っていると、更に――、



『きゅーんきゅーん(憤怒)』

『きゃっきゃきゃっきゃ(敵意)』

『ふぐぅ! きゅんきゅん(外敵には死をという強い意志)』


「……うわあ、なんてこった」



 その目に憎悪を煮えたぎらせつつ額には角を生やしつつ、それでもそのモフモフには一点の陰りもなく最高に抱きしめたい感じのウサギちゃんが、草むらの奥から続々と姿を現した!

 なんてこった! ここは天国なのか地獄なのかマジでどっちだ!



「(いや、待て待て待てこれはヤバい。ワクワクが止まらなくなる前にちゃんと目の前を見据えないとホントにモフモフの餌になる!?)」



 モフモフの餌。ナシじゃない。とか言ってられる場合じゃなかった。目前のリスもウサギちゃんも、どちらもその瞳の奥にある敵意だけは確実に本物である。

 ぶっちゃけこの状況ってややこしいスキン・・・・・・・・被ってるってだけで実は狼の群れに囲まれたのと大して変わらない。流石に応戦をしないというわけにはいかない状況である。


 ということで、



「(ああ、畜生! 僕は本当に彼らに凶刃を突き立てることが出来るのか……ッ!?)」



 どうしようもなく僕は、護身用の小刀を懐から抜き放つ。それで以って彼らも敵愾心に満ちたうるうるアイズをすっと鋭くして、それでもなお可愛らしくこちらを睨みつける。


 ――さあ、待ち受けるは負けても地獄、勝っても(罪悪感的に)地獄な苛禍の戦場である。

 それでも僕は、まだ、死ぬわけにはいかない。ゆえに……、



 ゆえに僕は、そのモフモフバトルフィールドに果敢に一歩を踏み出したのだった!






 /break..






 ドングリ投擲リスが現れた!

 ツノ付きウサギA、B、Cが現れた!



「(ドラクエ3の戦闘BGMが聞こえる気がする……っ!)」



 おもにウサギの方。いやはやまさか実写版アルミラージがこんなに可愛いとは思わなんだ。リスの方は知らん。プニキのアレとかには出てるかもしれない、いや知らんけど。


 なんて風に、この期に及んでまで危機感のない僕のうなじに、



 ――唐突に奔る寒気。

「っ!?」



 この世界は、僕の前世の世界よりもずっと刃物に縁が近い。貴族家に生まれた僕も、そんなわけで自衛手段は主に凶器を前提としている。


 刃で敵を切り、刃で敵の一撃をいなし、


 目前に翻る「害意」に僕は、例えるなら母国語を意識せずとも使えるような感覚で、当然のように切り伏せ、……一拍遅れて僕は「僕のしたこと」を理解する。


 


 後ろ足による屈伸一つで、彼が僕の喉元のすぐそこまで一息に詰め寄っていて、――それを、僕が切り伏せたのであった。



「……あ、っぐ!?」



 次いで返るのは予想をはるかに超える、強く、重く、そして堅牢な手応えだ。がいんっ! という音を僕は聞き、それでようやく僕は迫る「害意」をこの目で捉えた。


 鮮血は奔らない。

 ウサギの断末魔も聞こえない。畢竟、僕が切ったのは――、



「(ツノかっ!? ちくしょう!!)」



 ウサギの突貫に真正面から打ち合った僕は、その過分なる衝撃に小さな身体を思い切りのけぞらせる。危険信号にスパークする僕の視界に映るのは、後続の「砲丸」の、潤沢なる敵意に滲むその瞳であった。



たたけノック! たたけノック! 薄炎ファストフレア!」



 右手をかざし、詠唱をする。

 使用した魔術は「ありとあらゆる魔術体系のうちで最も普遍的な対戦用魔術」とされるモノだ。幾つかの意味ある命令詞・・・・・・・を、詠唱詩を定義するための意味ある魔術詞・・・・・・・に付け足して既存魔術に任意の効果属性を「付け加える」魔術運用理論。


 これは、その汎用性、応用性、分かりやすさ・・・・・・から、この世界で最も普及した魔術体系の一つである。


 ……そして、僕が思い描くのは薄炎だ。威力は要らず、殺傷性は切り捨てる。


 僕は、ただの牽制的意味のみ・・・・・・・で以って目前に「ささやかな熱性の膜」を展開する!



『きゃしぁ!?』


「よしっ!」



 砲弾のように飛びあがった二匹のウサギが悲鳴を上げ、空中を飛びながらにしてパニックに陥る。

 何のことはない。これはただ、唐突なる「火傷にも至らぬ不快感」に彼らが「一瞬驚いた」だけのこと。

 しかし、それだけあれば僕が体勢を立て直すのには十分すぎる!



捲けブロウ吼がれラウド無色衝ラフバッシュ!」



 叫び、僕は短剣を振るう。その軌跡が描くのは拡散する衝撃だ。突風程度の威力しかない「上方向への斥力」。これで以って僕に迫るウサギの突進、そしてその向こうの「投擲された第二射(※ドングリ)」までが全てその推力をブレさせた・・・・・


 ウサギは虚空を足で掻き、こちらを狙う投擲物は為す術なく上空へ舞い上がる。さすが、だけあって鮮烈たる効果である。


 ……この世界における十歳児の持つ魔力は、ロウソクに火を灯し水をぬるま湯に変え風を一陣吹かせる程度・・のものでしかない。そしてそれは、転生者の僕にしたって事情は変わらない。


 感覚で言えばそれこそ「RPGの初期」である。


 ゲーム序盤では一度撃つたびに脳内で算板を弾くような「高リソースの魔法スキル」をゲーム終盤では湯水の如く使える、なんて例を思い出せばわかりやすい。僕の「ゲーム終盤おとなの発想」が、だからこそ



「(……なんて事情なんで、ここが分水嶺だ)」



 僕を狙う二つのツノも、投擲されたドングリも、今この瞬間に殺傷性を失った。それどころかウサギ二匹についてはその腹のド真ん中までがガラ空きと来る。これを、逃す手はどう考えたって有り得ない。


 ゆえに――、




「――――ッ!」


『!!?』




 虚空を舞うウサギの一匹を、半ば拳で殴るようにして短剣で切り払う。ただし、この一手で吹き出す血の量は致命傷とは程遠い。それで、構わない。




回れターン回れターン回れターン! 小弾フィンガーショット!」




 人差し指と親指を立てる。そしてその掌で象った「銃口」を、ウサギ二匹が重なったシルエットへ突きつける。


 ――その指先から弾かれたのは、ほんの小さな魔力の塊である。それが、長筒銃火器の銃身に刻まれた螺旋構造により弾丸が推進力を増すようにして、まっすぐに大気の壁を掘削し加速しウサギ二匹を纏めて弾く!



『ぎゅあしゃ!?』


それで君だろ・・・・・・!? 知ってたよ・・・・・!」



 僕が始めに叩き伏せたウサギが、僕の後方からうなじを狙い突貫をする。ただし、先ほどのそれと比べて、この一撃にはあまりにも助走が足りていなかった。破れかぶれの一撃なら「上方に威力を逸らしてしまえばいい」。僕はスローモーションにさえ見えるウサギの砲撃を、軌道を逸らし、



「っどらァ!」


『ぎゃふ!?』



 虚空にて速度を失し浮かび上がったウサギを、上段蹴り払いで以って弾き飛ばす。そしてその弾く先は、第三投めのドングリを今まさに振りかぶったリスの方向だ。



『――――ッシ!』


「残念!」



 ドングリの投擲は、僕の狙い通りウサギの壁に阻まれた。否、ウサギに当てまいとコントロールを失ったドングリが、勝手に明後日の方向に投げ込まれただけであった。しかし、それで充分である。彼の四度目の投擲よりも、僕の詠唱の方がずっと早い!



召喚サモンウォーター!」



 どぽんっ、と。

 この加速しきった戦場には不釣り合いな厚ぼったい音が鳴る。それと共に、僕の腕を振った軌跡上からバケツ一杯分の「ただの水」が湧いて、ボールをただすらに放ったような呑気な軌道・・・・・でリスに向かう。


 ――ただし、効果は絶大だ。「小さな体躯のリス」にとってそれは、たった一瞬だけで言えばノアの伝承に残る天災が如き洪水であった。バケツ一杯分の水に捲かれて溺れるリスに、僕は小細工ナシの真正面で奔り、





『――――。』


「さあ、チェックメイトだ。……逃げるならもう来るんじゃないよ、キミ?」




 僕のくるぶしほどの体高の彼に、僕は、まっすぐに短剣を突き付けた。




『く、くぅ……』


「さっきのウサギも殺しちゃいないよ。僕の魔力出力じゃ身体を貫く・・ような魔法は撃てないしね。……って言う解説は、なんだ、独り言みたいなもんか」




 既に戦意を失ったらしい彼に、僕は、殆ど虚空に言うようにしてそう呟く。


 ……何せ、相手は野生である。人の後天的技能たる言語を理解しろなどと、そんなものは横暴や酔狂を通り越してただのメルヘンに違いない。




「こら、いつまで僕に独り言を放させるつもりだキミ。いいから逃げなさい。追いかけたりしないから。……逃げなって、え? 逃げないの?」




 一応短剣は突き付けたままで言う僕に、彼は、


『きゅ、きゅーん……(白旗)』




 なにやら、喉の奥を鳴らしたような声を上げてすり寄ってきた。



「……、え?」



 すり寄って、甘えたような声を上げて、僕のつま先に彼は頬ずりをする。

 ……それでも僕が状況を掴めずに疑問符を挙げていると、彼が、



『くぅくぅ(献上)』



 その手のドングリを、僕に両手で差し出してきた。



「あ、れー……?」



 僕は、どうしようもなくそんなうめき声を上げる。いやまあモフモフに慕われる分には一向にかまわないけれど、いやでもやっぱり訳が分からない。


 これはなんだ? いわゆるあれか? 『ドングリ投擲リスが仲間になりたそうにこちらを見ている』的なアレなの? それで合ってるの? 僕はこの差し伸べられたちっちゃな掌をとってもいいの? いいのかいっ?



「……、……」



 ……状況は掴めて、それでも僕には疑問符が尽きない。率直に言えば、「野生の獣がヒトみたいなことしてるこの光景」が、何度目をこすって見直しても冗談に見えたためである。


 ゆえに、僕は一度足元のリスから視線を切って、

 ――それでようやく、



「わ、わー……っ!」



 正確に言えば、僕の足元に跪いているのは「そのリスだけ」ではなかった。


 ――それ以外にも数えきれないほどのつのウサギとドングリ投擲リスがこちらに首を垂れている状況に、僕は遅れて気付き、




「わ、……わーい?」




 ……もう仕方ないので、僕はこのモフモフ天国を素直に喜ぶことに決めた。


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