湖章『Flower.』

Entrance_01.





 ――その少年二人は、実にわかりやすく浮足立っていた。



 二人が走るのは春の日の石畳の路である。

 木造りの家屋が並ぶ街路には早朝らしい新鮮な人並みが満ちていて、行違う大人の腰辺りに目線があるような小さな二人に、周囲の人間は、苦笑を滲ませながらも丁寧なあいさつを送る。


 ……活発そうな少年は、名をグラン・シルクハットと言う。それにやや遅れて追随するのは、パブロ・リザベル。


 どちらもこの街、バスコ王国内領ストラトス領地では広く知られた爵位家の子だ。




「おそいぞ! おいていっちゃうからな!」


「ま、まってよぉ……っ!」




 二人の手には、綺麗に結われた花束があった。

 グランの花束は、彼の活発さを表すような鮮やかな色のガーベラ。パブロの方は天気雨越しの日差しのように純白なマーガレットだ。どちらも今朝摘んできたばかりのモノで、花弁は今なお瑞々しい香りを立たせる。


 彼らが奔るのは、気持ちが逸って止まらない以上に、この美しい花束を美しいままで「彼女」に贈りたい、そんな一心であった。


 その花は、彼ら自身が育てたものである。シルクハット家とリザベル家が共同で使っている花壇を借りて、両家の母に手ほどきを受けながらしばらく、……今朝になって、ようやく花が咲いた。


「告白をするなら花がないと」とは、シルクハット家の母のアドバイスだった。最初は気恥ずかしさが勝って乗り気でなかった二人だが、毎朝水を上げて、またそれに応えるように芽吹き、成長をしていく花たちに、いつの間にやら親近感のようなものを覚えていった。



 ――昨日よりも、少しだけ背が高くなって見える。

 ――花のつぼみが、大きくなってきた。

 ――もうすぐ、もうすぐ花が咲く。そしたら、

 ――そしたら、その時こそ自分は、あの子に好きだって言うんだ!



「はやくしろって! ほんとにおいていくぞ!」


「う、うぅ~……っ!」



 出来るだけ早く。だけどそれ以上に、丁寧に、大切に。

 グランは後方の様子を幾度も振り返りながら、またパブロは何度も足を縺れさせながら、二人は付かず離れず街道を走る。


 先に行くのでは不誠実だ。先に付いた方が勝ちだなんて、そんなつもりは毛頭ない。


 同時に「彼女」に告白をして、そこから先は、……ちょっとだけ申し訳ないけれど、全て「彼女」に委ねる。どちらかが選ばれなくても、或いはどちらも選ばれなくたって文句は言いっこなし。


 彼女には、どうか、「ちゃんと」選んで欲しい。

 それが幼い彼らにとっての、最大限の覚悟と誠実さだった。




「――――っ!」




 ――目指す先は、二人の両親が仕えるこの領の領主家。

 街道の奥に、その門扉が見えてきた。


 彼らを歓迎し開け放たれた、その扉の向こう。そこにに見えた「彼女」。

 少年たちは、息を整えることさえ忘れて……、









「おはよう、れおりあ・・・・! おれと、けっこんしてください!」


「いいや、ぼくとけっこんしてください! かならずしあわせにします!」









 春日向の庭園に唐突に舞い込んできた、その二つの未熟な恋心に、

 ……「彼女」、レオリア・ストラトスは、



? なんで・・・?」



 そう答えたのだった。





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