Epilogue.(of the Beginning.)












「以上がァ、魔人エイト討伐の記録になりますゥ。……長々と失礼いたしましたァ」

「……。」





 近代的なビルの一室にて。


 夏の日差しは、旺盛な紫煙越しにくすんだ色で室内を照らしている。部屋は既に目に染みるほどの煙で満ちているが、「彼ら」は、それでも足りぬとなおも煙を吐き出し天井に溜める。


 その「彼ら」、……裏ギルド上級幹部達が座る席列より、

 ――その内の一人、上座に座る男が、下座に座る私こと桜田ユイに吐き捨てるように言った。



「ごくろォ」


「……、……」



「ってことでテメエら、エイトのヤロォの席に、俺の権限でこいつを座らせる。意見はあるか?」



 そこで、わざとらしく紫煙が増えた。

 ただし、それだけだ。異を唱える者は一人としていない。


「じゃ、こいつもこれからはテメエらと五分だ。いいな、色々あるかもしれねえが俺の顔を立てて水に流せ。これからはテメエら、こいつも加えて会を盛り上げろ。……んじゃ、遠いところ悪かったな、解散」



 ピリピリとした空気感を引きずったまま、まずは上座のその男が席を立つ。

 それから一人、二人と男たちが部屋を後にする。その誰もが、強めの一瞥を私にくれつつの行列である。……最後の方になってくると、「これやんないと部屋から出ちゃいけないの?」みたいなシュールな面白ささえある感じだ。


 と、その行列の最後の一人が、

 ……通りすがりに私に声を掛けた。



「よう、ユイだっけ?」


「はィ。ユイですゥ」



「……気に入らねえな、女子供がよぉ。テメエ父親殺してオヤジに取り入ったんだってな? どーにも、親ァ並べて比べて良い方選んだみてえに聞こえるじゃねえか。テメエは自分で親を選ぶのか? それともロクデナシのチ〇ポ親父から逃げて来たのかよクソビ〇チ」


「……………………。すみませンが、トッコスさん。仏さんを悪く言ったらいけませン」


「あぁッ!? ふざけんなクソガキッ! 誰にもの言いやがった今よォ! 俺ァ認めてねえってハナシだろォがいッ!」



 激昂したそいつが、そのまま私の手元に用意されたグラスをおもいきりこちらに投げつけた。

 手つかずの中身と、そして私の出血が、足元のそこら中を濡らし絨毯に吸われて消える。


 私は、





「………………………………………………………………。」


 ……まずは立ち上がり、そして深々と頭を下げた。





「すンません、トッコスさン。以後気を付けます」


「雑魚がッ! 手前、オヤジにもケツ振りやがったら容赦しねえぞ近親〇姦野郎ッ!」



 更にそう怒号を残し、トッコスはそのまま部屋を後にした。その背中が消えるまで、私は頭を下げたままにしておいて、


 ……背中が見えなくなったのを確認してから、



「(――あァ、……あたしァ野郎でもなければ近親でもなければ相姦もしてねえんだよなァ!! まず殺すッ! アイツから殺すゥッ!! 最初に殺ォすッ!!!!)」



 頭のケガからぴゅーっと血が吹くほどの怒りを込めて、改めて歯ぎしりをした。






 ../break〉






「痛いィ……。痛ァい……。助けてくれコルタスゥ……」


「うぉ!? ユ、ユイさま!?」



 場所は変わって、ここは街の大通りである。

 その夏日柄の最中にて。私の「有様」を見た彼、コルタスが、咥えた煙草をぽろりと落とした。



「ど、どうなさいましたユイさま! いったい何が!?」


「殴られたァ……。痛いよォ、治してェ……」



 ウソ泣きする私と、パニックを起こす彼。通りの衆目は私たちに釘付けとなる。……ただし、その目にあるのは血の匂いに対する高揚ではなく、非常に素直な「ドン引き」であった。


 なるほど、この街も少しずつ、「頭から血を流す子ども」が馴染まないようになってきたらしい。

 平和なのはいいことだ、と私は鼻を鳴らし、……よく考えれば私は子どもではないので改めてちょっと微妙な気分になる。


 ――ただ、通りをちょっと行けば未だにこの街は変わらないし、この「平和な大通り」にしたって喧嘩は今も一番の華のままだ。それが良いことか悪いことかは、私にはまだ分からない。


 ……いや、喧嘩が無くなるのはちょっと寂しいかもだけど。とにかく、決めるのは私ではなく「この街」だ。私は、見守るのみでいい。


 それよりも、今は……、



「殴られましたかユイさま!? 誰ですか殺しましょう! 報復です! そんな奴はいなくなった方が良い!」


「先に血を止めてくれェ。いや、……まァそォ怒んなよコルタス。向こうサンだってやらんといかんからやっとるのサ。殺すァ殺すんでそれァ覚えとくとしても、これァあくまで通過儀礼みたいなモンだヨ」



「通過儀礼? で、では……?」


「あァ、出世したヨ。これからはユイ上級幹部だネ」



 から応急セットを取り出しつつこちらを祝福するコルタスに、私はちょっと半眼としつつも「ありがとネ」と返しておく。



「それより血ィ止めとくれってば。あァあと、魔法はナシだヨ。怪我背負って歩くのもアタシの今日の仕事だ。そんで、そっちの仕事は?」


「ええ、それは滞りなく」



 私の頭の傷を止血しながら、彼が「仕事」の進捗を語り出す。



「エイトさんの奴隷事業務は問題なく引き継いでおります。依頼を受けた時点で手を付けておりましたので、既存の煙草製造と並行いたしましてでも今日から問題なく始動可能です」


「そらいい。しかしネ、あの野郎のことだ。どうせやってんのァって簡単な卸業だったろ? アタシの言った別件はどうだい?」



「奴隷の教育、ですか? 予定通り『学校』の準備と、建築完了までの繋ぎの場所も確保いたしました。奴隷の? なる業務にあたる人材の確保も順調です、しかし……」


「ハン。なんだい。不穏だって? まだ言ってんのかい?」



「……ええ。失礼ながら、奴隷に学を求めるような取引先がありますでしょうか。賢い奴隷は、何よりもまず自身の不遇にから気付くものです。私たちの求めるべきは、何よりもまず取引先の利益でしょう」



「そりゃお前、ってハナシに通ずンだヨ。……あァそうだ、ゴードンはどうした? まだんだろ?」


「ええ、今朝のオムレツもおいしかったとか言ってました。今は、釣りに出ているはずです」


「じゃ、会いに行くか。歩きながら話そうぜ」



 言って私は歩き出す。

 すると、……まだ私の頭に包帯を巻き終わっていなかった彼が、慌てたように着いてきた。



「最近また読んだンだ。ストラトス領のレオリアセンセーが出したビジネス本な。それに書いてたのよ、三方ヨシって。知ってる?」


「レオリア・ストラトス。例のアイドルですか……」



「アイドルってのはまァ、アタシも冷視気味だけどネ。でも本の方はちゃんとしてる。三方ヨシってのは、売り手ヨシ、買い手ヨシ、世間体ヨシって言葉だネ」


「売り手、は私どもですね。買い手は取引先、……世間体と言うのはその通りの意味ですか?」



「だね」


「しかし、……私どもが世間体を気にしますか?」


「世界に貢献しようってハナシじゃねェさ。そうじゃなくて、どうやってカネを稼ぐかってハナシだ。……ホラ、まず世間体が良いだろ? そしたら次にそれを聞いた客が来る。そいつらに良くしてやる。更に世間体が良くなる。更に更に客が来る。どうだ? 理に適ってる」


「それは、そうでしょうが……」


「センセーが言うにはナ? 次の時代の商売に必要なのは二つだってヨ。一つァ、付加価値をつけること。アタシら卸業でもそれはやっといて損がねェってよ。そンで、も一つがァ売場しじょうを自分で作ることだ」


「ええと。まず、……商品に付ける付加価値と言うのが、奴隷に施す教育ですか?」


「そ、教育だネ。奴隷なんて今日日時代遅れだ。他所じゃヒトの道理じゃねェってって人気も下火だネ。だから、落ち込んでる奴隷市場でヨ、ウチァ商品に付加価値をつけて頭一つ抜きん出る。上等だロ?」


「分からない話ではありませんが……、では、二つ目の方と言うのは?」


「市場を作る。これァ簡単だ。言ってる通り今まで売り先じゃなかった所を開拓すんのヨ。……さっきも言った通り、奴隷業は下火だろ? それァ、奴隷が『人でなしを扱う仕事だ』って言われてるからだよナ? じゃあよ、でも、これならどうだ? ウチの売る奴隷は、下手な人間様よりよっぽど仕上がってるってナ」


「…………。それは、つまり」



「そ、分かってきたね。ウチの売り先ァ外国だ。手始めにお隣のメル公国なんざどうだい? あっこは特に、王様がヒトの倫理に敏感だロ? 下手すりゃあすこから奴隷排斥が始まるかもしれないネ。そんで、だからこそチャンスだ。孵化した奴隷をこっちが送るのよ。……そうだネ、今思いついた。まずは銀行だ。『有能で手を噛まない部下』を欲しがってる富裕層から手を付けよう。そうやってまずは奴隷の地位向上だネ、奴隷が、奴隷のままで主人とウィンウィンになれるとこまでこぎ着けたら、文句をいうヤツァ誰もいなくなる」


「なる、ほど……。今理解しました、スケールの大きい話ですが、私たちなら出来ないことはない」



「上等だ。心強いネ。さて、じゃあ続きを聞こう。エイトの野郎が抱えてた奴隷は、どんな具合だ?」


「ええ、それについては……」




 ――ご確認なさった方が早い。と彼が言って、その曲がり角の向こうを指した。


「――――。」




 彼の差した曲がり角の先には川港がある。広大な河川は半ば海のようで、働く人々の活気と呑気な散歩人たちのうららかさが、そこには綯い交ぜに広がっている。


 目的の人物は、その後者であった。彼、ゴードンは、港の縁に釣り糸を垂らしながら、こちらに気付いて片手を上げた。……見ればその傍らには、見慣れぬ子どもが一人。



「あン? あの赤い髪の餓鬼ァ誰だ?」


「エイトさんの抱えていた奴隷の一人です。名前は確か――」




 ――エノン・マイセン。

 と、コルタスが告げた。




「……、ふぅん?」


「奴隷の中ではリーダー格の少年です。あの子がいたグループは比較的雰囲気も健全でした。試金石とするなら、彼が最善かと」


「ほォん? そうかい。ヤンチャそうだがねェ」



 向こうでエノン少年が、ゴードンに押されてこちらに駆けてきた。私はそれを、ただ待って見守る。


 その少年は、まず、










 ――はじめまして!

 と、そう私に言った。
















「おゥ、始めまして。

 ――アタシは桜田ユイってンだ。君も名乗りな?」


「なんだよ偉そうな餓鬼だな! ぱっと見おれより年下だろ? 敬語を使ってへりくだれ!」


「(#^ω^)ピキピキ」



 〈桜章・餓鬼道――完〉












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