(06)
スラム街のとある酒場にて。
朝食時を少し過ぎたばかりの時間帯、店にいる人間は数える程度のモノであった。
幾つかの卓では冒険者崩れらしい男たちが酒に潰れていて、それ以外の人間は、傍らの誰かと小さな声で話し込んでいる。
そんな中の一人、ピラーは、
「よう大将。この辺で『テッポー』買ってくれる奴って知らねえ?」
向こうで潰れていた男から抜き取った財布より、紙幣を幾つか見繕ってカウンターに置いた。
「……ピラーさん、頼むからこの店で揉め事はよしてくださいよ?」
「バレたりしねえよ。それよりアイツ、素寒貧にしてやったんで、きっと支払いでゴネてくるぜ。俺を呼んでくれよ、
「…………それを揉め事って言うんです。しかし、『テッポー』ですか?」
カウンター向こうの男店主は、ふと考えるような仕草を取る。
「ああ、昨日見つけてきたんだが、どうにもタマナシらしい。俺としちゃ足が付かない仲介役か、最悪まあ、タマナシでも買い取ってくれるようなところがあれば、それでもいい」
「仲介は、難しいでしょうね。『テッポー』を買うのは大抵貴族ですから、タマナシを隠して売ろうって馬鹿はいないでしょう」
「んじゃあ後者だ。心当たりがあるかい?」
「……、……」
店主が幾つか、人名をピラーに挙げて、
「それから、……タマナシでもいいかはわかりませんが、『テッポー』を欲しがってる冒険者がいます」
「冒険者? さっき言った、仲介で貴族に売ろうってんじゃなくてだよな?」
「ええ。ただこれは、売り先として魅力的と言うことではなく」
「?」
疑問符を返すピラーに、店主は一段階声を低くして言う。
「買いたがってるのは、あなたと同じレベルの『ヨゴレ』です。言いたいことは分かるでしょう?」
「……なるほど、そいつが手に入れたいのは『テッポー』じゃなく、『テッポー』を
と答えて、ピラーは更に先ほどのくすねた財布から紙幣を抜き出す。
「買わせてくれ、どういう情報だい?」
「ええ。なんでも、東の村が魔物に襲われて壊滅したとかで、その冒険者が奴隷を獲りに行って来たとか。だけれどその冒険者は、結局何も成果を得られず帰って来た」
「……、……」
東の村の壊滅というフレーズは、ピラーにとってすれば「縁がある」どころの話ではない。昨日彼がエイトと共に奴隷を見繕いに行った村、それこそが店主の言う東の村である。
……少し話が見えてきた。と、ピラーは胸中で呟き、店主の言葉を待った。
「大ケガだったらしいです、その冒険者。そんな話が幾つか私の耳に入ってます。……先ほど言った『テッポー』を欲しがってる冒険者って言うのも、その手合いだとか」
「なるほどね。この辺で『テッポー』を持ってると来れば、十中八九そいつは奴隷探しで東の村に行って、その『冒険者を返り討ちにした大物』を持ち帰ってるはずだってわけだ。……大方仕返しかい。その奴隷を買うか横からかっさらうかして、手ずから報復がしたいってハナシだ?」
「少し違います」
「……、」
店主の返答に、
ピラーは黙して先を待つ。が、
「……ここから先は、ピラーさん」
「ったく、分かったよ」
先ほどの財布を、……中身の検分さえせずに彼は、そのままカウンターに置いた。
「……実のところ、先ほど言った『返り討ちにあった冒険者』っていうのがね、ピラーさん。『ノーグース』のエースだったらしいんです」
「……マジか」
『ノーグース』と言えば、この街でも特に幅を利かせている裏ギルド冒険者コミュニティーの一つだ。
ダーティ・トラッシュという「通り名」を受けて活動するピラーらとは違い、その名は彼ら自身が付けた「クラン名」であり、この街界隈でも比較的大所帯の勢力の一つである。
「彼のエースは、流石にあなた方二人までとは言わずともそれなりに腕の立つ人だったはずです。それが返り討ちになったと言うんで、この街では今、その『大物』の奴隷価値が高騰しています」
「……、……」
「先ほど言った『テッポー』を欲しがる冒険者ですが、実のところ一人二人ではないんです、ピラーさん。この街は今、その『大物』のウワサで持ちきりです。それに、聞いたところだとその『大物』、容姿も相当なものだとか」
「……なるほどね?」
「と言うのが、私のお話しできる情報です。
その店主の物言いに、
……ピラーは、「藪蛇をつついた」という表情を隠しもせずに答える。
「よろしくねえや。……
そう言ってピラーが出したのは、……ようやくとでもいうべきか自前の財布であった。
そこから彼は、しぶしぶと数枚の紙幣を取り出して、
「ったく、この商売上手め。……俺が『テッポー』欲しがってるやつを聞いた時にゃ、まるで表情を変えやしねえのに。さてはアンタ、内心じゃにやにやしてやがったな?」
「滅相もない。お金も、これで十分です」
店主が応えて、カウンターに積み上がった紙幣を回収する。
「お判りでしょう? 本当なら『大物』を捕まえた人間がいるなんて情報の価値は、こんなものじゃない。ですからこの口止め料は、
「……、……」
「この街で、ダーティ・トラッシュにケンカを売る人間はいません。今後ともどうか、ウチの店をごひいきに」
「……ふん、やっぱ商売上手だ、あんたは」
――朝食が欲しい。肉が食べたい。と、ピラーがぶっきらぼうに言う。
店主がそれに、恭しく頷いて返した。
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