3-9
「予定通り、グランとパブロはそれぞれ向こうの2グループとぶつかりましたか」
「ええ! ここまではチェスの盤面通りですな!」
「……とはいえ、最善の進みとは言い難い。一番良いのは、ウチの二人と向こうのグループが混戦になってくれることでした。何が、上手くいかなかったのか……」
「感想戦にはまだ早いですぞ? それに、私たちの出番はまだ来ていないのです。今は、この先を読むことに集中する他にありませんな!」
「ええ、……しかも、それに加えて」
――ここまでチェスを打ち続けた時点で、私たちは後手に回っている。と、
「ふう、……はぁ」
思考に疲れた脳を解すつもりで、彼女、レオリア・ストラトスは明後日の方向、
空を、見た。
「 」
それは果たして、なんの偶然であったのか、
しかし「それ」を見られたのは、彼女からすればそれこそ、「女神を味方に付けたような幸運」であったに違いない。
……彼女が虚空を見上げた瞬間。フローズン・メイズの、おおよそ対岸の空、
その最奥の光景を今、巨大な槍が貫いた――。
『エイル、そっちは?』
「オールグリーン。しっかりと空の上ですよ」
『おー、こっちからも見えるよ。何度見てもふざけたサイズ感だよなあ』
「用事は? それだけじゃないんでしょう?」
『そーだった。着地する前に言っておかないと。――地図持ちはレオリアだ。よろしく』
……了解。と、
そう残して、私は通話を終了する。
――上空三十メートル。
いつかのフリーフォールと比べたら幾段階も型落ちに見えるその高さを、私は飛翔する。
そのための推力は、カズミハルが爆竜の背の上に乗る際にも用いた「神器粗製によるカタパルト射出」の理屈の流用だ。
……無論、爆竜の飛ぶような高度までの推力は必要ないため、私が今創り出した槍は、神器粗製の更にダウンスケール品である。
「――――。」
それでも、
――景色がよく見える。
上昇Gが加速度的にゼロに向かい、私の身体は「フローズン・メイズ」の最中央で放物線を描く。
身を翻し、小さくなった迷宮風景を俯瞰する。
……氷壁連なる白紙の地表に、
小さな黒点の集まりが、「三つ」見えた。
一つがハルたち、もう一つが桜田會幹部たちの集まりだ。そちらには見切りをつけて、私は残る一つの「グループ」に目を凝らす。
「――。」
向こうの瞠目が見えた。
しかし、向こうからすれば、私の姿は逆光と重なって判然としないはずである。
上昇推力と落下重力の天秤が完全に釣り合った瞬間に、私の体感時間は限りなく一秒が無限となる。
そして、
向こう、レオリアと私の、――視線が交錯した!
「
「バスケット! 構えろ!」
私の手元から、レオリアらのいる地表までの、
――その一直線を渡す一つの『鎖』を、私は「作成」する。
それは、見ようによっては武器の斜塔にも、或いは蜘蛛が垂らした救いの一糸にも見えるかもしれない。そしてそれは、手探る必要さえ私にはない。
ただ命令すれば、
――この鎖はどこまでだって私の「手を引く」!
「
「クソ! 迎え撃つ! バスケットッ!」
「了解!」
バスケット氏が自分の椅子をこちらに「放り投げる」。彼の圧倒的膂力から繰り出された砲撃は、まっすぐに私の眉間を狙う。――ゆえに!
「
「んなッ!?」
放射状に『鎖』を落とし、それらの相乗する引力によって私は更に加速する。
鎖8本分の速度が、大気さえ割り地上へ殺到する。……思考のためのシナプス伝達にさえ遅延を感じるほどの圧倒的な景色の変遷。風景の輪郭をとらえきれなくなった私の視界は、遂に白と青のマーブルとなる。
しかしそれでも、私は片手のハルバードを引く。
交錯は一瞬――、
「ぉおおおおおおおおオオオアアアアアアアアア!」
「っちぇあアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
『着陸』の間際、
――どっぱぁあああああぁぁ……、と、
いつまでも耳の奥に残るような大音量が空まで舞い上がる。
雪が舞い、氷が弾けて、視界は一瞬、白に埋もれる。
それでは、私の武勇が見えなくなる。
そう考えて、私は、
「……、」
ハルバードを横に一閃。大気を穿ち、日向を暴く。
「 」
「 」
「旗、いただきますので」
彼女らの拠点、その最奥に鎮座する青いフラッグ。私はそれに「触って」、
『参加者及び観客の皆さんに通達。ただいまストラトス領勢力のフラッグが奪取されました。ストラトス領の持つ旗は残り1つ。制限時間は残り58分となります』
/break..
その『アナウンス』が、
――この戦場を、次の「展開」へと変遷させた。
/break..
ストラトス領勢力交信にて、
『こちらレオリア! グラン! パブロ! そっちはそれぞれどうなってる!?』
『パブロです! 桜田會幹部四名と膠着中! こいつら、ハナから雪玉投げる気してないです!』
『……だろうね、スキルも魔法も持ち込みも解禁じゃあ、旗無しが無敵のヤツを足止めするんだって不可能じゃない。グラン! グランはいるか!?』
『ああ、姐さん。……わりいが、こっちの地図持ちが向こうにバレた。俺が悪い、許してくれ』
『いいさ、そっちにはあの胡散臭いでおなじみのハルが行ったろ? それじゃあ大方番外戦術だ、君のせいじゃない。――それよりも仕事だ、直線距離であのデカい槍まで向かってくれ』
『え? そ、そっちは良いのかっ?』
『何とかするさ。あの槍の辺りに公国陣営の旗があると思う。面倒な仕事だけど、探してみてくれ』
『了解!』
『レオリア、僕は?』
『パブロは、ウチの旗の護衛だ。任せてもいいかい?』
『ああ、――分かった、任せて』
/break..
他方、桜田會勢力交信では、
『ヨウお前ら、元気にやってるゥ?』
『おか、お頭ァ! 何とか犠牲は出してねえ! 畜生歯がゆいぜ! 無敵がどーしたなんてなけりゃあ速攻でケリが着くってのに!』
『そりゃァないモンねだりだわな、諦めとけ? それよりだネ、たぶんそろそろ、そっちのパブロ辺りが向こうサンの旗を守りに戻る頃だと思うんだよなァ。なンで君ら、上手い事負けたフリして一旦離脱。旗の所まで案内してもらってくれ』
『たぶんと来た! 本当にパブロで合ってんのソレ!? そっちのグランは今どうしてるんだよ!』
『たぶんってのは言葉の綾だネ。グランの魔法は、この地理条件じゃぶっちぎり一位の切り込み隊長役だろ? まっすぐレーザー撃って直線で進みァ迷路なんて関係ないんで。それに向こうのセンセーらは、ハルとエイルちゃんがいりゃァどーとでもなるワ。アタシらもそろそろ、自分の勝ちのために動かないとねェ?』
『なるほど、分かった! じゃあ、犠牲は出していいのか!?』
『しゃーなけりゃァいいよ、その場合は、テメエの役だ』
『了解!』
『んじゃァ、――各員通達ゥ、こっから巻き返すんでよく聞け? 二手に分かれてパブロとグランを尾行しろ。優先はパブロ、グランクンはまあ、お目付け役が一人いりゃあいいからよ。ンじゃ、作戦開始、ヨロシクネ』
/break..
そして、――公国勢力交信にて、
「よう、重畳?」
『ええ、仔細問題ない』
「そりゃよかった、……こっちも今、着いたよ」
そう言って俺は、通信を切る。それから次の曲がり角を右に、それで……、
――エイルの背中が、見えた。
「……、……」
「……よう? 久しぶり」
三者拮抗の光景に、まずは俺がエイルにそう言葉を掛ける。
「久しぶりってのは誰のせいなんでしょうね、まあ、久しぶりデス」
「…………。参ったな」
俺たちが言い合う向こうでは、レオリアがそう呟いた。
「……、」
「この展開は予想が出来ていた。だけど、そうか。……読み違えたのは二つか」
「――ああ、そうとも。そっちからすれば俺とユイが手を組むのは読めてたし、だったらそこで、お前らは焦ったりなんかせず普通に籠城していればいい。まずは少しずつ桜田會を削って、そんで、まー残り三、四人まで晴らした辺りでってトコロか? お前ら二人で問題なく強襲者をいなせる数まで減らしたら、そっからはグランとパブロの進行戦だ。この手が王道だし、それ以外は邪道だよな?」
「……、……」
「そっちの外した読みは二つ。当ててやろうか? ……まず一つが、ウチのエイルの機動力だろうな。まさか、そっちのパブロよりもえげつない直線距離で飛んでくるとは思わなかったろ?」
「……いいでしょう。正解です。では、二つ目は?」
「これもまあ、エイルが飛んできたってトコロだろ?」
「――――。」
「さっき言ったお前らの戦術は間違いなく王道だ。ルール上の優位をそのまま作戦に落とし込んだってくらいに完璧だし、だからこそお前らはこの王道を選ばざるを得ない。――後衛二人が、陣地防衛以外の全ての時間で、ただただ『ぼーっとしてる他にない』ってのを理解しててもな」
――ルール上の優位、「無敵であり、また四人と言う潤沢な手数がある」ことを、この作戦では放棄している。
しかし、それにしたって……、
「そう。それにしたって、そんな風に『頭数を腐らせる時間』なんてのはゲームが始まって初期も初期、その短い時間だけだ。……桜田會さえ減らしちまえば、前衛二人はその時点で桜田會の攻略を放棄して、そんでもって公国サイドへ進行する。あとは、前衛のどっちかが『隠れたたった一つの駒』であるエイルの居場所を見つければ、伏兵を恐れて旗の近くに二人も人手を置く必要がなくなる。お前らの勝利は、これでもう揺るがない」
――結局、この戦いの一番の要はエイルであった。
まずもって必要なのが、この戦いで頭一つ飛びぬけて強い存在であるレオリアたちへの攻略法だ。それにあたって俺はユイとの同盟を結んだが、それだけでは、俺たち公国からすれば「脆い人手」を獲得したに過ぎない。桜田會は旗を持たず、盤石にして無敵たるストラトス領陣地に踏み込むには決め手が足りない。
そこで、伏兵が生きる。
エイルを温存しておけば、伏兵の所在を掴めずにいるレオリアたちは「守り」の方を強化する。
公国陣地奥深くという「戦線とは大きく離れた場所」で以って、しかしエイルは、ストラトス領陣地中心要の「
……と、ここまでを俺は言い終えて、
「……。なるほど」
他方レオリアは、
「良い戦術批評です。参考になりますな」
拍手を幾つか打つ。
そして、言う。
「しかし、良いんですかな? せっかく稼いだ時間を、あなたはこんな井戸端会議で浪費してしまって。……私のパブロは、既にあなた方の陣地に一直線で向かっていますよ?」
「……、……マジで言ってんの?」
「何をおっしゃる。マジも何も、あなた方は既にあと一本しか旗を持っていないでしょう。いつどのタイミングで無敵が切れるか分かったものじゃない、違いますか?」
「なあ、もう一回言うけどな? お前、マジで言ってんのかってば」
「――――。」
問いながら俺は、
……しかし、胸中で大いに笑い転げる。
思い出せば、実況解説がアナウンスで言っていたのは、「俺が旗を三本折って」、それを条件にユイとの同盟を締結したという内容であった。
ゆえに、
『参加者及び観客の皆さんに通達。ただいま公国勢力のフラッグが奪取されました。――公国勢力の持つ旗は残り3つ。制限時間は残り50分となります』
「 あれ? お、おかしいな……?」
――レオリア始め、当事者以外の連中は誰も、「俺たちが地図を交換することで『実質的に』旗三つを売ったのだ」ということを知らない訳だ。
「え、えっと? あれ? な、なんでだ???」
「……まーその辺は良いとしてな、それよりレオリアよ。逆に聞くぞ? どうして俺はさっき、あんな風に長々と一人気持ちよくしゃべってたんだと思う?」
「え、えーっと。……う、ぅう! ちょっと待ってくださいなんでそっち旗四つちゃんと残ってるんですか!? 一個一個整理しませんか!?」
「めんどくせーからそこは後でってことでな、――問題だ、レオリア。今、桜田會ってどこで何してると思う?」
「――――っ!?? ……パ、パブロ応答しろ! おい!」
『……レ、レオリア、か? ああ畜生、申し訳な――
『参加者及び観客の皆さんに通達。ただいまストラトス領勢力のフラッグが奪取されました。ストラトス領勢力の無敵が解除されます。制限時間は残り48分です』
――っぎゃわあ! あばっ!? う、ぅるっせえええええええええええええええええええええ!!!?』
『参加者及び観客の皆様方に通達します、ただいまストラトス領勢力のパブロ・リザベル選手が脱落いたしました。残る参加者は10名。残り時間は48分となります』
「ッ!? ま、、まずいパブロが落ちた! ――おいグラン! そっちに桜田會が……!」
『姐さんか!? 状況は分かってる、今そっちに――って痛ったァ!? …………あ。
『参加者及び観客の皆様方に通達します、ただいまストラトス領勢力のグラン・シルクハット選手が脱落いたしました。残る参加者は9名。残り時間は48分となります』
――っどわあぁあああああああああァぅおおオオオオオ鼓膜がぁあああアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「グ、グラン!? おい待て応答しろグラン! くっそう聞こえてねえ! 耳が馬鹿になってやがる!」
「…………。(愉悦)」
その惨状に、俺は思わず笑みを隠し損ねる。
これでレオリアは風前の灯火。煮ようが焼こうが放置しようが、俺たちには何の問題もない。
「それじゃ、エイル? 撤退戦だ」
「……逃げる? いいんですか、ハル?」
「なんのために旗三つ乗せた地図を売ったと思ってるんだよ? 今桜田會は『手分けして』俺たちの旗を取りに行ってるはずだ。場所の分かってる旗を、わざわざ人手を纏めて時間をかけて集めるのは悪手だろ?」
「……、」
「……分かるだろ? 人手の足りない連中を各個撃破ってワケよ。まあ、レオリアたちが桜田會と組むってなったら面倒だけど、それでも、どっちの方がオイシイかは分かるだろ?」
「成程」
「――させないさ」
そこで、
……レオリアが言う。
「結局、私たちの勝ち筋は、ここで君らを足止めして桜田會に旗を減らしてもらうほかになくなったってわけだ。――ほら、簡単に背中を見せてくれ、そこを、綺麗に突いてあげるから」
「……、……」
先ほどの俺の
ならば、さてと、
……ユイの方も、「俺の持ち旗が底をついて、それで改めてレオリアと手を組まれる」という展開を嫌がったということだろう。逆に言えば、今まさに俺たちとユイたちの間で、「レオリアサイドという仮想同盟先の値段」は爆発的に上昇している。
ゆえに、――そこを突く。
撤退戦などと嘯いて、迎撃のフリでレオリア勢力を無力化する。少なくともレオリアサイド二人のどちらかのダウンが『アナウンス』されるまでは、俺たちの旗は (探し出されこそしても)取られまではしないと考えていい。
俺は、
――にじり、と一歩引く。
「……、……」
レオリアがその分だけ、こちらに距離を詰める。その手にあるのは小ぶりな杖だ。ストラトス領最大戦力の、およそ25パーセント分の「威風」が、或いは、あの小さな杖に込められているのだろう。
――『賢者にして女神レオリア』
他方の俺は、……名乗れる名と言えば『爆弾処理班』くらいだろうか。
名目は型落ちだが、しかし両者の緊張は張り詰めるように均衡している。
そこに……、
――声が。
『会場内の全員に通達する! 落ち着いてよく聞け! 全員避難だ! 今すぐに!』
「 」
「 」
張り詰めた緊張を外部から押し崩された俺たちは、はっきりと一瞬思考を空白にする。
そして、……遅れて疑問が噴出する。
今の声は、少し前にフェードアウトした実況席の「彼」のものだ。
しかし、ヒナン、とはなんだ?
避難、とは、どうして?
あのアナウンスは、いったいナニを言っている? と、
「……、……」
引いた波が、
或いは、再び砂に返るようにして、
千切れ千切の思考が、――文脈を為す。
「――な、……なんだっ!? 避難だと!? 何事だ実況席! 状況を説明してくれ!」
レオリアが叫び、その声をアナウンスが拾う。
『いいかよく聞け! 魔物の襲撃だ! 観客は係員の指示に従って避難! 参加者全員は魔物の討伐に力を貸せ!』
「魔物!? それは、どんな!?」
『とにかく、一匹だ! ここに揃ってる戦力なら落ち着いて対処すれば怪我人は出ねえ筈だ! 魔物は、黒い繭に足が四つ付いたみたいな、生物ってよりもゴーレムみたいな未確認種だ!』
「 」
その言葉に、俺は無意識に天を仰ぎ、
――太陽から、
『黒点』が一つ、墜ちるのが見えて……、
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