『ビフォア・ラグナロク_/4』
太陽の最中に、一つの『黒点』がある。
それが、
――「墜ちる」。
「――――ッ!? クソっ、『禁忌術式目録第二項十八条:
叫んだのはレオリア。
その声に応じて、空一つを覆うほどの魔法陣が上空に顕れた――。
「な、なにが……!?」
「緊急事態だって事しか分からない。……いや、分かることがもう一つ。――私には「アレ」が、とにかくでどうにかできる手合いには思えない!」
俺の焦燥に、倍する程の焦燥で以ってレオリアが叫ぶ。
アリーナを埋め尽くす全ての視線が、天を覆う魔法陣の、その向こうへと注がれている。
『黒点』は、あの魔法陣と比較すればあまりにも矮小であった。
しかし……、
「エイルさん! 私の国際条約抵触行為は一旦聞かなかったことにしてくれ! 聞こえてるよなグラン! 最大出力で頼む!」
『わ、分かった!』
通話越しの指示。たったそれだけで……、
「――――ッ!!!!」
――大気の裂けるような轟音が響く!
フローズン・メイズの一戦で彼が放ったどの一撃よりも強大な極光が、まっすぐに上空の魔法陣の正中を穿ち、――数えきれないほどに「複製」された!
『 』
対して『黒点』は、何かを言った。
その間にも数えきれぬほどのグランの極光が、『黒点』へと殺到する。
――衝突の間際、
「なん、だ? あれは……ッ!?」
数えきれないほどに複製された極光を更に覆いつくすほどの白条が、『黒点』から拡散する。
それぞれの光の軌跡は、どれをとっても極光を前にその余波ですら蒸発してしまいそうな、か細いものに見えた。しかしそれらが、吐き出され、一度周囲へと拡散し、幾何学模様を虚空にて描き、そしてまた一つへと収斂する中で、――「複製」された極光を丸ごと飲み込んで、
「……っ! 『禁忌術式目録第二条第六項・時空召喚:BC250』!!」
巨大な魔方陣をもあっけなく叩き割り、更に地上へ殺到する!
「今の魔法で、観客席はとりあえずたぶん何とかした! ステージ上各員! 頼むからみんな死なないでくれ!」
「い、今のは……!? レオリア! まさかあなた、禁忌術式を!?」
エイルが掴みかかる勢いでレオリアに詰問するが、レオリアはエイルにではなく、俺たち、――この競技館の全員に向けるようにして言う。
「禁忌かどうかは置いておいて、今の術式は『とある時空』を召喚する召喚術式の一つです。観客の皆さんに共有してください、フィードさん。……あなた方を必ず守る結界を今、成立させたと」
『もうやってる。聞こえてるはずだ』
「じゃあちょうどいい。良いか領民諸君、私からの本気のお願いだ。――絶対に結界に触るな。それだけで君らは絶対の安全を保障される」
「――ッ!」
レオリアの様子に、エイルが唇を噛んで言葉を飲み込む。
……恐らくではあるが、レオリアの言葉だけを都合よくピックアップする拡声器の用意でもない限りは、この場にいる全員の言葉がこのアリーナ内部に共有されることになるはずだ。ゆえにエイルは、一般客に不要な混乱を起こさせないために言葉を飲み込んだのだろう。
そして、だからこそ分かることがある。
時空召喚などというモノが何なのか、レオリアがどんな『歴史』を召喚したのかは不明だが、――彼女はきっと、人民を守るために「パニックと紙一重の劇薬」を巻き散らしたのだと。
「――いるなコルタス!
「こちらに!」
他方、――ユイが喉の底から叫ぶと、コルタスと呼ばれた老紳士が「忽然と」現れた。その手には、鮮やかな「桜模様のストール」がある。
ユイは両手に持った長剣を地面に突き刺し、代わりそれを受け取り乱暴に羽織って、
「――――ッ!!」
するとふわり、と、彼女の両掌に白花色の灯が上がった。
それは、しかし、清貧な灯火であったのは一瞬のことで、即座に周囲の空気を「食い散らかすように」して暴力的に広がる。陽炎だけで一帯の氷壁が即座に融解し、白炎は、それをも飲み込み肥大化する。
「ヨォ!! 効くかァ分かんねえが撃っとくぜ! 目盛一杯だ! テメエら捲かれて灼けンじゃねえぞォ!!」
空に向かって、その「手」を放る。
分厚く破滅的な炎が挙動に沿って「発射」され、落下する白条幾億の織へ向かう。
そして――、
「うぐぉ……ッ!!?」
アリーナ上空にて、白炎と白条幾層が衝突する。真昼の白昼が更に強い「白」に塗りつぶされる。天高く弾けるソレが、しかし、地の底から響いたような重低音を地表に吐き出す。
太陽が割れて溶け出したかのような光景。
強く閉じた瞼の上からさえ瞳孔を灼かれるような、為す術などない惨状。
そこに、
『 』
先ほどのような、『何か』が聞こえた。
鼓膜を剥ぎ取るような大音量にも、その『異響音』が不快に這入り込む。それを契機にしたように、――上空の、黒い眉が打ち出した「白条」幾億が、
さらりと消えた。
「……、……」
ただ一瞬の静寂。
上空では、音さえもその「空白たる光景」に押し返されて、……そして少しずつ、大気を燃やす音が復帰していく。
見れば、あの『黒点』が吐き出した白い軌跡だけが虚空にて喪失していた。立ち上る桜火の名残りが、先ほどよりもずっと薄い密度で以って空に広がっている。人々はみな、言語を全て喪失したようにただ、桜の虚空を目で追う。
その、……一か所。
桜色の轟炎の一か所に、ただ一瞬の「隆起」が起こり、――そこから波紋を描くように、桜火が散って消失した。
「……、……」
桜火を貫いた、
その「シルエット」、
「……、」
『黒点』の影が、その落下で以って徐々に判然としていく。
……黒い繭のような、流線型の胴体が見える。
左右二対の細い四肢は、無機物性の強靭さで以って、凶器を見る感覚に似た忌避感を想起させる。
災禍を内包した黒い凶星が、
墜ちて、
墜ちて――、
『作戦行動ヲ開始シマス。スキル、《威圧:対支配種族EX》ヲ行使』
地表に、墜落する。
――『ソレ』の悲鳴が、そして、
衆目観衆全ての正気を根こそぎ摘み取った……。
/break..
「 」
――俺は、その姿にただすら四肢を脱力する。
「 」
過日、
俺にとっての初めての、この世界における知人を全て屠殺した元凶。
いつか、英雄楠木の最期の楽園を、ただすら蹂躙し灰に変えた災禍。
それが、今度はここで、
――産声じみた「絶叫」を上げていた。
「ぅぐ、なンだァ!?」
傍らでユイが叫ぶ。
「ソレ」の絶叫。鎖の擦れる音でヒトの声を真似たような不快な大音量にユイやレオリアは顔をしかめ、
――そして、それ以外はもっと酷い。
「 」
すぐそこで、エイルが膝から崩れ落ちた。
ストラトス領の誇るべきブレイン二人が慟哭を上げて狂乱し、その奥では悪名名高い桜田會に名を連ねた幹部の面々が、タガが外れたような怒りに咆哮している。
遠くを見れば、豆粒のようになった観衆のシルエットが、遠目に判然さを欠く状況でさえも目を背けたくなるような「様相」で、一様に絶望と諦観で頭をおかしくしているらしい。誰も彼もが、「ソレ」の一声で以って、即座に正気を喪失した。
「ソレ」は、
『……、……』
まるで、魂を持つ存在がそうするように、虚空を見まわし「様子を確認していた」。
その、はっきりとした「隙」に、ユイとレオリアが自勢力の面々に強く叱責する。
「オォイなンだァ!? デカい声一個でビビるタマかテメエらァ! ツラァ挙げろオイ! もっとデケェ声で張り合えばいいんじゃねェのかオラァ!」
「グラン! パブロ! しっかりしろ! 君たちがいないんじゃ私なんてどうしようもないだろ!? 頼むから! なあ!」
――その声は届かず、レオリアは半ば引きずられるようにしてグランとパブロに戦線を離脱させられ、また桜田會幹部は、誰も彼もが人語ならざる声で以って怒りをただすら放出する。
「クソ、やめろテメエら! ンなしょーもねえんアタシに見せてんじゃァねえぞォ!!」
「お、おい待て! 落ち着け二人とも! 私だけが逃げ果せてどうするって言うんだ!」
「――ダメだッ! アンタは逃げろレオリア! 絶対俺がここで止める! 絶対に逃げろ! 分かったかおい!」
「パ、パブロこいつを止めろ!」
「い、嫌だ……ッ! なあ! アンタにいなくなられちゃ困るんだよ分かるだろ!? いいから下がってろ! 俺の言うことを聞け!!」
「なんっ……、こりゃ、どういう!?」
俺は、
その惨状に、一つ、追懐をする。
たしかアイツは、『スキル 〈威圧:対支配種族EX〉』と言っていただろうか。
文字を聞く限りでも、それは察するに、
――そのスキルの性能は御覧の通り。この
ユイの叫びは届かず、レオリアの誇りは蹂躙される。ありとあらゆる絶望が、きっと、「この世界を支配していた方の人間種」の頭を一つ残さずイカレさせているのだ。
ならば終わりだ、
「……、」
俺は思う。
じゃあもういい。俺が戦うような理由は、ここにひとしきり全滅した、と。
しかし、
――そこに、
『っだぁああああぁらァあああああああああああああああ!!』
『鈍色の流星』が、一条。
それは『鉄の塊』に着弾し、そしてなおも張り付き黒い繭の胴体を両碗で乱打する。
見れば。その鈍色は、人の姿を模倣した『モノ』であった。
『おい! カズミハル! テメエは多分無事なんだろ!? さっさと立って手伝えよこっちを!!』
「……、」
黒い繭にしがみ付く「彼」。
俺は、彼を知っている。
「……、……」
名前は確か、『ゴーレムタイプ72』と言っただろうか。過日飛行船で一つの事件を共にした、フィードという少年の持つ『甲冑』である。
『なっ! 畜生! 何を諦めたみたいなツラしてんだテメエは! テメエにゃこのスキルは効いてねえんじゃねえのか! オイ!』
「甲冑」が『鉄の塊』の吐き出した光をモロに浴びる。
――否、すんでのところで身を翻したらしい。
遅れて、「彼」の鉄の右腕が、俺の頬を擦過し後方へと弾け飛ぶ。
『っちィ! クソッタレ! オイいいかテメエ! 何に絶望したってツラなのかは知らねえが、ここで負ける方がもっと酷いぞ! きっと、お前が生前から抱えてた絶望が、そのまんま証明されんだ! 俺にはわかる! そりゃあ絶対に最低の気分だぞ!!』
「――そうですよ、ハルさん?」
「 」
とん、と、
軽やかに肩を叩かれる。
その声の主は、先ほど無様に引きずられて退場したはずの、レオリア・ストラトスであった。
「……、……」
「ああ、グランとパブロですか? 聞かん坊で困ったので、ぶん殴って向こうで寝かせてますよ?」
そんなことは聞いていない。或いは、だからこそ彼女は、俺が求めた言葉ではないおためごかしを、俺に言ったのだろう
――なぜだ。と、
そう俺は思ってやまなかった。
どうしてこいつらは未だなお『アレ』に立ち向かおうとしてるのだ?
この光景を見るがいい。惨憺たる地獄である。男は利己の為に女を殴り飛ばし、女は保身のために子どもを踏みつけて逃げまどい、子供は抜身の本能で以って、大人の喉を噛み千切る。これがヒトだ。これが常世である。既にここに解は為された。やはり、人を残す意義など――、
「っだあァ! アタシんトコのだけじゃなくてテメエも腑抜けてンのかオイ! シャンとしろ! 敵はどっちだコラ!」
その声の主、ユイに、俺は無理やり立たされる。
……それから俺は、俺がどうしようもなく座り込んでしまっていたことに、遅れて気付く。
「うン? あれ? ナニ? こいつにァさっきの効いてンのかい?」
「さてね、とにかく。……私たちは先に行きます。ハルさん、――どうか、君も」
それだけ言い残して、レオリアとユイは『あの鉄の塊』へと走って行った。
一人、……俺だけが残った。
ただ一人、
俺だけが。
……、……。
「……、……。」
俺は、
ふと、過ぎ去りし日のことを思う。
それを、思い出していた。
なんと言うべきだろうか。それはまさしく夢うつつの最中であった。
勝手に世界は進んで行って、俺はそれを俯瞰して眺めるような、そんな感覚だ。
走馬灯的でありながら、それは今ここで進む物語でもある。俺の脳裏には、今、
――悪夢が、放映されている。
それを俺は、ポップコーンを片手にしたような感覚で、映写機のホワイトノイズを聞き流す時の気軽さで、上等な椅子に座り込んだような気楽さで眺めていた。
俺が、あの春の日。××を××させた時のこと。その、動機を。
初めて×を×したとき、俺は、果たしてその××した×××を見て、どう思ったのだったか。
思い出したくはない。
人に言って聞かせるようなものでもない。
ならば、忘れて「次」に行けばいい。他者に主張する予定のない
それが当然なのに、最も効率のいい冴えた一手であるはずなのに。……それでも、なぜか俺は、「そちら」へと足を向けることが出来ない。
俺は、
俺自身の前世を、……どう解釈しているのだろうか。
「……、……」
考えるのが億劫であった。
ゆえに俺は、
傍らで崩れ落ちたエイルに、
声をかけた。
「なあ」
「……、……」
エイルは、答えない。
ゆえに俺は、独り言のつもりで言葉を紡ぐ。
……目前には、災禍の光景が今も進行している。
だけれど、俺は死ぬことがない。
これは、案外、使えるスキルだ、と。
俺はふと、そう思った。
「お前さ、なんで座りこんじゃってんの?」
「……、……」
「何に絶望したんだ、俺に聞かせてくれよ?」
「……なに、に?」
今度は、エイルが言葉を返した。
「そうとも。何に、だよ。何に絶望したのか、先達として俺に教えて欲しい。……ここだけの話な、俺は、諦めがつかないままでここまで生きてきたんだって思ってるんでさ」
諦めのついた人の話を、聞かせてくれ、と。
俺は彼女にそう言った。
「……、……」
「わたし、は……」
「うん?」
「アイツには、勝てないと思って……」
「それで?」
「それで、諦めました」
「それで諦めた? それだけで?」
「……、……」
「負けりゃ、死ねばいいだろ? 勝ったらまあ、その先も面倒が続くけどな。負ける分には問題はないはずだ。お前は、負けるからって絶望したのか?」
「わからない。わかりません。負けるのは、だって、悔しいでしょう?」
「悔しいのが嫌だから絶望したって? なんだそりゃ、矛盾してるぞ」
「……、……」
「悔しさってのは純粋なバネだ。案外、それだけで世界だって滅ぼせるような一級品だぜ? 少なくともさ、絶望する材料になるようなもんじゃねえって」
「……、……」
「お前はどうして絶望なんて出来たんだ。本当の話を。俺に聞かせてくれよ」
彼女は、
「……うるさい、うるさいです――ッ!」
そう、俺に返した。
「……、……」
「どうして絶望したって? ……そんなの決まってる。勝てないって思ったから、だから諦めたんだ。わたし、私は……、人を守らなきゃいけない。だけど私には、アイツから人を守れないって思って、嗚呼。うるさい。分かりましたよ、――分かりましたっての!」
「……、」
「立って言うんでしょ? 分かってますよ、立ちますってば! 誰が諦めるか! 誰が絶望なんてするものか! そんなの! 自分がそれを許してやらなければいいだけだ!」
「……いや、エイル。そんなつもりじゃないんだよ。本当に」
「うるさいって言ってるんだ。私は諦めません。ただちょっと、ちょっとだけ今は足腰に力が入らないってだけだ。ハル、――あなたは、そうじゃないんでしょ?」
「――――。」
「あなたは、今すぐにだって立てる。あなたは既に、何らかの絶望を経てここにいる。そんなあなたが、誰かの思惑でもたらされたハリボテの絶望なんかに負けるはずがない!」
「はは、俺をなんだと思ってるんだよ?」
「…………。あなたのその
「――。」
「人を殺すなら、ハル。その相手の名前くらいは、絶対に背負わなければいけないんです。……だから、ハル。――戦うなら、これを取って」
その言葉と同時に、――エイルの掌が淡く光る。
いつかも見た、それは輝きであった。
彼女が武器を作るとき、――武器を手に取るとき。
彼女の掌は、こんな風に輝く。
「――ステータス看破のモノクルです。一度、付け方は教えました。覚えているでしょう?」
「……、……」
「殺した人間の名前さえ憶えていない。それがきっと、あなたの後悔と絶望の正体です。だから、これからはそんなことをしてはいけない」
――ハル、
あなたは、誇りを以って剣を取れ。
「……、」
彼女は、そう言って、
「……。分かったよ」
俺に、そのモノクルを預けた。
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