3-6
「ソレ」が、今。
ヒトの一群を潰壊させて、
――ふと、風に乗る熱狂を聞いた。
/break..
フローズン・メイズ西、ストラトス領陣地にて。
「――了解です、レオリア」
パブロ・リザベルが、イヤーピースからの指示で以って移動を開始する。
曰く、……次のフェーズだ、グランから逃げてるはずのユイとハルを叩け。と、
「……、……」
この雪合戦のルールからすれば、桜田會はフラッグ持ちの索敵を逃れながら、他陣営のフラッグを回収することしかできない。ゆえにここで考えられる展開は、「ユイとハルが一時離脱をする」か、或いは「無敵状況であるハルがグランを足止めし、その内にユイが封鎖を突破する」かである。
彼らが逃げるのなら、そちらへの加勢を。
彼らが突破を狙うなら、退路にて待つ。
パブロは、グランVS同盟二者の次の出方を待ちながら、
――とにかく、先ほど「強い閃光」の上がった方へと、まずは歩み進める。
が、
「……、……」
パブロは「その気配」に、……敢えて視線を振ったりはしなかった。
挙動は先ほどと同様にゆったりと、あくまで平静に、ただ歩いている。
耳に入る氷の欠片の音一つ、うなじを撫でる風の動き一つに、全力で人の気配を探りながら。
「(確実に、誰かがいる。それも複数人だ。……桜田會の幹部グループか? だけど、ここでレオリアに連絡は出来ないな)」
声を出すなど以ての外だ。今は、隠れて息をひそめている幹部(?)連中の出方を探る他にない。
十中八九、彼らはパブロが通り過ぎるのを待っているはずだ。このルールであれば、そうなると考えるのが自然だろう。
しかし、……もしも、
彼らの意図が別の所にあったら?
「 ぉあ?」
変化は一瞬、そして壊滅的に――。
パブロの歩く右手側の氷壁が、総崩れを起こした!
「ッ! っどわああああああああああ!?」
胃の腑を揺らすような瓦解音。視界一帯が氷に煙ぶる。
本能的な恐怖さえを呼び起こすその光景に、パブロは反射的に左手側への退避をして……、
「(し、しまっ――)」
「――人殺しは禁止。そういうルールだよね? だから、頑張って死なないようにしてね?」
崩落する氷壁の最中から、小さな人影が弾丸のように弾き出される。それはそのまま、パブロを追い越しその先、向こうの壁際へ走り、
そして、
「――――っ!」
詠唱もなく、魔力的発露などもなく。
その人影、――桜田會幹部アリス・ソルベットが、彼岸の氷壁に触れただけで、
天高い壁が、足元から崩れ落ちた――。
/break..
「うひー! すっごい音したぞ!」
「アタシらの方の誰かだなァ、アリスかエノン辺りが、大方そこいらの壁の一つ二つでも倒したんだろォネ」
――などと軽口を叩き合いながら、
俺とユイはグランの放つ気功砲(か〇はめ波とは絶対呼ばない)みたいな攻撃を、右へ左へいなしていた。
ちなみに、どうやらあの攻撃はさっきみたいな著作権ギリギリポージングでなくとも全然撃てるものらしい。今現在の彼は、ボクシングのシャドーを掌底でやってるみたいな感じで小刻みに先ほどのレーザーを乱射していた。
「あっぶね!」
「オゥオゥ、転ぶんじゃねェぞォ?」
……察するに、先ほどの特大の一撃は俺たちの足元を損ねるような意図によるものだったのだろう。レーザーによって融解した雪が、周囲の寒さに充てられて刻一刻とアイスバーンに変わっている。
そんな地面の上でグランのレーザー乱射をタップステップで避けるというのは、なるほど確かに難儀である。今でこそそれなりに余裕をもって避けられてはいるが、これ以上距離を詰めるのは難しそうだ。
「撃ってくんのの、一つ一つの火力はさっきのデカい一撃よかマシだな。それでも氷壁には穴が開いてるけど。……ユイさんよ、あれって何なのか分かる?」
「あァ、ありゃ『太陽のパブロ』の代名詞でヨ、向こうサン自身の内部魔力を純粋な魔力エネルギーに変換して使ってるんだとサ」
「あー、そういえばアイツって魔力エネルギー学者だってハナシだ?」
「オウ。魔力を敢えて変換せずにそのまま『流動』させてンだネ。練り固めたり、逆に拡散させたり。向こうサンの魔力災害レベルのMPが大前提の運用だがァ、どこまでも応用が利く便利魔法だってハナシだヨ」
ふむふむ、
そういうことであるらしい、ならば。
「……、……」
俺たちに打てる手は二つ。ユイを下がらせるか、或いはユイを突破させるか。その二つだと向こうは考えているはずである。
それが俺たちの勝利条件になるのは間違いないが、それでもまだ、今は弱い。
「たぶん向こうのグランは、俺たちがこれだけここで粘ってるのを見て『俺がユイを突破させる作戦で来る』ってので考えてるんだと思うんだが、……あんまり長くし過ぎるとこっちの意図がバレるって展開もある。ユイ、向こうの様子は?」
「あン? 聞いてみるかい、ええっと……」
……………………
………………
…………
『……そっちァどうかネ?』
「あ、ああ、大将……」
イヤーピースからの通信に、「その光景」を一歩後ろで眺めていた彼、ルクィリオ・ソルベットが、
「――難航中だ」
と、そう答えた。
……先ほどの氷壁の崩壊。それで以って起きる、パブロへの圧倒的質量による面制圧は完全に成功していた。
彼は間違いなく氷壁二つ分の質量に押しつぶされ、氷塊の山の最下に埋もれて、
そして今、――その氷山が二つに割れた。
「死ぬな、とは難儀な。僕じゃなければ死んでたでしょうに」
それはまるで、「噴火」のような光景であった。
火山が胎内にため込んだマグマを放出するようにして、氷山が天辺から「破裂」する。
しかし、そうして吐き出されたのは、熱く燃えるマグマではなく、――鋭く冷えた『巨碗の手甲』だ。
「 」
それが、周囲の破砕した氷塊を「掃いて掃除でもするようにして」一掃する。
そして、――巨碗が消失する。
「……、……」
「あー、冷たい。服に氷が入った……」
先ほどの巨人の腕甲冑が、まるで幻か白昼夢であったかのように消えてなくなる。災禍の中心にはただ……、
――パブロ一人が、立っていた。
「……。(『歩く凍土のパブロ』、その威名を確固たるものにしたのは、――賢者の石の使用によるルール違反の錬成術!)」
ルクィリオは胸中で、己の知るパブロの情報を反芻する。
――賢者の石とは、鉛を金に変えるための霊薬とされる媒介物である。
鉛を金に。つまりは、物質Aを全く別の物質Bに変える秘宝だ。植物材を抽出加工して紙類や油やゴムを作るのが一般的な錬金術であるとすれば、賢者の石が行うのは、「植物を魚に変える」ような理屈の通らない「変質」である。
しかし彼の司るモノは、……それとは別で、
「観客の皆様もいますし、勘違いなどされませんよう、僕のやっている事の説明でもしましょうか」
「……、……」
「僕のこれは、賢者の石などではない。彼の霊薬の、粗悪品の模造品の更に劣化品です。金を鉛に変えたり、無機物を有機物に変えるような真似は出来ない。僕のこれはただ、――5グラムの鉄を5000万グラムの鉄に変える、それしか出来ない偽物です」
キラキラと、
――何かが拡散する。
それは、まるでダイヤモンドダストのように氷雪の迷宮にふわりと漂う。
「『歩く凍土のパブロ』、……お洒落とは言い難いが、しかし的を射た通り名です。僕が歩いた道には、こんな風に、凍土の陽炎が浮かび上がる」
「――お、お前ら俺の後ろに来いッ!」
エノンが叫ぶ。それと同時に、先ほどの巨碗甲冑が、今度は二つ顕れた。
パブロの腕が描く軌跡に沿って、巨人の二手が壁を穿つ。
がりがり、ごりごりと、
氷を砕く。
「投げた『雪』が当たれば、ダウンと言うルールです。皆さん、一つ、――お覚悟を」
「――――ッ!」
そして、絶対零度の災禍が、
――天地をひっくり返したような奔流を得て通路一帯を埋め尽くした!
……………………
………………
…………
「……、……」
破滅の氷河が、両の氷壁を無残に蹂躙した光景。
煙ぶる視界が晴れて、彼、パブロ・リザベルは巨碗の手甲の顕現を解除した。
しかしながら、
――その最中央の光景だけは、未だ「白く濁って」判然としないままであった。
「……、」
じゅわぁ……と、
――「水の爆ぜる音」を、パブロは聞く。
先ほどの巨碗による氷礫。
その破滅的な奔流が、「白煙」を残して影形もない。
見れば、それだけでなく、周囲の氷壁さえも燻ぶるようにして融解している。
「これは――、」
「……ちくしょう、無事かオイ?」
エノンはその他四人の前に立ち、振り返らないまま背後に檄を飛ばす。
他方、パブロは……、
「――火の魔法、ですか?」
「そうだよ! 雪合戦って戦場じゃ相性最悪だろザマぁみろ!」
「私と兄貴は無事! 他のみんなは!?」
「私もぶz、――あべしっ!??」
「!!!??」
……唐突な「あべし」に、幹部都合四名分の視線が、その声の主、――委員長風の少女ことハィニー・カンバークの方へと注がれる。
「え? え?」
その困惑の視界の最中、渦中の彼女はしかし、瞠目するように自らの額に手を当てる。
さらり、と水気のある感触が手の平に返り、彼女は指先に付いた「ソレ」を見る。
果たして、「ソレ」とは、
「おみず? ……ゆ、ゆきだま?」
「そうです。だってこれ雪合戦でしょ?」
少女が呟き、パブロが答えた。
そう。
それはただの、今さっきパブロが自分の手でこさえて放り投げた雪玉であった。
先の「ふざけたスケールの質量攻撃」に呆然としていた幹部の面々は、パブロから見れば、あまりにもスキだらけであって、……これはある意味、なるべくしてなった結末とさえ言えよう。
しかしそれでも、――その代償は計り知れず、
「――ひ、ひゃあああああああああああああああああああああああ!!???」
……悲鳴が響く。
「ハ、ハィニーどうした!?」
「う、うるっさ!? これうる、うるぅ、……うるっさいわねぇッ!!!」
気が狂ったように耳元を掻きだした彼女は、手元を大いに狂わせながらもその悲鳴の元凶、『雪玉当たったら大音量アラームくん』を耳から外し、地面に投げつけて、思いっきり踏みつぶした。
「おいハィニー? 大丈夫なのかハィニー!」
「耳が! 耳がァ! 馬鹿になってりゅのぉおおおおおおおお!!」
「ああ駄目だ! 聞こえてない! ちっくしょうストラトス領の鬼畜ども! なんつーモンを用意しやがるテメエ!」
「い、いや、……僕も今ちょっと戦慄してるところです。…………うわー、雪玉当たらんとこう」
「ハィニー! しっかりしろハィニー!」
「あへえ」
「……――っ! ハィニーぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
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