3-7
『――参加者及び観客の皆様方に通達します、ただいま桜田會勢力のハィニー・カンバーク選手が脱落いたしました。残る参加者は11名。残り時間は1時間12分となります』
「……あのヤロォ、後でオシオキだなァ」
「労ってあげなよ……」
俺こと鹿住ハルとユイのいるところまで聞こえてきた悲鳴に、俺は思わずそう呟く。
向こうで何が起きたのかは不明だが、これは確実に碌なハナシじゃない。一層気を引き締めていこうと思う俺である。
ということで、はてさてと、
「――――。」
「――――。」
静寂が、氷結迷宮に積もっていく。
戦線が動いた「予感」に、――俺たちは一様に、緊張に身を浸す、
……んだと思ったけど、ユイだけはちょっと違ったらしい。
「おいもしもし? そっち、どーなってんだい」
「(……コイツ敵の目の前で電話始めやがった!)」
『あ! ああ大将! ハィニーがやられた! 畜生アイツら、なんつー非人道兵器を使いやがる! ハィニー! おい! 聞こえるか!?』
『あへあへぇ』
『駄目だコイツ! すっかり股が緩んでやがる!』
「そりゃァ、ハィニーに関しちゃァいつものことじゃねえかい」
――オイ。と、
彼女がイヤーピース越しに『𠮟責』をする。
『……、……』
「シャンとしろルクィリオ、それにウラの馬鹿野郎どももナ。アタシらァ裏ギルドだろうが表ギルドになろーがヨ、舐められちゃシマイなのは変わってネェぞ?」
『か、
……あとちなみに、俺たちの方はと言えば、
「(……ここでレーザー撃ったら俺の男が廃るのだろうか?)」
「(ああ、グランくんがこっちに気を使ってる……)」
みたいな感じで大気の流れを読んでる真っ最中であった。
ということで邪魔しないから早く済ませて欲しい感じである。果たして――、
「いーかい? よく聞きなさいヨ?」
『……、……』
「――各員通達、イモ引いたら殺ォオす! そっちァ任せたぞォ!」
そして、「ブチッ」と音が聞こえそうな勢いで、ユイは「通話」を終了する。
「……、……」
「終わったヨ、待たせたねェ」
「いや、アレで『終わった』なの? 君ブチ切れて通話切っただけみたいに見えたんだけど……」
「何言ってんだい。アタシらンじゃ、あれが共通言語ってなァ?」
それからユイは、
……なおもこちらの様子を伺うままのグランにも、律義に声をかける。
「ヨォ、にィさん? 気ィ遣わせたネ。もォいィヨ?」
「……、……」
「来ねェなら、こっちから出ちゃうヨ? ――ってことでサ、ホラ、ハルさんヨ?」
「あん?」
「いィかげん、いィだろもう。――そろそろ、『次』に行こうゼ?」
「……わかったよ」
そこまでのやり取りで以ってようやく、向こうのグランも意識を取り直したらしい。
彼は改めて俺たちに、ボクシングのファインティングポーズをやや低い重心に崩したような姿勢を取る。
「――――。」
……であれば、次に来るのは先ほどのようなレーザーの雨だ。
そんなことは分かり切っていたために、俺は――、
「(――起動。ステータス操作、全ステータスを
ベルトホルスターのスクロールに触れて、そう口内で呟く。
――喪失感の類はない。身体的にも何ら変化は起きていない。ただすら全身に、力がみなぎる感覚のみが俺を覆う。しかし、それに身を浸すような余裕などもまた無い。
「――――ッ!」
なにせ、もう既にグランは一つ目のレーザーを打ち出している。だから俺は、その懐を目指しふくらはぎに「膂力」を込める。
引いた右足が、力を溜め込むのが分かる。抽象的で、しかしはっきりともしているような不可思議な感覚。俺はその「力」を、――全て足下の凍った地面に叩きつける!
「! っぐお!?」
――圧倒的加速。
動体視力が置いてけぼりを食らうほどのふざけた速度感で、景色は後方へ。倍速で迫るグランのレーザーが俺の頬を擦過する。それに俺は拘泥せず、次の「地面」を踏み砕き加速する。
「なんっ? ぅおオ!??」
グランの驚愕が見える。それも当然だろう、彼からすれば、あのレーザーは出力の大小関係無しに全てがヒトにとっての致命の一撃である。ゆえに彼は乱射を躊躇って……、
「追い付いたぞコラァ!!!」
「ちっく、しょっ――ッ!???」
加速そのままに懐へと殺到した俺と、「正面衝突」する!
「――っごおォオオオオオオオオオオオオオ!!???」
彼の悲鳴が上がる。それと同時に俺は、加速度そのままに縺れ合う中で彼の「どこかの骨」が折れた音を聞く。当然、これだけの速度でヒト一人の体重による体当たりである。生半可な擦り傷で済むはずがない。
縺れ合い、二人仲良くごろごろと転がって、
――そして俺は、
「……、……」
「……っく! はなせ!」
ほとんど死に体となった彼、パブロを、難なく組み敷くことに成功した――。
「……よーしよし、ほら、暴れんな?」
「くそ! 動かねえ!?」
うつぶせのままもがくグランだが、流石に俺の強化済みの「膂力」には為す術もないらしい。
俺は力任せに、グランの両腕を締め上げて、
「……、」
「……ヨウ。終わってみりゃァあっちゅーまだったねェ」
後ろからようやく追い付いてきたユイに、俺は頭だけ振り返って答える。
「……。おーこら、何が同盟だ。テメエはタップダンスしてんのが仕事かよ? 全部こっちに任せやがって」
「なンだ、こんなカワイ子ちゃんのバックダンサーが付いてるんだぜ? 気持ちよくセンターで踊ってくれよ」
「……よく言うよ、ったく」
と、そこで、
「クソ! 分かったよ! 拘束でもなんでもしやがれ畜生が! 降参するから放してくれ、今のでアバラ折れたんだよこっちは!」
俺の足元で、グランが何やらそう喚き散らす。
さて、
――では、ここからが本番である。
「ようグラン君。ごきげんようグラン君?」
「な、なんだテメエ……! ごきげん良い訳あるか馬鹿野郎! 放せっつってんだおい!」
「……まあそりゃ、放すのだってやぶさかじゃないよ? だけどね、その前にちょっとお話がしたいんだよね?」
「こっちには用事ねえよ! おい! テメエマジで降りろって言ってんだ!」
そこで俺は、
みしりと彼に、体重をかける。
「痛ッ!」
「立場が分かってない? 一から説明してやろうかコラ?」
「んだと? テメエ、なんのつもりで……」
「質問は一つ、誰が旗印付きの地図を持ってる? それだけ教えてくれたらいいよ?」
「……拷問でもするつもりか?」
グランの声のトーンが、一段階低くなる。
それは慄くべき自身の未来への恐怖か、或いは唾棄すべき暴力への嫌悪感であろうか。
俺はそれを、鼻で嗤って一蹴する。
「小さなお子さんも見てるんだぞ? んなことするかよ」
「お気遣い痛み入るね。でもそれならどうする? 俺はテコでも言いやしねーぞ?」
……みしり、
もう一段回深く、彼に体重をかけて、
――俺は、彼の耳元に、顔を近づける。
「よう?」
「……ささやいてんじゃねえよ気色わりーな」
「なんだ、大声で言ってもいいのかよ?」
「なんだとテメエ」
「だから、――レオリアが喫煙者だって、大声で言っていいのかって言ってんだよ(ウィスパーボイス)」
「――――。」
……そう。
古今東西、アイドルの喫煙はスキャンダルとして取り扱われるものだ。
先ほどのステージ挨拶を見れば分かる。レオリア・ストラトスは、この領地において領主であると同時にアイドルである、と。
ゆえにこそこれは、強請りのネタになりえる。
――スキャンダルばらされたくなかったら、言うことを聞けと!
「おうおう! アイドルの肺が真っ黒って知ったらなあ、ファンの皆様方はどう思うかなあガッハッハ! おーこら身内関係者! レオリアのアイドル人生終わらせたくなかったらよお俺の言うことなんでも聞けやコラ!」
「テ、テメエ! それでも人の子か外道畜生! テメエが人質にしてんのはレオリアのアイドルとしての採算性じゃねえ! ストラトス領民二十万の夢だぞ分かってんのか!」
「(……コイツ今『アイドルとしての採算性』って言った! 一番言っちゃいけない大人の事情を言いやがった!)…………。もーいい。俺は怒った。今決めろ。明日の新聞の一面に載るのが、アイドルのスキャンダルかテメエらの雪合戦ボロ負け速報か。ホラ、今テメエが決めるんだよ!」
「――――。」
グランが、……力なく首を降ろす。それで以って俺は、殆ど勝利を確信する。
しかし、
――そこでふと、
小さくささやくような、「笑い声」が聞こえた。
「くっふっふ……」
「あん?」
「かはは、……がーっはっはおもしれえぞ馬鹿め! テメエは俺を組み敷いたつもりかもしれねえけどな! おいおい甘いぜ馬鹿野郎! 俺の武器は、野ざらしのまんまでいいのかよ!?」
「っな!? お、おいユイ下がれ!」
「なンだァ? …………オゥ分かった下がる」
ユイが「ソレ」を見てすごすごと引き下がる。
……俺の武器、とグランが言った。それは、ここまでの戦いを見てきた限りだとあの「レーザー」である。ではさてと、そのレーザーはどこから出た?
答えは簡単。グランの『掌』からである。
より詳細に言えば、俺が今まさに組み敷き抑えこんでいる掌、そして同時に、今まさに「レーザー色」に輝き始めたその掌である。
「馬鹿雑魚め! ドテッ腹に風穴開けられたくなかったら放しやがれホラ早く!」
「ち、ちっくしょう卑怯者があ!」
「どっちが卑怯だどっちが! ほら早く放せってんだよ撃っちゃうよ? さーん、にー、いーーーち?」
「畜生どうしたら、どうしたらいいんだあ!」
「どうしたらいいかって言ったら放せばいいんだよ! ほらさーんにーいーち!」
「もうだめなのか!? 俺はここでおしまいなのかあ!?」
「どけばいいんだってば! どけばホラ、このレーザーは避けられるだろ!? もう一回カウントダウン始めるからね!? いくよ!? さーん! にーぃ!」
「さーんよーん!」
「ごー、ろーく、しーちって馬鹿野郎! そうは問屋が卸さねえぞふざけんな! おいテメエマジで撃つぞ! 言っておくけどホントに撃つからね! さっきまでお前も見てたと思うけどホント致命傷だよ? 氷の壁にだって穴開けちゃうんだ俺のレーザーは!」
「すっごーい!」
「かっちーん! あーもーいい!! マジで撃つ! ホントに撃つぞこれはガチのカウントダウンだ!」
抑えた掌を見ると、今度こそ本当に光が収束し始める。
――
「ほらほらどかないと死んじゃうぞー痛いんだぞー怖いぞ死後の世界は多分ー」
――
「まだ俺が撃たねえとか思ってんならテメエはアレだな! 地獄で後悔することになるよ! マジでね!」
――
「……うぉおおおヤバいヤバいヤバいここまでくるとマジで俺には止めらんねえんだ! ホントどいて! うわあどけ馬鹿嫌だどいてくれっわあああああああああああああ!!」
――
そんな言葉を誰もが幻聴する。
「――――。」
光が、
白い氷壁を、観客席の一面を、空一杯を、――白く塗りつぶす。
観衆の網膜にいつまでも名残るようにして、……次第に、白雷が瞼から薄れていく。
観客が見たのは、直線の極光が直上彼方の雲を割ったその直後の光景だ。
空が「開いて」いた。
雲の隙間から降りる天橋立を昇り上がるようにして、地上からまっすぐと延びていた閃光が、
……細くなり、そして消える。
「 」
それは、アリーナ全土を覆うような絶句であった。
神の御業の如き光景に人は言葉を失い、そして、それを直近で浴びた人物の末路を思い、人は、継ぐべき言葉をも選び損ねる。
そんな中、
――当の加害者本人は、
「ぉ、っおおおおおおおおお! 避けた!? 避けたよなハルさん!? おいハルさん返事をしてくれうつ伏せじゃ首から上があるのか無いのか見えないんだって! ハルさん! ハルさん頼むよ生きていてくれぇ!!」
「生きてるよ、馬鹿野郎」
すぱこーんとグランの頭を叩く。
「あ! ハルさん生きてた! なんで? え、なんでだっ? よくよく考えたらなんで生きてんだアンタおっかねえ!」
「……まあ、それは置いといて」
――そっちの覚悟は分かったよ。と俺は本筋に立ち戻る。
「……、……」
「撃ったってのは、アレだよな? レオリアが喫煙者だってバラす位じゃ、テメエは折れねえと、そういうことだな?」
「……そうだよ。ウチのモンはどいつもこいつも生半可じゃない。……レオリアの趣味の一つや二つで、ファンをやめるようなんはいねえっての」
「ふん、そうかよ」
俺はそこで、
――グランに押し付けていた片膝から、力を抜く。
「……ハルさん、アンタ」
「そっちの信仰は分かった。確かに生半可じゃないよ。大した忠誠だ、恐れ入った」
「……へへっ。褒めてくれるなよこそばゆい。それに俺らは、レオリアに忠誠を誓ってるってわけじゃないんだ。――ただ、あの人の、進む方向に行きたいってだけさ」
「分かってるよ。お前らはアイツが喫煙者だって位じゃ揺るがない。素晴らしい信仰だ、御見それしたよ」
「だから、やめてくれよ。褒めても何も出ないんだっての」
「喫煙者ってくらいじゃ問題ない、じゃあこっちのスキャンダルはどうだ?」
「――……、え? え?」
「アイツさ、
――
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