閑章:One Day(Date Number / 48)
(01)
メル・ストーリア公国首都にて。
爆竜襲撃による避難命令が解けたのは、冒険者レクス・ロー・コスモグラフらによる討伐の報告より、三時間後のことであった。
……つまりは、彼らの王への謁見が済んでからほんの少しの後のこと。
街は人気もなく、ただひとりでに朝から昼へと変遷していく。
そんな街の「再開」は、とある馬車の乗合所から静かに拡散していった。
たった一日の午前中を休むことにさえ忌避感を覚えるような真面目な手合いを皮切りに、少しずつ、街はまた流動を始める。
一つのコミュニティが活動を止めるとき、
……その再運転までには、しばらくの「助走」が必要であった。
雨が明けたように、或いは冬が明けたように、
ゆっくりと人は、昇った日差しに目を覚ましていく。
ゆえに、
……街はまだ
「僕」は、
そんな街の雰囲気を感じて、また一つあくびを噛み殺した。
「……、……」
乗合所はまだ閑散とした印象が残る。
立派な日差しに、立派な設えのロータリー。そんな最中に人だけは数えるほどなので、僕はそこに奇妙なハリボテ感を覚えた。
否。これは、都合はこそは良い展開である。
あくびをする前に、すべきことをするべきだと、僕はしゃきりと背筋を伸ばした。
そうすると、
「……。」
気持ち一つ分くっきりとした視界に、「一つの人影」を見つける。
そこに歩み寄ってみても、向こうはまだ僕に意識を割いてはこない。
これだけ閑散とした待合所だ、気付いていないというわけではなく、単に向こうが、こちらを強いて意識する理由がなかっただけだろう。
ゆえに僕は、こちらから『彼』に声をかけることにした。
「もしもし?」
「?」
彼は不思議そうにこちらを見る。
「なんでしょうか?」
「あの、道をお尋ねしたいんです。よろしければ」
「……、……」
彼が、
そのやや軟弱そうに見える毒気のない表情に、クエスチョンマークを浮かべた。
「俺? そこら辺のスタッフにでも聞いた方が確実でしょう?」
「いやー、友達を作ればチップはかからないでしょう?」
と、僕が言うと、
「……、……」
彼は、「原稿用紙」一枚分くらいの思考を半秒で行ったような表情で以って、
「確かにその通りだ」
と答えた。
「俺もちょうど暇でね、どこに行きたいんです?」
「知り合いとの待ち合わせなんですが、なんというか、具体的な施設の名前を確認し忘れまして……」
「そりゃ難儀な」
「しかし、この時間なら王宮に勤めているはずなんです。不勉強な田舎者でして、王宮の場所もわからなくて……」
なるほど、と彼は言う。
「それなら案内できます。良ければあなたと、その友人の名前を伺っても?」
「自分はバンです。バン・ブルンフェルシア。友人はアダム、それとフーロン。その二人です」
「……おっと、失礼。自分の名前も言わずに、でしたね」
いえ、と僕は答える。
彼はこの後、偽名を言う。
「俺はバルク・アルソンです。ご自由に呼んでくださって構いません」
/break..
乗合所を出る。
……とは言っても、屋外から屋外へとアーチ形の門一つを潜るだけの行為である。
空気感は一つも変わらず、街道に出ても街はやはり閑古鳥が鳴いていた。
「いやしかし」
僕は言う。
「こんなタイミングに来ることになるとは思いませんでした。爆竜の被害、大丈夫だったんですか?」
「うん? ええ、結局どっかで冒険者に倒されたみたいですね」
「まあ、そうらしいですけどもね。……向こうの街で噂を聞きましたよ。なんでも有望株の冒険者が一騎打ちで倒したとか」
「おお、その辺も聞いていらっしゃる?」
「ええ、避難命令、……というか自分的には立ち入り禁止ですが、それが解けたって伝令を持ってきた兵士さんが、そんな風な話をしていました。……あ、そう言えば」
はい? と彼が首を傾げた。
「そちらも避難命令が解けて戻ってきたんじゃありませんか? でしたら、僕に付き合わせてしまって大丈夫でしたかね?」
言外に、急ぎのようでもあったから公国首都に戻ってきたのではないか、と含ませての発言である。
何せ、あの時間にあの乗合所にいたというのなら、まず初めに考えられるのがその手合いであるゆえに。
――ただし、
「……あー、まあ、さっきも言った通りヒマですよ。いる場所がなかったんであそこにいただけです」
「はあ、そうなんですか?」
「はっきり言っちゃうと、俺は冒険者でしてね、悠々自適な自営業ってやつです」
「……あー、それにしては言葉遣いがきれいですね?」
「そうなんですか? あまり、気にしたことはないんですけど」
「僕のイメージだと、言葉遣いに限らずもっと色々ぶっ飛んでる印象ですね」
「それって、例えば?」
「インパクトの強い奴だと、『俺はゴブリンスr』」
「やめろ。……やめてください、そいつあれでしょ? 斥候に出したドローンゴーレムがレ〇プされて戻ってきたボンボン坊ちゃんでしょ?」
「おー、ご存知でした?」
「なんなんですかそいつ、何が間違ったらそんなに有名になっちゃうんですかね。吟遊詩人が方々で流布してるんですか?」
「何言ってんですか?」
「……いえ、失礼」
こほん、と彼が咳を置いた。
「しかし、王宮となるとそれなりに歩きますケド、大丈夫ですか?」
僕はそれに、
「あー、まあ、僕は案内されている立場ですからね。構いませんが、……そんなに遠いんですか?」
そう返すと、彼は、
――俺は苦にはなりませんケド、と更に返す。
「そうですか……。あまり遠い案内をさせるようなら申し訳ない。もし都合が悪ければ、これ以降は口頭で教えていただいても……」
「あーいや、それは構わないんですよ。まあ、本当に近くまで行く前には別れさせてもらいますけど」
「……訳アリなんですか?」
「いや、俺はそっちとは逆で、実は知り合いから逃げてるんですよ。仕事を押し付けたんでね」
まあ、……仕事を押し付けた、というのは彼なりの意訳だろう。
正確に言えば彼は、仕事を押し付けたのではなく「来るべき仕事に追い付かれる前に行方をくらました」のであった。
「それなら、承知しました。安全圏までの案内で結構ですので、一つお願いしますね?」
「ええ、王宮まで直通の大通りがありますので、そこまで」
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