1-2



 まず、初めに。


 俺が看取ったあの少女、貼り付けになった聖女のようだった「彼女」は、楠木の伴侶フィア・エル・フォーリア氏で間違いなかった。


 見た目の特徴でそれを確認した俺は、俺が彼女を見つけた状況、彼女の最期の言葉、そして俺が彼女にしたことを全て隠し立てせずに話して聞かせた。



 彼は、

 ……穏やかそうな表情で、



 グラスを傾け、中身を口内に流し落とし、そして




「――……、そっか」


「……。」




 小さく、そう言った。









「俺が、この場所に国を作ることにしたのはね」


「……、……」



「ここから見える星が、お気に入りだったからなんだ」



 クサいセリフだけどね、と彼は続ける。



「……。」



 外に出てみると、空の星は先ほどよりもずっと強い輪郭をしていた。


 風の匂いが、どこまでも夜のソレだ。



 酒精に火照った頬が、夜風に撫でられ熱を冷ます。



「悪いね、散歩に付き合わせて」


「……うん? いや、いいよ。俺の願いにはちょうどいい」


「? どういう意味?」



「…………、『散歩〈EX〉』ってスキルを持っててな。どうやら俺はこれで、どこまでも身一つで歩いて行けるらしい」


「……、ふうん?」



 そこで彼は立ち止まる。

 彼に先導されていた俺は、同様にそこで彼を待つ。



「……なあ、鹿住。君、他の異邦者に会ったことは?」


「…………実は、まだ」



「なるほどね。?」


「……まあな、悪い」



 俺は諦めて両手を上げる。


 こんな芝居がかった仕草も、綺麗な星空の下でするなら、少しくらいは形になる気がした。



「なら、俺も一応言っておくよ」


「?」



「俺の三つめの願いは、だ」


「…………。なんだ、お前」



 突然に、



 ――



 彼の表情が陰る。


 日陰に晒されたように、日が墜ちたように、

 彼の表情が読めなくなる。



。……ただ、だけどな?」


「……。」



「それでも、――俺にはお前が仇に見えるって言ったら、どうする?」


「どうって……――。」



 俺が、言うのをやめたのは、

 彼が、――



は、さっきも言った話だけど。……エルフとドワーフの合作でな?」


「――――。」



 彼、楠木ミツキが言う。


 俺はただ、どうしようもなくそれを眺める。



「ヒヅチとレイアだ。どっちもなかなかの凄腕でね、あいつらは俺に、を用意してくれた」



「……なあ、俺は」




 強い視線が俺を刺す。

 それで、俺は言葉を失う。



「そう、これは俺だけのものなんだ。。武器がスキルを持つのも、ユニークスキルの恣意的な発現も、魔力の結合解除、――魔術的現象の無効化っていうのも、どれも破格で、そして前例は殆どない」



 ……二人は、俺にはもったいないくらい有能だったからね。と続けて、



「これは、なんであれ切れる。相手が魔王でも、竜でも、ね。ただの獣と同じように切れるようになる」



「……。」




 ――風が断裂する。


 否、それは錯覚だ。

 俺の頬が切れて、そして、温かいが、俺の顎を伝い落ちた。


 彼が、俺にその短剣を投擲したのだ。



「お、おい……ッ?」


「――頼むから、覚悟を決めてくれ」



 投げたはずの短剣が、見ればまた彼の手元に戻っている。

 アレはスキルか、或いは魔法の類であるのか。彼はそうして、また俺にその切っ先を向けた。



鹿?」


「――――ッ!?」



 ――接近。


 人の膂力による速度を逸脱した疾走で以って、たった一足で彼が俺の懐に潜る。

 ならば、――次に来るのは逆手持ちの切り上げだ。



「ッ! おいってば!」


「避けられるのか、素人ではないんだな?」



 彼が慣れた挙動で短刀を持ち直す。更に二つのコンパクトな斬撃。それらも俺の姿勢を崩すには至らず、俺は重心移動のみで以ってそれを回避する。


 が、



「んなッ!?」



 楠木がまるで、曲芸のように短剣を放った。

 左手から右手へ、上空に弧を描いて短剣が見事に収まる。


 俺はそれに、半ば目を奪われてしまって、



「おっと、やっぱり素人か?」


「!?」



 そんな俺の無防備な腹部が蹴り上げられる。


 痛みはない。しかし、例えば過日自爆で以って吹き飛ばされた俺は、つまりことが実証されていて、つまりはそのまま、体勢を崩されることになる。 


 楠木の右手に収まった短剣の、やはり肘をたたんだようなコンパクトな剣戟。

 それが、――遂に俺の身体を裂いた。



「――――ッ!!!!????」



「なんだ、悲鳴は上げないのか。君、本当に新参なのか?」


「うるせえ、っなあ!」



 切られたのは腕だ。反射的に顔をかばったのが功を奏したが、彼が胴体を狙っていたなら俺はここで終わっていただろう。


 きっと、



「――――。」



 楠木は本気だ。

 言葉での決着は、きっと無い。



 ――でも、



「流血が止まった? なるほど君は、そういうスキル持ちか、面倒だな」


「――なあ、どうしてだ」


「しかしなんだ? 魔力結合を阻害してなお成立するスキル? まさか、概念系スキル? 身体機能としての獲得? ダメだ、文脈が成立しない」





 俺が、言うと、



「――――。」



 彼は、黙る。



?」


「……、……」



?」


「……。」



 彼が、




「そうか」



 そう答えるので、――俺は覚悟を決めることにした。







 /break..







 俺が、瓦礫の一つを蹴り飛ばす。

 楠木はそれを、肩を引くようにして難なく避けた。


 夜が静けさを増していく。

 煙の燻る音が、灰の崩れる音が、最後に聞こえたのはいつだったか。


 この「国」は、今夜、

 遂に、全てが廃墟と化したらしい。



「――ッ!」



 短剣の投擲。

 それを俺が避けるのを待たずに、楠木が俺に迫る。


 接近速度はやはり、人と言うよりも銃弾のそれだ。

 短剣と楠木が同時に、俺の制空域に接触した――。



「    」



 上には凶刃、下には獣。

 ならば、


 ――俺が選ぶべきはどう考えても片一方である。



「――っぶおらァ!」


「がッ!?」



 低く迫る獣への頭突き。しかし、そもそも俺は、短剣以外の何もかもが脅威には当たらない。

 つまりこれは、そう、短剣を避けるために姿勢を落としたら、そこにちょうど敵の頭があったというだけのことである。


 さて、



「くっぅーッ!」


「……、……」



 幻痛に俺は、声を上げる。対する楠木は、未だ冷然と俺を見ている。


 諦めてくれたわけでは当然ない。

 その手元にはまた忽然と短剣があり、彼はその持ち手を隠すように半身になる。


 そのまま、だらり、と構えて、

 ……そして!



「ッ!」



 一合目よりも更に鋭く、そしてコンパクトな剣戟が来る。

 腕をたたみ、一閃の始点と終点を限りなく短くしたその剣筋は、在り得ない速度で以って閃光の剣跡を更に上塗りしていく。


 人の無茶と限界を一通り超えたような攻撃速度であって、しかし彼は体幹を崩すことすらしない。

 俺はどうしようもなく、過剰なスウェーバックで以ってそれを「避ける」のではなく「距離を置く」ことしか出来ず、


 ただし、



「――――これならどうだ?」


「んなッ!?」



 俺は、そう言って彼の目を見る。


 ……彼は、そもそも俺の手札を知らない。「過剰なスウェーバック」で以って空けた彼我の距離の中間地点に俺は、例のエイルからもらった爆発石を放り起爆する。



ウォールッ!」



 そう彼は、たった一言。

 それで以って不可視の壁が、彼と爆発石の中間に発生する。


 ――爆発が起きる。

 俺の視界の中央で、爆風が不可視の壁に堰き止められているのが分かる。


 何故読まれた? などと言う質問は全くの愚問だ。

 そんなもの、――向こうが手練れだからに決まっている。


 ゆえに、だ。



「――――ッ!!」


「ぐッ!?」



 俺の方から更に接近する。目前の「壁」を迂回する特攻は、爆風がいい目くらましになってくれたらしい。楠木は、俺の姿を見失ったようである。


 その、「俺のことを見失った楠木」を。右に弧を描くような地を這う接近。そのうちに俺も腰の短剣を抜く。無防備な楠木の喉に、俺は最短距離の短剣刺突を行い……、





「――




 喉を狙う刺突は、殆ど危なげもなく捌かれる。

 しかしながら、刺突に乗せて彼の後方に放った爆発石の方には気付かなかったらしい。


 ――閃光が、翻る。

 まるでワイヤーアクションのようにで以って、俺たちは弾き飛ばされた。






 /break..







 ……まず、俺はこの戦いの最初に、楠木に瓦礫の石材を蹴り上げた。


 そしてそれを、楠木は避けた。


 無論ながら、服の汚れを気にしただとか条件反射だったとか、そういった可能性はある。

 しかしながら、少なくとも俺の蹴り上げた「欠けたレンガ」は、その辺の「予測可能性」を出来得る限り排除するための一手であった。

 なにせ「レンガ」など飛んでくれば、まず初めに人は「服の汚れ」よりも「致命性」を忌避するはずだ。


 その場合、難なく避けるのでは型落ちだ。俺ならそれを、「敢えて受ける」。


 そして、その攻撃が無効化されたところを「相手に見せる」。

 牽制として「物理攻撃を無効化する」以上の見世物はあるまい。


 彼の「スタンス」を思えば、やはり彼は避けなければならぬから避けたのだ。


 問題は、、である。

 それで言えば、



 ――俺とは違って、彼は『単なるヒト』であった。



「あぅ、ぐ……ッ?」


「――――。」



 彼、楠木は、

 ――今、「国」の遺灰に四肢を投げうっている。


 頭部から血を流し、時折痛みに顔をゆがめる。

 それら全ては、俺の一撃が「攻撃」として成立したことの証左であった。


 先の、刺突に紛れさせて放り投げた爆発石。

 ソレの起爆は彼の背後で起こり、彼は恐らく、何が起きたのかも理解できずに地に伏している。


 そして、

 そんな状況で、




 ――






「なるほど」






 彼は言う。


 俺は、その意図が掴めずに彼を見ている。


 静かな「国」の亡骸に、

 遥か彼方の風の音が、ふと届く。



「――――。」




 再び、彼はそう呟いた。


 風がなく、

 そして人の喧騒のないこの場所において、



 彼の小さな声はどこまでも強く響く。







 ――



 

 



 ――





「――――。」




 彼は、言う。



 


 言われて、気付く。



 確かに今日は、どこを探してみても月がない。





 ――そして、




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