(11)
――さてと、
俺たちはつつがなく朝食を終え、それから簡単に身支度を整える。
何分、荷物の少ない身柄である。というか俺の持ち物など、公国からの援助金や討伐褒賞などを除けば、形としてあるものはもともと着ていた服くらいである。
ってことで、最低限の軍資金以外は既に銀行(的な制度の施設)に預けてあるし、他方の服については、宿に頼んでここに置かせてもらうとして。
そうなると、身支度をすると部屋に戻った俺ではあるが、実際にやったことなどベッドメイクと換気くらいだった。
「……、……」
それらを終えて、俺は部屋を振り返る。
相変わらず、……いい部屋を戴いたものだ。
俺がこの世界に来てからはずっと晴れ続きで、この部屋の日入りも連日実に旺盛だ。
朝日に身体を温められながらの寝覚めというのは、存外に悪くない。
――シアンには、感謝をしておくべきだろう。
「じゃあ、ハルさん。お気をつけて」
「ああ、どうも」
簡単なやり取りで以って、俺は彼女、シアンに背を向けて――、
「また来るよ、その時はちゃんと、お金を払わせてくれ」
「ええ、楽しみにしてますよ」
「……、……あの部屋さ、空いてたらあそこがいいなあ」
「――! はいっ。気に入ってもらえてうれしいです!」
妙に名残惜しく感じられて、俺は更に背後に向けるようにして挨拶を付け加えておいた。
食堂を出て、日差しを受けると、
その向こう、街の方には、俺を待つ二人の姿がある。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ああ」
「よろしくね、ハルくん。私も一応、これでも準二級冒険者だから、旅の役には立てると思うよ」
「……、そういえばそうか。この世界には魔物だのなんだのといるわけだしな」
リベットには聞こえない音量で、俺はそう呟く。
なるほど確かに、牧歌的な天気に引きずられてちょっとしたピクニック気分な俺だが、そういうわけにはいかないのか。
……というかここについては、なんとなく面倒で考えるのを後回しにしていたきらいがあったかもしれない。
そもそも魔物なぞが跋扈する世界で、長距離移動にはそれなりの危険が伴うはずだ。
いや、しかし。それにしてはモノ輸送が成熟してるようにも思える。ファンタジーよろしく傭兵を連れた行商人に流通を任せるばかりではこうはいくまい。或いは、錬金術か何かでその辺を賄うシステムでもあるのだろうか。
――という俺の疑問は胸中のものである。口に出したわけではないし、したがって、エイルが俺の疑問に答えたわけではなかろうが、
「いえ」
と彼女は言った。
「今回は空路を使います。到着予測時間は、おおよそ今夜くらいになるでしょうか」
「……空路?」
「へえ、私初めてだ」
むこうではそう、リベットが一人ごちる。
他方の俺は、その思いのほか先進した輸送手段に少し驚いた。
「空路、ちなみに、言っている意味はご存じでしょうか?」
「ああ、心当たりはあるよ」
彼女の心配は恐らく、俺の世界との技術的差異のことだ。
場合によっては、異邦者サイドの技術水準が空路の獲得に至っていないというケースも当然あり得る。
「ええ、この世界が空路流通業を民間まで浸透させて以来、およそ三十年ですか。今ではこれらも都市運営の前提に数えられるほどになりました」
「(なるほど)」
俺への注釈だろう。彼女がそんなことを付け加えた。
しかし、さてと、
「俺はよく知らなくてさ、その辺。三十年前にはなんだ、技術革命みたいなことでもあったのか?」
技術の革新というのは、文明を持つ
例えば俺の世界であれほど普及している携帯電話について。あれが普及率を成熟させたのは三十年前だし、スマートフォンに至ってはほんの十年ちょっと前だ。
どちらにしても、「それらがない時代を生きた人間」はそこら中にいる。人間の生涯を八十年と仮定すれば、人一人が「世界を一新するほどに明確な技術進歩」を目の当たりにする機会など、両手の指の数でも足りないに違いない。
しかしながら、……この世界における「空路」の獲得はやや奇妙だ。
言うなれば、ガラケーよりも先にスマホが出来たようなイメージだろうか。先に成熟するべき「陸路」の方が、なんとなくまだおざなりな印象である。
ぱっと見この街には鉄道などもなく、自家用車概念の獲得も怪しい感じだし。
……という疑問について。
先に答えたのは、エイルではなくリベットの方だった。
「ハルくーん……。冒険者なんだったら、『空の主』の話くらい聞いたことあるでしょう?」
「……、なんだその、まるで俺が無学だみたいな言い方は。馬鹿って言った方が馬鹿だとも知らぬ馬鹿が吠えてるぜ馬鹿め」
「うわあ馬鹿が蓄積されていく……。いやいや、『空の主』っていったらあの伝説級のネームドモンスターだよっ。それが英雄に撃退されて、そこから人類の空の時代が始まったんじゃない!」
「……ほへー」
「馬鹿の相槌だからねそれ!」
察するに、陸路の安全性よりも先に空路の安全性が確保されたということか。
『陸を闊歩する魔物』という無際限の脅威に比べれば、「空を移動できるのか?」みたいな達成ラインのある問題の方が解決に食指も動く、ということかもしれない。
或いは率直に、魔法のあるこの世界では、空を飛ぶということの難易度が俺の世界とも変わってくるのか。
「ええ、『空の主』撃退によって、空に『道』が用意されました。それからすぐに、ある技術者が、その『道』を走ることが出来る『乗り物』も用意した。例の討伐も、空路輸送手段の獲得も、どちらも人一人が成すにはあまりにも大きな偉業ですが……、」
「そう! そのどちらも、とある一人の冒険者がやり遂げて見せた! ――『クラン・ザ・ブローレン』、特級冒険者の一人にして、『空の主』の称号の持ち主!」
「……ふうん?」
「ふうんって……」
英雄譚を語るには、俺という聞き手は役者不足であったらしい。リベットは妙に腑に落ちないと言った表情であった。
が、そんな陰気な表情を保つには、今日の日よりは晴れやか過ぎた。彼女はすぐに、先ほどのような調子に戻る。
「いやーしかし、今日の乗り物はどこのなんだろうなあ。最近じゃあ飛行船も立派で、快適な空の旅ってことになってるらしいよね」
「飛行船。……横に長い風船みたいな感じのやつ?」
「……まさか見たことないとか? やめてよハルくん、もっと情緒のある表現で言い直して」
「…………、情緒て」
まあしかし、そちらのほうが主流らしい。流石にこの世界にも、航空力学で鉄の塊を飛ばすような真似は出来ないということか。
「ねえエイル! あなたって公国騎士なんだし、きっとすごい立派な船を用意してもらってるんじゃない? なんかこう、公国騎士さま専用機みたいな?」
「……うん? あー」
問われたエイルが、妙な顔をする。
しかしながら空に恋する乙女と化したリベットはそれに気づかない。
「ええ、まあ。専用機であることには間違いありませんね」
「やっぱり! ウェルカムドリンクとかあるんだね! ここぞとばかりにがぶ飲みするぞう!」
「それは、まあ出ないこともないですけれど……」
と、そこで彼女は一旦言葉を切った。
「エイル? どしたの?」
「一応、あまりいいものではない、とだけ」
「?」
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