(12)



 それから俺たちは、エイルの案内で街を、騎士堂支部の方向へ向かっていた。


 なるほど。この街を見て回った際には空港っぽい施設どころか鉄道さえ見なかったのだが、灯台下暗しというか。こっちの方の見分は疎かであった。


 ――街を往くにつれて、その様相は変遷を来たす。


 昼間の喧騒はもっと落ち着いたものに変わり、行きかう人々の歩む速さも一段ゆったりとしたものになる。

 区画一つ分が役人向けに設えられているからだろうか、平日のにぎやかさのようなものが、ここには殆ど見受けられない。


 夏の兆しがある今日の日和でも、街の稼働が落ち着いてくると、雰囲気は途端に春寄りのそれに変わった。



「……、……」


「……、……」



「では、到着です」



 さて、

 俺たちが案内されたのは、そんな区画のとある場所であった。


 街並みが忽然と切れて、その先にはどこまでも広い空白の空が広がっている。

 足下には石畳の鋪装があるが、一面を見渡しても空港っぽい感じの施設の影は見当たらない。


 というか、この辺にあるのは積み上げられたコンテナと、一応飛行機格納庫に見えなくもない簡素な施設のみである。


 そこで、エイルが、


 ――を、指さして言った。




「えっ」



「アレが公国騎士の専用機です。私たち軍人が、貴族のように丁寧に運んでもらえるわけないじゃないですか」


「な、なんだってぇ……?」



 と、加速度的にしんなりしていくリベット。


 なるほど確かに、公国騎士といえど軍人か。或いは、なにせ『赤林檎』の一件では全て彼女の一人で事が運んだくらいである。恐らくはそれなりの地位にいる彼女だからこそ、むやみにその辺を行軍させて「不必要な示威行為」に遊ばせておくような余裕もないのかもしれない。


 ……という理屈は、まあ分かるんだけども。



「なあ? ……軍人って言うのはアレか、社風的には貨物扱いなのか?」


「ボヤいていてもビジネスクラスはありませんよ。さあ、行きましょう」









「……、……」


「売られるー、羊のー、物語ぃ…………(マイナーコード)」


 体育座りで歌うリベット。

 やめて欲しいなあと思う俺。


 ――ということでコンテナ内部。

 そこには最低限のベンチと灯りだけの、留置場の一歩向こう側みたいな光景があった。


 ちなみに先ほど、ここでの手続きは全てエイルに任せて完了したところだ。例の飛行機格納庫っぽく見えなくもない施設に彼女は一人向かって、俺たちは入り口付近で待機である。


 そうして五分後、彼女が戻ってくると、



「はいリベット、ウェルカム」


「……ドリンクって、これなの?」



 水である。どう見ても水。動物の皮をなめして作った水筒入りの水である。



「……なあ」


「ハル、ウェルカム?」



「それやめろ! なんて情緒がないんだ! 俺のファーストトラベルだぞッ?」


「最初っからいいもの経験しちゃいますと後が辛いですからね。まずは常世の地獄から始めるのがいいでしょう」


「うわあ、地獄なんだなあ。だよなあ、コンテナ内とか空調管理のくの字もねえんだろうなあ……」



 といった感じで、職員さん同伴のもと俺たちは「搬入」され、今に至る。



「……、……」



 ごうんごうん、と重低音が響き、



「発車ですね。体幹に力を入れてください」


「……シートベルトとかないんだ」



 初めて言われたよ。そんな機内アナウンス。

 というのは置いておいて、それなりの揺れで以ってコンテナが宙に飛び立った。



「……(わりと怖え)」



 なにせ外の様子とか全くうかがえない。

 洞窟の最中のような暗がりの中で、誰もが一様に斜め下を見て沈黙していた。



「るーるる……」


「やめろ」


「……はい」



 ……空気が重すぎる。なにこれ俺たち死ぬの?



「な、なあエイルっ?」


「はい?」


「これさ、この飛空艇? どうやって飛んでんの? まさかコンテナに羽が生えてーとか言わねえよな?」


 俺の意図を察してくれたのだろう。エイルが、敢えて間延びしたような口調で、……つまりは調で話し始めた。



「なんですかそれ。……まあ、ざっくりで説明すると、このコンテナを小型の飛行艇がような感覚ですね。概ねは、民間航空輸送の体裁と同様の物です」


「……民間航空輸送って、さっきも言ってたけどさ? ぶっちゃけよくわからん。どういうシステムで回ってるんだ、それは?」


「るーるる」


「やめろ」


「…………。まず、公国では概ね、日用品や調味料などは錬金術師が、雑貨資材、食材などはそれらの調達職が確保しています。ここまではいいですか?」


「……錬金術師ねえ」



 ぶっちゃけ俺がガ〇トのアトリエ知らなかったら全然イメージ湧かなかったかもしれない。


 錬金術師の一般的なイメージは、もっとこう賢者の石とかエーテルがどうしたとか高尚な感じであろう。

 ……まあまずではない。



「それを、いったん卸に出します。そこからが例の民間航空輸送なのですが、概ねで言うとこれは、ゴーレムによる輸送です」


「うん?」



 俺が呑み込めなかったのを理解したのだろう。彼女が、一度、間を置いた。


 しかし、ドローンとは。

 これは或いは、例の言語翻訳による類語引用の類だろうか。



「ドローンって言うのはアレか? 無人飛行とか、遠隔操作的な?」


「ええ、ドローンゴーレムの技術は異邦、……冒険者によってもたらされたものです。現一級冒険者クラン『ニア=ウィングス』。彼らの開発によってドローンゴーレムと、それを流動化する流通システムの定義がなされました」


「……『ニア=ウィングス』、知ってるわ。ニア=ウィングス商会って言えば、冒険者なら大抵お世話になってるもんね。魔物の素材を買い取ってもらう用事で」



 ここでリベット復帰である。るーるるにはもう飽きたらしい。


「実は私も、ギルドの依頼で一度ドローンゴーレムの実物を見たことがあるわ。斥候としての使い方を研究している奴がいたの」


「おー、それは割と便利なんじゃないか?」


「…………。いやね、そいつ実家が商会の坊ちゃんで、『斥候事情にも新しい可能性を模索する!』とか言って嬉々としてドローンを洞窟に放り投げたんだけどね?」


「おう? なんだよ」



「……ドローン、ゴブリンにレ〇プされて戻ってきたわ」


「……、……」



 ゴブリン怖いなあ。


 っていうかドローンの形状って俺の世界のUFOみたいなあの感じなんじゃないの? ゴブリンはそのどこに性的興奮を覚えたの? とりあえずドローンでも穴があればいいのだろうか。洞窟にち〇ぽ突っ込んでろよって思う。



「それで、その坊ちゃんがまた悲惨でね? ドローンの見てる情報をリアルタイムで確認するために『感覚共有』の術式を使ってたのよ。それで、今じゃアイツ、『俺はゴブリンスレイヤーだ』とか……」



「やめろ。それはやめろ」


「な、なによ……?」



 危ないところである。

 いや全くこの世界の野蛮人には言っていいことと悪いことも分からないというのか。



「とにかく、そんなわけで『ドローンで冒険者のフォローをしよう』って発想は振り出しに戻ったって事情みたいね。なにせ戦場じゃ物は壊れて当然で、ドローンなんて高級品を消耗品扱いする余裕なんてないし」



「そっか」


「そうなの」



「……、……」


「……、……」



「…………………。」


「……るーるる」


「やめろ」


「はい」



 ……空気が死んだ!


 なにこれもう二時間くらいたってんじゃないの? まだつかないの? 実はもう着いてるんじゃねえの!?



「――ハル」


「……なんだよ」



「…………トランプ、あります」


「…………、でかした」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る