(07)



「いやあごめんねリベット!」


「お待たせしました」


「なんだったのよ、もう……」


「いやなに、エイルの歯に青のりがついてたから取ってあげたんだよ」


「違うッ! そうではありませんリベット! 惑わされてはいけないッ!」


「……、……」



 ということで木陰に戻ってみて。

 何やらお待ちかねだったらしいリベットが、さっそく俺にかみついてきた。



「今更、付いてくるなとかやめてよ? しがみついてだってついて行ってやるから」


「別に言わねえって。ついてくる分には俺は止めないよ」



「――いいえ、それについても確認しておくべきかもしれません」



 言ったのはエイルだ。



「なんだよ。俺は構わないのに……」


「ほ、ほらねっ! 構わないって! だから私は行くよ!」


「ああいえ、ついてくるなとまでは言うつもりはありませんよ。しかし一応、あなたの実力は確認する必要があります。……私だって騎士ですから、人が無暗に死にに行くのを止めないわけにはいきません」



 そこで彼女は、

 つうと、視線でリベットを射竦めた。



「――――。」



?」









 彼女曰く、ここでリベットと共に俺の実力も確認しておくつもりらしい。

 そのついでに、俺に適当な武器も見繕っておきたいのだとか。


 ……確かに俺は、この世界の水準での武器など触ったことすらない。

 銃器と携行爆弾の世界では、そもそも刃物のレンジに入った時点で自殺行為である。ウデマエな達人とか少なくとも俺は出会ったことないし。


 しかし、



「……、モメろってか(焦)」



 騎士ってのはアレなのか。やっぱり暴力にどっぷりだから言葉遣いもそっちに寄るのかな?



 ……さてと、閑話休題。


 俺たちは今、アルネ氏の店に戻っているところである。

 聞いた話だと、工房の奥にちょうどいいスペースがあるのだとか。


 なんでも、「爆発してもいい部屋」なる一室があるらしい。そもそも爆発ってしたらいけないもんなんだと思うんだけど、でももしかしたらこの世界的には私有地内なら大丈夫って言う法律なのかもしれない。


 ということで、その一室へ。



「じゃあ、ここだよ」



 と、アルネ氏が俺たちを歓迎する。

 店の奥に広がる工房から地下へ。その奥に広がるのは、まさしく次元空間であった。


「はえー……」


 思わず俺は声を漏らす。リベットの方も殆ど同様の表情だ。なにせ、


 ――その空間には、日差しがあったのである。


 それに、地下とは思えないほどに風が通っている。概ねは、古い木造りの広間といった感覚だろうか。

 

 天井が高く、しかし音が反響しない。その消音は木質の壁材によるものだけではないだろう。よく見ると、高窓が開いているようだ。


 ……高窓?



「魔法をご存じないあなたには縁がないかもしれませんね。ここは、スクロール内に異世界を落とし込んだ空間です」


「…………なんて?」



「あなたの持つ結界のスキルに近い性質のはずですよ。……そういえば、あの三つめのスキルが何なのかについては、まだ分からないんですか?」


「うん、わかんない。……あのさリベット、これって普通の魔法なの?」


「…………(呆然)」



 ということで普通の魔法ではないらしい。


 いやーさっすがアレだねアルネさん、公官に商品卸してるだけあるって思うよ!(思考停止)


 と、……そこで、



「ひとまず、それでは」



 エイルが、そんな俺たちに柏手を打った。

 ちなみにアルネ氏は後ろでちょこんと体育座り待機であった。


「いいですか、あなたたちには今から模擬戦を行ってもらいます。武器は、――この中から」


 彼女はそこで、言葉を切って、


「選んでください?」


 と、水平に片手を振る。


 すると、その軌道をなぞるように、長剣、短剣、斧に槍にこん棒にと、ありとあらゆる武器が現れた。


「……空間魔法!?」


 リベットが呟くと、エイルは短く、「いえ」と答えた。


。そういった意味では刃抜きを済ませてあるようなものですから、模擬戦にはちょうどいいでしょう?」


 ……ちょっと待って、それで殴り合えって言うの?

 すごく重そうな音を立ててこいつら床に落ちてたけどさっき。がっしゃーん言うて。



「――エイル」


「? なんです?」



「実はリベットじゃあ俺の足元にも及ばない。戦うまでもないかな」


「なんですって? 上等だわやってやろうじゃない! エイル(?)さん、一番重いのを貸して!」


「ええっ、いてこましたって下さい! ではこの棍棒を。あとついでに、私のことは親しみを込めてエイリィンとお呼びくださいね」


「分かったわエイリィン!」



 親しみを込めた場合エイル呼びになるんじゃないの? 実は一つも心を許してないんじゃないの? というのはまあいいとして。


 俺の威風堂々たる強者オーラは、何やら全く効果が無かった。

 俺別に、去って行くものの背中は追わないんだけどなあ。


 ……っていうかアレか、棍棒と来たか。それ刃抜きとかあんまり関係なさそうだなあ。俺怪我とかしないけどさあ?



「さあこい! 武器を選べ!」


「……。」



 とりあえず、

 どれだけ探しても拳銃は見つからなかったので、その代わり適当な短刀を手に取っておく。


 一応、サバイバルナイフの取り回しであればある程度はイメージがつくと思っての選択だが、果たして吉と出るか、



「ハルは、それでよろしいですか?」


「……ああ」



「では両者、」



 にじり、とリベットが重心を変える。

 俺は一応、なんとなくそれっぽい感じで中腰になっておいた。



「――はじめ」



!」


!?」



 気合一吼。乾坤一擲。

 


 それが、……俺のおでこに見事にクリーンヒットした。


 そしてそんな光景を、誰よりも一番驚いているのがリベットその人である。



「あわ、あわわ」


「(ちーん)」



 ちなみに特に痛みはない。ただし面白かったので俺はもうしばらくだけただの屍の振りをしておくことに……、



「おきろ(ぐにっ)」


「おい、踏んでんじゃねえぞ」



 ということで起きる。当然、それに一番驚いたのもリベットであった。



「え? えっ?」


「……。驚くのも無理はないですが、このように彼はピンピンしてます。ご心配なさらずに」


「いやあ負傷退場でしょ。降参だよね」


「降参じゃありません。あの一合で何が分かりますか!」


「あの子肩強いよ」


「確かに!」



 閑話休題。



「とりあえず、分かってくれたと思うけど俺、武器術戦はずぶの素人だよ。リベットの実力を測るカカシにもなれないって」


「本当にカカシ以下でしたね。カカシだってあれは避けるのに」


「なんだオイ試してみるかコラ? かかしは全部受け止めてくれるに決まってんだろダボが」


「ダボですって……っ!」


「いやあのっ!?」



 リベットかたまらず叫ぶ。

 それで以って、俺たちのコントは一時休戦となった。



「さっきのアレ、私が言うのもなんだけどハルくん死んでるべきじゃないのっ?」


「……、……」



 マジでテメエが言うのもなんだよなソレ。



「まあ、あれよ。そういうぶっ飛んだスキルを一個持ってんのよ。それでエイルのお眼鏡に一芸合格みたいな感じで」


「ス、スキル? それってどんな……」




「えっと、でも」


 、と音がする。エイルが武器を手に取った音だ。

 粗製乱造の長剣。それを彼女は、片手に一つ。


 ……なおも言い寄ろうとするリベットを、




「    」



 ――切っ先が射抜き、沈黙が降りる。



「え、……エイルさん?」


「雑魚は黙ってろダボ」


「誰がダボだコラ?」



 という俺の言葉は無視である。

 彼女はそのまま、未だ射竦められたままのリベットに、



「リベット、ほら、武器を取って。――そうですね。もし私から一つ取れたら、準級のあなたに公国騎士からお墨付きでもあげましょうか?」


 そう言って、三歩引く。

 或いは正確には、エイルの足元の武具の山を、リベットに譲るような恰好だろうか。


 そこまでされて、リベットはようやく。



「……、……。」



 武器の山に向かって、一歩踏み出した。



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