(08)
高く、広く、そして空白の木造りの一室。
天窓から差す日差しは白く、頬に感じる風もまた、純白のそれだ。
沈黙が降りる。時折、木床の軋む音が響く。
部屋の中央。
にらみ合う二人が、――今、
「――ってりゃあ!」
「……、」
攻勢はリベット。その手には長短二つの刀がある。長いものは牽制に、その隙間に短いものをねじ込むような、刺突メインで間合いを潰す突進型での乱撃だ。
防勢はエイル。その手には長剣が一つ。
しかし、
「――っくう?」
リベットの突進が、また一つ空を切る。
エイルは彼女の猛攻を、バックステップで間合いを抑えながら軽くいなしている。猛攻の内にリベットが少しでも力めば、エイルは見事にそれを捕まえ、いなして、払い飛ばす。
俺はそれを、
「凄いねえ、エイルさん」
「でしょー? 士官学校の時からあんな鬼みたいだったんだよ」
アルネ氏の隣で、体育座りをしながら見学しているのであった。
/break..
私ことエイリィン・トーラスライトは、腹中で拍手を打つ。
まず初めに彼女、リベットの実力の内に諸手を打つべきなのは、彼女の武器選びの視線である。
彼女は、幾つかの武器に視線を落として、そしてあの二刀を選んだ。それはつまり、他の武器も使えるということだ。それも、……恐らくはこのレベルの練度で。
短槍と、長剣と、それと手斧も確認していただろうか。その上で、それらを全てどかせてあの二刀を選んだ。どれも、対人戦闘においては効果的な武器である。
更に、『二刀の流派』も手慣れている印象がある。間合いを潰す前進突攻。間合いが潰れれば一手一手の応酬も加速するし、そうすれば思考に避ける時間が目減りする。これは、対人戦闘にこそ特化した戦い方だ。
察するに彼女の考えているのは短期決戦。
槍での中レンジ戦闘で、『私との技術対決』を行うのは間違いなく愚策だ。それに、長剣という「応用力で以って戦争の花形を勝ち取った」武器では、やはり私とは五分の勝負に持ち込めない。
――「私」という強者の、
彼女はまず、その思考を刈り取るべきだと考えたわけだ。
「(しかし、甘い。これではどちらが先にガス欠を起こしますかね?)」
今もまた、彼女は不用意に力んだ。それを見逃すことはできない。
彼女の実力を半ば以上まで認めながらも、私はしかしもう一度彼女の突進をいなす。
――そろそろ、降参を促そう。
そう私は思う。
なにせ今度の倒れ方は、今までのそれよりもずっと激しい。リベットは、突進の勢いそのままで、向こうの……、
「……。――――ッ!?」
向こうの、私が作った武器の山に突っ込んだ。
それで脳内にアラームが鳴ったが、既に遅い。あのハルとの言い合いが、まさかこんな形で悪い予感を的中させるとは……っ!
――がいぃん!
と音が響く。
それは、リベットが投げた手斧を、私がすんでのところで叩き落とした音である。
そして、そこに更に、風切り音が二つ。
「(……待て。風切り音っ?)」
ただ物を投げただけでは、こうも風を切る音はしない。左右二つの投擲物は、私に向かって見事な「平面上の歪曲軌道」を描いていた。
「――なめっ、るなァ!」
一刀一閃。
それで以って二つの放物線を弾き落とす。
その投擲物は、リベットが先ほどまで使っていた長短二つの刀だ。ならば、
――彼女は今、何を使っている?
「――ちゃーんす?」
「っ!」
それは、私の考えていた以上の近距離から聞こえた。
成程、確かに私は、彼女の猛攻で思考を削られていたっ!
――目前に迫るのは、短槍と長剣の二つ分の切っ先である。
それを、私は、
「いいえ。残念でした」
――仕方がなかったので、ちょっとだけ本気で止めることにした。
/break..
――私、リベット・アルソンには『宿命』がある。
そのために、まずはこの忌々しい準級という身分を脱出せねばならない。
「――――。」
「いいえ。残念でした」
ここが、私の決着だった。
まず私は、そう――。
初めに彼女、エイリィン・トーラスライトによって醜く情けなく地面に何度も転ばされるつもりだった。
確実にそうなるだけの力量差が、ここにはある。だからこそ、『転ばされること』までを作戦に入れる。
そのうちに、彼女はきっと思考を手放すだろう。考えているフリだけをする。或いは何か、別のことを考え始めるというのもあり得るかもしれない。なにせ彼女には、この模擬戦の勝利条件がないのだ。
彼女は、私を下に見ている。ゆえに彼女は、私の降参をこの戦闘の終了にしようと考えているはずだ。私と彼女では、勝利条件の明確さが段違いだ。それが、思考濃度の決定的な差になる。
彼女とは違い、私には、――思考を尽くして目指すべき「一合」があった。
「 」
――そうして、予定通り無様に倒れて、あの武器の山に近付いたら、あらかじめ山から弾いておいた投擲武器で不意を打つ。加えて、双剣もここで投擲する。
そして、それらを牽制として、『出来る限り間合いの長い武器』を取り直し、それで以って最速最短の直線でエイリィンに一撃を入れる。
そのはず、だったのに。
「――降参を、なさいますか?」
私が選んだとどめの武器は、長剣と短槍であった。
長剣で頭を、短槍で腹を狙う。刃抜きをしてあっても、本気で打ち込めば小さなケガでは済まないだろう一手だ。
それを、彼女は、
「……、」
長剣を打ち払い、短槍を踏みつけにして、
――まるで戦乙女のように、美しく私を睥睨した。
「……、……」
息が切れる。
汗が頬を伝う。
私は、みすぼらしい中腰の姿勢で以って、彼女を見上げることしか出来ずにいる。
それが嫌だ。たまらなく、嫌だ。
「――いいえ、まだよ。あなたのお墨付きをもらわないと」
「……。そうですか。お好きに」
短槍から彼女が足を離した。そのまま、二歩三歩と距離を取る。
「――では、どうぞ」
「っ!」
もう、ワザとらしい発破などは上げない。彼女は私を、既に警戒している。
……短槍を突く。
それが空を切り、床を穿つ。それでもいい、少しでも体勢が崩れているうちに、長剣で彼女を狙う。
警戒されているなら、もう小手先では戦えない。それでもいい。まだ私には、出来ることがある。
――長剣による刺突、それは「到達速度が速いだけの点の攻撃」である。彼女ほどの手合いが見切るのに苦労はないだろう。重要なのは、彼女の姿勢が未だ崩れたままであるところへ、更に無理な体勢を誘うことにある。
「 。」
次だ、そう、この一撃を防げ。
そうすれば私の勝ちだ。
……頭を狙った刺突を、エイリィンは難なく避ける。それでいい。私は、大きく体勢を崩した彼女へ、今度は短槍による薙ぎ払いを放つ。
ただしこれは、体幹を振り回しての無茶な一撃だ。だから、これが止められることは分かっていた。
――さあ。
「――ほら、もういいだろ」
……衝撃音が、響くはずだった。
しかしそれは、もっと曖昧な手応えに変わる。カズミ・ハルだ。
私の短槍をその身で受けたカズミ・ハルが、そのまま私をエイリィンから引き離したのだ。
……何してんだこいつは!
「ちょ、ちょっと、何するのよ! もう少しで私勝って――」
「勝って、なんだ? お墨付きがもらえるって? ソレで、マジで思ってんのか?」
私は、
――どうしようもなく沈黙で返す。彼は彼で、なにやら「お前みたいな鉄砲玉の面は、めちゃくちゃ見覚えあるんだよ」と独り言のようなことを言って、
「なあ」
「な、なによ……」
「試験ってのは、勝ち方まで合わせて採点基準だろ? 何するつもりだったかまでは分かんないけどな、無茶は良しとこーぜ?」
「……、……」
返す言葉がない。
だから、
私は俯いて……、
「――な、なにすんだーッ!」
ちょうどカズミ・ハルの頭があった辺りの位置で、ぱっこーんと綺麗な音が響いた!
「(……ええっ)」
「……エイルさん? なにすんの?」
「あんたそれは、こっちの台詞でしょうが! 滅茶苦茶いいところだったのに! 見ましたかさっきの彼女の表情を! アレはもうね、きっとすごかった! なのに貴様が止めたんだ!」
「……。」
全く以って納得のいってない表情のカズミ・ハルを、彼女、エイリィン・トーラスライトは押しのけて、
「素晴らしかったですよ! まあ一つも貰う気はしませんがね、ぜひ同行していただけますかっ? それから、あなたはどうか、私のことはエイルと呼んでください!」
「……、……」
――私は、
「……な、なんだそりゃ」
それだけは根性で言い返して、後はどうしようもなく、その場に座り込むことしかできなかった。
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