(02)



 さて、


 朝食をつつがなく終えた俺たちは、街に出ていた。



「……では、爆竜パシヴェトの個体性能について、確認していこうと思います」


「おう?」


「爆竜は、その名の通り爆発を操る竜種です。ハルさんは、竜種の存在をご存知ですか?」



 ――いいや、と俺は答える。


 街は、今まさに寝覚めを迎えるところであるらしい。

 身支度をそろえ今日の仕事に向かう人々が、あわただしく活動の歯車を回していく。


 朝日に暴かれ、熱を内包していくように、

 石畳の街道が少しづつ熱狂を辿っていく、その兆候が見て取れた。



「――竜種」



 エイルは、そのように一度言葉を区切る。


 俺は、俺の世界の「ドラゴン」を思い浮かべながらそれを聞く。



「概ねは、トカゲと蝙蝠を足したような四足爬虫類です。場合によっては、蛇と蝙蝠を足した姿であったり、それとも違う全く別の姿であったりしますが。ひとまずは叡智を持つ爬虫類の総称と考えてくださってかまいません」


「……、はあ」



 彼女の言うのは、俺のイメージする「竜」、或いは「龍」のイメージに相違ない。

 しかしながら、「叡智を持つ爬虫類」という表現は、なんだか型落ちが過ぎる印象である。


「竜は、文明を持ちません。しかしながらそれは、竜種という存在が基本的に唯一種族であるためです。文明、……生活の基盤とは、複数の同一種族が共に生活するためにあるものですから」


 例えば、


 地球上に俺一人残して人類がいなくなったとしたら、ライフラインも、通貨制度も、果ては文字や言葉だって必要がない。

 文明、文化とは、同一の価値観を持つ別個体が存在しなくては成立しえない概念である。


「しかしながら、竜種の叡智はヒトを大きく凌駕します。彼らは私たちの知らない魔法を使い、また私たちの言語体系を即座に理解し使いこなして、場合によっては神の祝福にも同義のそれを、ヒトや魔物に与えます」


「……、……」


「今回の討伐対象、『爆竜』は、そう言った意味では他の竜種に一手劣る存在というべきでしょうね」


「……?」


 街道を「のんびり」と歩くのは、俺とエイルの二人のみである。


 誰もが快活に挨拶をかわし、そして俺たちを追い抜いていく。

 俺は半ばまで思考に埋没しながら、その光景を眺めていた。


「『爆竜』と対話を試みて、成功した例は一つとしてありません。使う魔法も、私たちの理解の範疇にある。アレは、S級の内では格下と称してもいい規模の物です」


「……、格下ねえ? それでも、S級だし竜種なんだろ? お前らが、一級冒険者を募って当たるような手合いなわけだ。弱いってふうには聞こえないな」


 無論、俺はS級の脅威も、竜種の威風も、一級冒険者の英雄たる所以も知らない。それでも、彼女の言葉の一つ一つには、明確な重みと敬意があった。


 ゆえに俺は、「それら」を脅威と、或いは敬意を払うべき強者であると、ひとまずは考えることにして、そして彼女に問う。


 そこへ、


「それはもちろん」


 返る言葉は、即座にあった。


 振り返ってそう答えた彼女を、俺は眺めるにとどめて口を挟むことはしない。


「あの『赤林檎』にも劣らない体躯に、あれ以上の天然装甲。使う魔法は、ヒトの範疇でこそありますが、ヒトのそれとしては破格の性能です」


「……、……」


「我が国は万全の招致を以ってこれにあたります。そして私も、万全を期してあなたを送り出す。――着きましたよ」


 そうして訪れたのは、

 ……何やらこじんまりとした印象の、一介の家屋であった。






 /break..






「……、……」


 まずの印象としては、この用事ってのは「この辺りの知り合い」でも尋ねる用だったのかな? である。


 なにせそれほどに、目前の家屋はあまりにも「並み一通り」であった。

 左右に並ぶ家屋のシルエットとなんの相違もない。それは、周囲の様子に全く埋没し切った、「家屋の一つ」でしかない。


 その戸を、エイルは拳で叩く。



「ごめんください、エイルです」


 ――すると向こうから、小さく返事が聞こえた。


「……。」


 声が小さいというよりは、という印象だろうか。しばし待つと、ここまで聞こえてくるほどの破壊的な「ドタバタ音」がして、――そしてようやく扉が開く。


「あ、あの、……いらっしゃい!(息切れ)」


「ええ、お待たせしましたでしょうか?」


 いいえ! と向こうが応えた。俺はその、声の主を確認する。


「……。」


 まずは、女性である。年上の女性だ。


 不健康そうな白い肌。長い前髪は、他の個所と揃えて適当な長さに切りそろえられている。

 あとは、春先の暖かな季節にも、露出が殆どない服を着ているようだ。


 それから、これは俺の所感だが、なんとなくこう、――魔女っぽい?



「紹介します、ハル。こちらは公国きってのスクロール製作者、アルネ・リコッティオです」



 ……それからこちらがカズミ・ハル、と彼女は続けてアルネ氏にも紹介をする。



「ハルです。よろしくです」


「あ! はい、あのね、えっと、アルネです、はあ、はあ」



「……息を整えてくださって結構ですよ?」


「ごほッ!? げっほげっほ!」



 乾いた咳で、俺の気遣いに答える。

 礼が成ってないんじゃないの?



「って、スクロール?」


「製作者、です。あなたが使った自爆魔法も、彼女が用意してくれたものです」


「あ! なにアレ使ったの!? どうだったのっ?」


「は? え、えっと? どうだったとは?」


「気持ちよかったかなっ!?」


「……。」


 気持ち悪いなあ。

 と、ドン引きを催す俺であったが、



「ちょっとアルネ、落ち着いて」


「え? あ、ああ、そう?」



 エイルの方は、何やら対処にこなれた様子である。



「……知り合い?」


「士官学校の同期です。学部は違いますがね、合縁奇縁というやつです」


「(奇縁の方じゃね?)」


「ま、まあほら、あがってよ!」



 他方アルネ氏が、すごすごと身を引く。

 そうして見えた部屋の様相は、……予想以上にこざっぱりとしていた。


 一目には、店であるという体裁が明確である。部屋の中心部のショーデスクこそひっくり返っているが(察するにさっきのドタバタはこれを引きずり倒した音だろう)、棚の陳列や店の奥のレジの構えなどは綺麗に用意されている。


 ……強いて言えば、窓が閉め切られているので日差しが皆無なことが気になるだろうか。


「……というかここ、店なの?」


「え? ああ、そうですね、言ってませんでしたか?」


 聞いてない。まあしかし、彼女のこれまでの言動から見てもここがスクロールを売る店であることは間違いない。棚にもどこにも、まずは巻物っぽい商品が目に入る。


 いやしかし、それにしては外観が没個性すぎやしまいか。なにせ殆ど周囲との区別がつかない。看板の一つでも用意しなくては、百人中百人が「その辺と同じ民家でしょ?」ってなるぱっと見である。



「中へ、ハル」


「うん? ああ」



 いろいろと腑に落ちないことがありつつも、とりあえず俺は誘われたとおりにする。


 中に入ってみてもやはり、なんというかこう、この店の店主(推定)であるアルネ氏の印象とは似ても似つかない綺麗な内装である。


「窓、開けますからね?」


「え、えー? 別にいいのに……」


 しかし店主のアルネ氏以上に我が物顔で振舞うのがエイルであった。なにやら顔見知り程度の仲ではないような親密さである。


「開けますね?」


「いいって、……うばあ、眩しい!」


 ……「うばあ」てか。

 吸血鬼の断末魔でももうちょっとお上品だと思うんだけど俺。


「……まあいいや。それよりもエイルさ、そろそろここに来た理由教えてくれよ」


「ああ、それも言ってませんでしたか」


「そもそも何も聞いてねえよ?」


「良いでしょ、今から説明するんですからっ!」


「……、……」


 ……こいつ、身内ん家にきてはしゃいでんじゃないの?


 閑話休題。


「スクロールを買い付けに来たんですよ。さしあたっては、爆竜討伐に必要になりそうなものを、私たちで見繕いましょう」


「ば、爆竜! 戦うの? エイルっ?」


「私は戦いません、コイツが戦うのです」


「……。(あんまり調子に乗ったら泣かすぞコラという顔)」


「…………。ええと、こほん。そういうわけしてアルネ、爆竜の装甲を抜けるだけの魔法を、一つ発明していただけますか?」


「う、うえー? それって例の『試しに術者の生死とか度外視して理論上一番強い魔法を作ってみようぜ!』で作ってみた、あの自爆魔法よりもってことでしょ? むりでしょ」


「……、なにそれ、エイルお前人の命のことなんだと思ってんの?」


「いやちっ、違うっ! 違うんですよ! だってほらっ? あなたを数えなければまだ一回も使ってないし! 酔った勢いで作ったみたいなっ? 浪漫特化のお蔵入りですからッ!」



「え? でもさエイルさ、『これ装丁だけ汎用スクロールのに変えて敵の馬車に放り込んでおいたら敵軍自爆で無血開城(笑)じゃね?』とか言って実際に……」


「わ、わあわあわーーーーーーーーっ!」



 エグいなあ、この娘ってばワキが甘いフリして裏じゃこんなことしてたんだなあ。

 ……いやむしろ逆にこいつ、なんで俺の前じゃこんなチョロアマなんだよ。惚れてんの?


「とにかくさ、それは分かったんで、話進めてもらえるかね」


「分かってない! 分かってないねっ! 私は、まあもしかしたらちょっとくらいこの子の前じゃ調子乗ってあることないこと言っちゃう癖はあるかもしれないけど? でも私はそんな子じゃない!」


「分かったよ、すげえ分かった。それも分かったし全部分かった。むしろ今までで俺たちこんなに分かり合えたことってなかったよな? 今ようやく俺はお前のことを初めて察した。話進めてくれる?」


「察したって言うなやぁ! ……ああ、まあいいですよ。それで、なんでしたっけ?」


 爆竜の装甲がって……、とアルネ氏。

 それで以ってエイルが、こほんと一つ咳ばらいを。


「ええと、そもそもですね。……ハルには、爆竜の装甲を抜く手段がないでしょう?」


「うん? まあそりゃそうだ。そもそも俺には攻撃手段からしてないよ、『赤林檎』の一件だってスクロール頼りだったし」


 或いは、それで俺にまたミサイル弾頭を小脇に抱えて突貫するみたいな訳を押し付けるつもりなのだろうか。確かに、とあるスキルのおかげで「身を損なうことがない」俺は、そういう役にはぴったりだろうが。


 さてと、そこまで考えた頃にエイルは、



「そう、あなたには爆竜の装甲を抜く手段はない。



 と、絶望的なことを口走った。


「なん、だって?」



「そんな、圧倒的な装甲をもった大質量の爆撃兵器が、――。この依頼は、それを攻略するものです」



「……、……」


 俺が、沈黙を返す。

 そのまま二の句を告げずにいると、俺の代わりに、アルネ氏がエイルに一言言った。


「え? 公国ヤバいじゃん」


「……そういった見方も出来ますね」



「ヤバくないの?」


「…………ヤバくないと答えたら、ウソになります」



「じゃあヤバいんじゃん」


「――ああもうそうだよヤバいんだよぉ! マジでヤバいよね! 滅茶苦茶ヤバいよ超ヤベエ! いやだってさ、こっちだってあるよ空からの襲撃に備えた施設なんて五万とね! でもさあ、畜生がよお! うおお誰が考えたかよこんな事故! なんでまっすぐこっち飛んでくるのかなあ通り過ぎてくれたりとかしないかなあ!」


「……、……」


 俺に引き続き、アルネ氏も絶句した様子である。


 いやなにせ、なかなかこういう「人一人がハゲ散らかしかねないほど憤懣するシーン」とかなかなか見られない。やっぱりスマホを持ってこなかったのは失敗だと悔やまざるを得ない。


「ヤバい! マジでヤバい! ええ、ですからね、この世界にまだないミラクルマジックでパパッと解決! これしかない!」


「……落ち着けって、そんな都合よくいかないだろ」


「いいやそれしかないもんね! なにせハル! !」


「!」



 そこでアルネ氏が、目を見開いてこちらを見た。



「あのスクロール、『赤林檎』にも効いたの!?」


「いいえ、正確には、一度目はうまく行かなかった。それなのに二度目には効果があった。アレは、スクロールを五十八本に増やしたからってだけではないはずだ!」


「……、……」


 ――確かに、

 俺があの蜘蛛の装甲を割ったのには多少のからくりがあった。そもそもアイツは、あの平原での決戦時点で決壊間際まで熱魔力を膨張させていたのだ。


 エイルは、その話をしているのだろう。そもそも五十八回分の自爆にしたって、適当に撃ったわけではない。ただただ適当に爆発をばらまくのでは、爆風同士がぶつかって減衰してしまう。


 と、エイルは俺に、そう言っているのだ。



「この世界は基本的に弱肉強食です。魔物だけではなく、これは人間の世にしたってそうだ。弱者は喜んで強者に従う。食事を、土地を、それ以外の全ても、全部捧げてこの世界は成り立ってきた。そうやって、そのためだけのシステムを構築して、倫理と常識の形を整えて、弱肉強食のまま安寧の世を迎えるという奇跡さえ起こしてね。でもあなたは、そうではなかったのでしょう?」


「……、……」



 確かに俺は、彼女にそのようなことを言った。弱者ばかりだった俺の世界は、ゆえにこそこの世界にはありえないほどの魔方陣ソースコードを構築して見せたのだ、と。


 しかし、はてさて、


「なら、あなたには可能だ。強者が君臨するばかりでは届かなかった壁をぶち抜く、そういった知識があるはずだ。――?」


「……。」


 ――はてさて、である。

 俺のあの、たった短い言葉だけで、彼女はよくもここまで理解して見せたものだ。


 俺の世界では、弱い生物が霊長に君臨していた。しかしながら、彼女の世界ではそうではない。


 ならばそう、――異世界の『そこ』には、『ここ』に敷かれた弱肉強食の掟はないのではないか? 曰く弱者しかいないという世界で、それでも競争他種に打ち勝った理由は、弱者同士の手の取り合いなのではないか? 、と。


 彼女はそう、推測したわけだ。

 いや全く、



「――正解だ。



 ああ、――実に素晴らしい直感と論理性である。

 心の底から



「……っ!」



 さてと、俺の感嘆をよそに、当のエイルは言葉を失っていた。

 ――その表情には、こらえきれないほどの歓喜を内包して、



「どうかっ、その力を貸してください!」


「――――。」


 そう、彼女は俺に言い、

 俺は、それに首肯を返した。


 いや何、頼みを聞いてもいいかもしれないと、俺がふと思ってしまったのである。なにせ、彼女のあの聡明さはどうだ。弱肉強食という「強者の庇護」でもってこの世界は成立していて、他方俺の世界は「弱者の庇護」をこそ宿命に据えている。そう彼女は俺に、教師のように明朗に問いて見せた。


 そこでようやく気付いたのだ。

 この気付きの借りくらい、返しておかなくてどうするのだ。



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