閑章:int(r)o_the After Dark.

(###)




「英雄の国?」


「ああ、知らないか? あんたの拠点の近くだと思うんだけどな?」



 彼、オリバー・ウェスティニテの問いに、

 冒険者レクス・ロー・コスモグラフは、



「……知らないな」



 甲冑越しのくぐもった声で、そう答えた。






 ……場所は、メル・ストーリア公国首都から東に遠く。

 行商の中継地「候補」として多少の賑わいを見せる、とある小規模な街のことである。


 そこの、すえた印象のとある食事屋のカウンター。周囲を見れば、日の落ちた外の雰囲気をそのまま取り込んだように、昏い照明が店内を緋色に染めている。


 聞こえる会話は、ぽつぽつとしたものばかりだ。この街の景気がそのまま反映されたような「斜に構えた印象」だ。と、レクスは甲冑の中でそんな風にふと思った。


「有名なうわさ・・・だと思ってたんだがな、あんたが知らないようなら、本当にデマの類だったってわけかね」


「さあな」



「……つうかアンタ、ソレ・・、脱がねえの?」


「?」



 オリバーの修練した体躯と、しかし妙な経済人的印象のあるその表情に、ありありと困惑が浮かび上がる。


 当然だろう。レクスのその「露出皆無の甲冑姿」を見れば、誰だってそうなる。


 なにせここは食事をする空間だ。だというのに彼はその顔を鋼鉄で隠したままでいて、ゆえに彼の手元、サーブされた魚のディッシュは遂に一口も手を付けられないままで湯気が止んでいた。



「ああ、まあ。縁があったら外すさ」


「縁?」


「そうとも。それがなきゃ外せないな」


「あんたが頼んだその魚との縁は結局繋がんないままだったの?」


「そうらしいな」



「……なんで頼んだの?」


「…………」



 甲冑越しの沈黙は、意図が掴みづらい。

 結局、オリバーは拘泥を取りやめて、先ほどの話題を取り直すことにした。



「英雄の国ってのはさ、冒険者界隈で言う『最果ての孤島』とか『騎士の回廊』とかと同じ、いわゆる御伽噺フェアリーテイルの一つだよ。さっきの二つは知ってるだろ?」


「……知らない」


「アンタ冒険者だよな? 一流の冒険者だったはずなんだけど……」


「一流の知らないことを二流が知ってる。よくある話さ」


「……誰が二流だ。アンタじゃなかったら喧嘩だぞコラ」



 ――閑話休題。



「『最果ての孤島』の方は、まあ説明がごちゃごちゃだから置いとくとしてな、『騎士の回廊』ってったらアレだよ。無限に続く黒曜の床と柱だけの世界。それがこの世界のどこかの森だか山だかどっかと地続きにあって、その奥には一人の騎士がいるってやつ」


「……。」


「そんで、その騎士が話も出来ねえ野獣一歩手前のクセにとんでもなく強いって話だ。……ホントに知らない?」


「知ってる。知ってたわ。それね? 知ってる」


「…………。まあいいや、『英雄の国』のそれと同じだよ。この世界にあるもの・・・・・・・・・とはとても思えないような都市の話だ。なんでもそこじゃ、死んだはずの奴がいるとか、その実じゃ人の皮を被った化け物の集まりだとか、調査に来た特級冒険者を追い返しただとか」


「……なんだ? 御伽噺だって割には、噂の方は妙に俗物だな」


「ああ、それなんだがな」


 そこで、

 オリバーがカクテルグラスを一度呷った。


 その中にあったのは透明白色の液体だ。よく冷えていて、とろりと滑るような口当たりがある。レクスはその、柑橘が甘く濁ったような香りに、一つ「知っているカクテルのレシピをあてはめながら」眺めていた。


「うん? なんだ?」


「それ……」



「ああ、ダイキリってカクテルだ。あんたも飲むか?」


ダイキリ、ダイキリ・・・・・・・・・ねぇ」



 いいや、とレクスは答える。



「そうか? まあいいや。それでな、あんたはさっきの噂を俗物的だって言ったが、それは割と正解でな。――どうやらこの御伽噺に至っては、マジらしいんだよ」


「……、……」


「公国首都直近に森があって、そこに『英雄の国』があるらしい。……あーでも、あんたが知らないってんだったらこれもデマか。悪いな、忘れてくれ」


 レクスはその言葉に沈黙を返す。


 彼の手元、手を付けずであったロンググラスの氷が、かたりと音を立てる。


 その小さな胎動で、グラス表面に浮かび上がった「汗」が、ふるりと震え、その足元に環状を描く。


「ああ、そう言えば英雄で思い出したぜ」


「うん?」


 レクスが問うと、

 オリバーは妙に、得意げな表情を取って見せた。


「ああ、俺の来た街でな? 最近じゃウォルガン・アキンソンの部隊が壊滅したってんでお通夜みたいなもんだったがね。――しかし俺は、あそこで次の英雄の誕生に立ち会ったよ。これも知らないか? 爆竜討伐の噂」


「おい待てテメエ。なんだその『これも』って言い方は。まるで俺がモノを知らないやつみたいに聞こえるじゃねえか」


「…………。知ってたの?」


「くだらない。まるで無知が罪か悪のように言う。人は誰しも最初は無知だろうがそんなことも知らねえのか馬鹿め」


「………………。まああの、俺も事情の方にゃ詳しいわけじゃないし、とんだブーメラン投げてこられたのは置いておいてだな。ちなみに無知が悪じゃねえってんならなんなんだよ?」


「(化〇語の)俺の推しキャラは『罰だ』って言ってた」


「……推しキャラ? いや、あんた罰って、そしたらあんたは前世の行いから恥じないといけなくなるよな。それでいいの?」


「ダメかもしれない。他の定義を考えようぜ」


「いやだよ、妙な話に誘わないでくれ。……まあ罪か罰かは知らねえけどね、冒険者名乗るってんなら物は知ってて損ねえだろ?」


「なんだその、俺が『モノを知らないバカだ』みたいな言い回しは。無知は罪でも悪でもないと知らないと見える。馬鹿め」


「ブーメラン二本目刺さってんぞ。痛くねえのか?」


「何のための甲冑だ馬鹿め」


「なるほどそれを見越して飯も食わねえでフルフェイスアーマーか、用意周到じゃねえか恐れ入ったぜ」


 と、

 そこでオリバーの「ダイキリ」が底をついた。


「……ちょうどいい頃だな。あんたと話せて楽しかったよ」


「なんだ、行くのか?」


「ああ。一級冒険者サマと話せる機会なんてそうねえけどよ。そん中にもあんたみたいのがいるってのは勉強になったぜ」


「なんだテメエ皮肉かコラ?」


「違うって。マジで思ってんだよ。『グリフォン・ソール』の女どもなんてひでえもんなんだぜ? ありゃエースサマ・・・・・以外はヒトともみなしちゃいねえな」


「……。」


「よお。じゃああんた、今後ともよろしく頼むよ。縁があったら・・・・・・、次は顔を見せてくれや」


 言って、オリバーがカネを置き、席を立つ。

 そうして、レクスに背を向けたまま、



「じゃ、またな」


「……、……」



 からん、

 ――とドアベルが鳴った。



「……、」



 ……マスター、とレクスは言う。



「はい?」


「これ、もうしっかり冷えただろ? 包んでくれるか?」


「お持ち帰りで? かしこまりました」


「下手な梱包にしないでくれよ? ご機嫌を伺うのに使うから。ああ、酒は飲んでいくよ。それとお会計と、――それから」


「?」


「…、詳しかったりするか?」




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