4-2



「総員――」



 平原に静寂が満ちて、



「――突撃をッ!」



 それが割れる。否、割れたように感じるほどの爆音が響き、蹄の音がこだまする。

 そしてそれを、エイルの操る馬は置き去りにする。風を割り、空気の壁を叩き割って、なおも進む。徐々に敵影が、判然としていく。



「……。」



 俺は奥歯を噛み締めながら敵を数えていた。まずはロックスパイダーなる種について。少なくとも事前情報の倍の数には見える。それから、先ほどギルベッドの部隊が蹂躙して見せた敵群には無かったシルエット・・・・・・・・・も散見される。そちらも、事数は前情報のおよそ二倍。


 ――アイアンスパイダー。

 その名の通りそれらしき個体の腹部は、。遠目にも密度の高い合金を身にまとって、強く夕日を照り返していた。また周囲のロックスパイダー種とは違い、アイアンスパイダーは何やら、時折しゃちほこのように身体を反らせる仕草が確認できる。


 あれは、なにをしているのだろ――、


「……ぅかッ・・・!?」


「ハ、ハルッ?」



 俺の身体が、大きく仰け反る。馬から落ちそうになった俺は、思わずエイルの無いおっぱいを強く握り込む。流石に今ばかりは彼女も怒らないようであった。


「……おぉお、でこが痛い……ッ? なに、いまの?」


「説明したでしょう!? 堅糸です・・・・ッ、ロックスパイダー種は、鉱石を編んだ糸を飛ばして攻撃するんですよ!」


「……、……」



 ……じゃあ説明不足だよ馬鹿野郎! アレは糸を飛ばすとかじゃなくてばっちり狙撃だ!



「エイル……」


「なんですかっ!」



「一階休憩挟もう。俺ギブ」


「馬鹿言ってんじゃありません!」



 叫びながら、エイルは馬鞍にかけてあった一つを手探る。


 ――それは、見事な設えの大弓であった。彼女はそして、矢を番え……、



「――――ッ!」



 彼方の景色のアイアンスパイダーが崩れ落ちる。

 ちょっと待ってなにそれ凄い!



「胸を離してください! 集中できません!」


「無茶言うんじゃねえよ!」


「別のところを掴めばいいでしょう!? 胸を離せのどこが無茶なんですかッ!」


「じゃあおなか!」



 俺はがばっと彼女の腹部にしがみつく。なにせ落馬があまりにも怖すぎる速度だ。彼女は……、



「ああもうっ! 具体的に場所指定されて抱き着かれるのって気持ち悪いんだなあ!」



 続けて数体のロックスパイダーを同時に射抜いた。

 やっぱすごい!



「とにかくッ、このまま直線をこじ開けます! そしてそのまま『赤林檎』まで突っ切りますからね、覚悟はいいですか!?」


「一回休憩挟もうって!」


「知らん!」


 じゃあ聞くなぁ! ……という悲鳴も当然置き去りである。両側に追随してきた騎兵を連れて、そして先ほどの矢じりの陣形を再現して、俺たちは戦場の最前線を最大速度で疾走する!



 ――敵本群との接触まで、あと、


 さん


 にぃ


 いち





「――だぁああああああアアアアアアアアアアアアッ!」





 ごしゃあ・・・・、という轟音が響く。


 両脇の騎兵列が、蜘蛛を砕きその死骸をかき分ける。それは、土石流が人の文明を残らず塵にするような光景であった。その中心を、――俺たちが往く。



「無事ですね!?」


「無事だよォ!」



伏せて・・・!」



 指示に従うと、俺の頭のあった場所が剣戟にて蹂躙される。エイルの放った一撃が、蜘蛛を弾いて吹き飛ばす!



「あぶねえ!」


「戦場ですからね! あなたも油断せずに!」



 槍で突き、矢で射って、剣の柄で殴り飛ばす。彼女の一撃は、馬上で無茶な姿勢から放つものであっても殺到する蜘蛛を残らず叩き飛ばした。


 それは、どれをとっても見事な一撃であった。いつかの印象を俺は今ここで改める必要があるらしい。彼女は恐らく、――猛将として、今の地位に君臨しているのだろう。


 ……どうりで自爆とかこともなげに言うわけである。


 しかし・・・



「おいッ!?」


「――――がァっ!?・・・・・



 それでも、多勢に無勢のド真ん中みたいなアイアンスパイダーの斉射狙撃・・・・に、遂に彼女は対応をしそこなった。


 ……馬が倒れる。そこに蜘蛛が殺到する。肉を割き骨を砕く。俺は、



「ぶ、無事か!? おいエイル!!」


「ぁ、ぎ……ッ!!」



 ……熱い呼吸を吐く彼女に、どうしようもなく覆いかぶさることしかできない。

 



「くっそがァ!」


「ハル……っ。あな、たは」



「なんだよ!」


「すべき、……ことを。どうかッ!」



知るかァ・・・・!」



 痛みはない。ただ重いだけだ。

 苦痛はない。ただ、耳障りな音が癪に障るだけである。


 周囲の捕食者面をした虫けら風情が、ただ俺を見下している。それだけが問題なのだ。

 俺は、



「うるせぇなああああああああああああああああああああ!」



 蜘蛛一匹の足を掴んで、振り回す!


 数匹を叩き飛ばし、それ以外は自ら飛びのいて距離を置く。それを確認した辺りで、俺が武器代わりに振り回していた蜘蛛の足が抜け本体が向こうへ飛んでいった。



「は、はる?」


知らねえんだよ・・・・・・・、頭から血ィ流してるくらいで諦めやがって、箱入りお嬢様かテメエは」



「……、……」


「立て。諦めさせねえぞ。テメエが始めた喧嘩に俺を巻き込んだんなら、俺が止める勝つまでテメエも止めるな」


「ハル。――あなたは」



 未だ四の五の言うつもりらしいエイルを、俺は無理やりに引きずり起こす。そして立たせる。それでもまだふらつくものだから、俺が背中で支えてやる・・・・・・・・・・


 ――周囲には、俺たちを中心に蜘蛛の群れが輪を成している。それらがこちらに、些細な声で威嚇を行っていた。


「作戦はこうだ。俺とお前で最短距離を切り開く。それでお前は脱出して、俺は仕方ないから自爆でも何でもしてやる。それで勝ちだ。蜘蛛どもに勝鬨を挙げてやる」


「は、はいっ!」



「やることは変わらん。道を開けろ・・・・・


「――任せてください!」



 さて、では始めよう。


 これが初めての「戦闘」だ。この世界で初の壁だ。相手に不足はなく、ただし俺が『鹿住ハル』であることを思えば、決して不可能な困難ではない。|なにせ壁どころか、俺は惑星一つをさえ叩き割った経験があるゆえに《》。


 だから始めよう。これ以上はもう一秒も待てない、開始のゴングは――、



「――――シッ!」



 今エイルが放った矢が、あの蜘蛛の眉間に刺さる、その音にしようじゃないか。






 /break..






 俺の培ってきた体術は、無論ながら、地球での対人戦闘を前提に作られたものである。ゆえに人間サイズの蜘蛛なんかが相手では、打撃や締め技などは効果がほとんどない。打撃に関しては堅い装甲を通らず、締め技などはそもそも八本腕には通用しない。


 ゆえに、――合気道を使う。それ以外の「相手の膂力をそのまま相手に返す」類の技や、相手の装甲を素手にて通す技術も使う。どれをとっても知識ばかりの付け焼刃で、一流の相手にはとても通らないだろうが、しかし、



「次!」


「はい!」



 俺の仕事は、蜘蛛を散らすことだけだ。道が開けばそれでいいし、俺が押し倒した蜘蛛が道をふさぐなら、エイルの一流の技術・・・・・が無防備な蜘蛛の装甲を周囲ごと切り飛ばす。


 そうして出来た道の直線上で『赤林檎』の巨大なるシルエットは、俺たちのことを脅威だなんて思っていないのだろう様子でノコノコと歩いている。


 彼我の距離は、

 ――五十メートルを切った。


「おい!」


「ええ! 次はどいつですかっ?」



使! 下がってろ・・・・・!」


「えっ、はぁ!?」



 それだけ言って俺は走る。それに蜘蛛が追随する。さらに進行線上の向こうの蜘蛛どもが何やらバリケードを作る。無意味だというのに・・・・・・・・・



「――――。」



 ――その場で、俺は自爆魔法のスクロールを起動させる。



「ちょちょちょちょっと待って!? うぉわあああああああああぁぁぁぁぁ――」



 後方でエイルの悲鳴が消失する。否、音をかき消すほどの密度に、光が収束する。

 俺は稼働したスクロールを後ろ手に構え直し、そして、――五感の全てが消失した。



「――――――ぁぁぁぁぁぁああああああああどわあああああああああああああ!!?」



 次に目が冴えたのは、俺が爆煙を引き連れて超高度を舞っていた時であった。視覚が、触覚が、聴覚が瞬く間に回復する。頬の風を感じ、遥か地上の爆風を聞いて、――そして視覚が、『赤林檎』の八つ目を捉える。


 アレは、ただ眺めるようにして、しかし俺を明確に「見て」いた。



「は、はっはははははバァーッカ! 今更気付いたってしょうもねえんだよデカブツこの野郎爆発四散して死ねやぁああああああああ!」



 べちょんッ! と音が響く。俺が『赤林檎』の腹に着地した音である。そして俺はそのまま、

 ――次の自爆スクロールに、手をかける!






 /break..






「やった! やった!?」


『赤林檎』の腹に上がる爆炎を見て、エイルはどうしようもなくそう叫んだ。

 ――別に、それが理由であったはずはないのだけれど、



「    」



 彼ら彼女らの『敵』は、爆煙の最中にて、

 未だ冷然と、無傷で・・・、そこにあった。



「…………ば、ばか、な?」



 彼女、エイリィン・トーラスライトはそう呟く。

 その彼女にしたって、カズミ・ハルの一度目の自爆で以って突風に滅茶苦茶にもみくちゃにされての呟きだ。軽装であったのが功を奏したというべきであろう。これが仮に鎧を装備しての「飛行」であったなら、運が悪ければ絶命も在り得た飛距離である。


 それほどの威力。安全圏にいたはずの彼女をしてその損害。無論ながら爆心地にいた蜘蛛どもは跡形もなく、平原には小規模なクレーターさえ確認できる。


 それで、これか・・・・・・・

 ――あの天を突く巨体のたった一辺さえ、弾き飛ばすことが出来ないのか。



「ああ、……くそったれ」



 そう吐き捨てる。なにせ彼女は、選択を誤った。


 即座に街を捨てるべきだったのだ。彼女自身が街に残って、彼女の持つ多大な権力で以って街にいる人々を強制的に退避させるべきだった。彼女は、戦場に来るべきでなどなかった。



「――クッソぉ!」



 叫びだすと、途端に、感情は堰を失くした。


 人の死が怖い。その自覚だけが彼女の自我さえ上塗りして、思考の全てになる。その叫びが頭を塗りたくって、吐き出す言葉さえも自覚できなくなる。



「ああ、ごめんなさい……っ。――ごめんなさい! ごめんなさいぃ……ッ!」



 そこに、

 ――もう一つ爆発が響いた。



「えっ?」






 /break..






 

 ちなみに、やっぱダメっぽい感じである。


 さて、


 俺はその、炎熱する『赤林檎』の身体から飛び降り、スキルの恩恵で無傷で地面に着地しながら思考する。確かに、これははち切れんばかりの熱を内包した表皮だ。エイルの発想は、――人為的に爆発させるというプランは、決して間違っていない。


 しかしながらあの装甲である。飛び降りたときに気付いたが、『赤林檎』の身体はその高温で以って、腹部の表面がガラス化していた。ちなみにその破片は爆風を浴びて舞い上がり、今しがた地上に殺到して俺と周囲一帯の蜘蛛を八つ裂きにしているところである。


 それほどの、鉱石を泡立て形質変化させるほどの高温を内包していつつも、しかしながらそれ以上の装甲で以って熱暴走を封殺している。


 はてさて、どうしたものか。



『――――ッ!』


「おっと」



『赤林檎』の前腕が俺を狙う。

 それを俺は、難なく避ける。


 さてと、である。


 俺はここでいったん思考を俯瞰化する。そもそも、どうしてこの魔物はこの街を目指した?


 元来こいつは、動きの少ない生態であるという。察するに、鉱石を主食に据えるせいで消化に時間がかかり、それゆえに生物としての活動が緩慢なのだろう。消化に時間がかかるということはそれだけ「長い時間満腹である」ということで、ならばそのような生物が、敢えて激しく動いてカロリー消費を無為に増やす必要はない。考えてみればロックスパイダー種というのは非常に理にかなった動物だ。三対八足の手足で最適効率によって運動を行い、他方鉱石を主食にすることで細く長くの消化を行う。それは俺の世界の蜘蛛の、「待ちの狩り」で生態を築く上での必須である。待ちが基本である以上、基礎代謝は出来る限り少なくしなければ餓死するわけで、



『――! ――ッ!』


「おっとっと、やめろよ考え事してるんだから」



 それでは、続きを考察しよう。


 ロックスパイダーがアイアンスパイダーになる場合のことを考えよう。アイアンスパイダーとは、長命によって摂取鉱石を合金化した個体なのであるとエイルは言っていた。しかしそもそも、合金など「場当たり的な鉱石配合」で精錬できるものであっただろうか。


 いや何、これはそもそも、俺に既に仮説があったゆえの疑問である。俺は「何と何を混ぜれば優れた合金が出来る」だとかは知らない。しかしながら、少なくとも「適当に混ぜて作った合金」と「適切に混ぜて作った合金」では、確実に強度は異なるはずだ。


 ならばこその、これは仮説である。


 ――ロックスパイダー種には、「自分がいま必要な鉱物を嗅ぎ分ける力」があるのではなかろうか。

 さながら人が、疲れた時に味の濃いものを欲するように、或いは脳を酷使した時には、脳の酸素とも言われる糖分を欲しがるように。



『――――ッ! ッ!!』


「うるせえってやめろ! やんのかコラ!」



 がいん! と音が響く。俺が『赤林檎』の足を殴った音だ。無論ながら、向こうにも俺にも何のダメージもない。


 なのでそれは置いておこう。考察を続ける。

 なにせ、俺の仮説もこれが佳境である。



 結論を言おう。

 ――もしこいつが仮に、「冷気を発する性質の鉱石などを求めてこの地に来た」とすればどうだろう。



 仮にこの仮説が正解であるならば、こいつは今、



「――――。」



 確認の必要がある。

 俺は、ゆえにエイルの方へと歩を速めた。



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