『旅の始まり_/4』
……いや驚いた。異世界にトランプってあるんだどころの騒ぎじゃない。
まさかの大富豪があった。縛りと八切りとJバックもあった、ハウスルール的に言うとこの世界は俺のハウスなのかもしれない。
「…………(号泣)」
「(どや顔)」
ちなみにではあるが、俺こと鹿住ハルの持つスキルの一つに、『黄金律(Ⅷ)』というものがある。バルク曰く、一生金に困らないスキルだとのことであるが、しかし、
――何よりもまず、これは、俺が「大富豪である」ことを宿命づけるスキルであった。
「わっ、わーーーーーーーーっ! なんで!? どうして! どうして一度も勝てないの!? どうしてあなたは手札が八枚も残っているのに一手で勝つの!? ズルだ! 悪いんだぁッ!」
「わあああっはっはっはァ! ばっかお前マジでちんちくりんだなァ! こういうのはカウンティングなんだよ! サシでやってんのに全然相手の手札を予想するってことをしねえ! 貧すれば鈍するなあ下級市民さんよォ!」
「わーーーーーーーーーーーーーっ!(ガチ泣き)」
と言った感じで、道中の暇を二時間ほど潰した頃である。
荷台の尻の方から、パカパカと音を立てて、馬に乗った人影が現れた。
「……あの、エイリィンさん?」
「なんだっていうのよっ!」
「…………伝令です」
「……………………聞く。なんですか」
ずびっと鼻をかんで、ごしごしと顔を拭いて、
それでエイルは、平素通りのおすまし顔に戻った。多分これも魔法なんだと思う。
「ええと、前方に敵影を確認。『赤林檎』らしきものは見えませんが、数は二十程度かと」
「ああ、……そうですか」
と、答える。
そして、
「――ちょうどいい」
とも。
……え? なに? まさか負けの憂さ晴らしを魔物にぶつけんの?
「こちらの進行状況は?」
「三分の一程度、爆発の影響は、突風程度となる予測です」
「でしたらこの辺りで進行を緩めましょう。さしあたっては、先頭第二までの部隊を矢じりの陣形にお願いします」
「了解。突撃の合図は?」
「先頭第一はギルベッド隊長でしたね。ならばあの人に任せます。一つ伝令を」
「はい?」
「勝ったら言ってくれ、と」
「――了解」
その言葉を残して、彼の馬がつうと走り出す。
「それでは、私たちも向かいましょう」
「うん? どこに?」
「決まってます。『観戦』ですよ」
――今のうちに、この世界の戦闘に慣れておいてください、と彼女が言った。
/break..
馬車の速度は、はっきり言えば遅々としたものである。人の歩みよりは早いが、それでも追いつこうと思えば走って追いつける程度であろうか。
――そんなわけで、大した慣性もなく馬車は止まる。
それで俺たちが馬車を降りると、並走していた甲冑騎兵の一人がこちらに寄ってきた。
なお、彼らは街の外から随時合流してきた連中らしい。俺たちが馬車で街を出た頃には護衛など一人もいなかったのだが、気付けばここの周囲にはちょっとした大所帯がある。これでさえ、先行する部隊と比べればほんの一握りであるのだとか。
「トーラスライト様、馬をお持ちいたします」
「ええ、ありがとうございます」
「……なにやら、目尻が赤くはありませんか?」
「…………心当たりがありません。仕事に戻りなさい」
「はっ」
ということで用意された馬に、俺たちは乗り込んだ。
まずは彼女が、次に、彼女の乗り方を見て、見まねで俺も馬に乗る。
……なるほど、結構揺れるな。
「――ハル」
「……なにかね?」
「……、あなたが今、私のどこを触っているのかとかって、気付いてますか?」
「え? どこ?」
叩き落とされた。おっぱいだったらしい。そもそもねえもんじゃ触れねえのにって思う(暴言)。
さて、閑話休題。
俺はエイルの運転で以って、戦場に横たわる騎士の一列を疾走する。
こうしてみれば、二千人にも及ぶ隊列というのは中々に見ごたえがあった。延々と続く人の整列が、エイルの姿を見つけては敬礼を返す。
「……、お前、マジで偉いんだな」
「舐めてますね、もう一度はたき起こしますか?」
今はやめて欲しい。怪我しないけど心がびっくりする速度であるからして。
さてと果たして、その内に隊列の最前線が見える。
「……、……」
矢じりの陣形、などとエイルが指示を出していたのを覚えている。彼ら先頭隊は、確かにそのような隊列を敷いていた。
そして、――その矢じりが向くのは、黒く蠢く彼方の敵影だ。
「飛ばしますよ。捕まって」
「どこに?」
「マナーとTPOをわきまえたうえで自分で考えてください! 行きます!」
ぐわっと、風が鳴る。馬が風を裂く。
その轟音さえもかき消すほどの、――一つの声が、向こうから轟いた。
「――突撃ィイイイイイイイイ!」
その突撃部隊の号令に、応ッ! と分厚い怒声が返る。
幾重ものそれが、地響きを起こす。土煙を上げ、
「ぅおお……っ!?」
敵影の詳細がようやく見える。
――それは、おおよそ人の腰までの体高をした蜘蛛の群れであった。
人の隊列と比べてはあまりにも雑然とした徒党の群れが、こちらを威嚇しているのが見える。
高く、絹を切り裂くような声だ。それが、――まもなく悲鳴に変わった。
あまりにもシンプルな圧殺が、蜘蛛の群れを踏み砕き貫いて更地に変えた。
「おぅ、エゲつねえ……」
「流石はギルベッド。ハル、見えましたか?」
「……、見えたよ」
「これが、我が国における戦闘です。これ以下のモノはただの喧嘩と覚えておいてください」
歩兵には騎兵を、騎兵には魔術を、魔術には遊撃歩兵を当て蹂躙によって制圧する。それが
「……敵性第二陣もいるようですね。ハルは今のうちに、彼らとの息を合わせるイメージを作っておいてください。アレが、あなたと『赤林檎』までの道をこじ開けます」
彼女がそう言う間に、第二陣も既に更地に代わっていた。
/break..
それから、――敵性第八陣が更地に変わった頃、
「
エイルが、そう言った。
「……、……」
ギルベッド隊長率いる突撃部隊が敵影を蹂躙するたび、地平線の際にはすでに次の敵影が確認されている。そんな状況が、……既に半刻も続いていた。無論ながらその間、後続の部隊はその場待機である。前方の安全を確認するまではゴーサインが出されることはない。
そして、
次なる敵性第九陣は、
「……、馬鹿な」
――どうやら
「……、……」
「…………、あれが、『赤林檎』か?」
平原は、
――今まさに、黄昏色の様相を帯び始めていた。
果ての地平では、此方に差す赤く強い日差しとは対照的な、濃厚なインディゴが空を覆っている。
天上に広がるは、夜と黄昏の境界線。俺たちは今まさに、黄昏が放逐される最前線に立っていて、
そしてソレは、――『夜』から這い出してきた。
「……ッ! 全隊傾聴! 作戦行動の構えに入れッ!」
エイルが叫ぶ。後方の隊列から、馬の嘶く声がいくつか響く。
それ以外は、静寂を保っていて、
――
「 」
それは、動く「一つの巨岩」であった。
八つ足のシルエットが、静かに、確実に地面を踏みしめる。その度に大地が軋む。
日差しを背に、それは、太陽を覆い隠すほどの威容で以って、こちらへとただ歩いている。
「――お、おいッ!」
「アレが『赤林檎』ですよッ! あなたはアレに、ただ自爆魔法をぶつければいい! やることは変わらないでしょう!?」
「な、なに言ってやがる!? 撤退だ! 撤退しろォ!」
「出来るか馬鹿ぁッ!」
とんだ行政の横暴を見た。だから権力者というのは嫌われるのである。ホントそういうとこだぞって思う。――しかし、
わかってるとも。
俺がやるかは置いておいても、あれは、ここでやる他には無いのだろう。
「――――。」
俺こと鹿住ハルの、記念すべき初のクエストにて、
報酬は身に余る富。俺の背には数限りない生命と可能性があり、
――相対するは天突く巨岩。勝利条件は、……俺の自爆。
「……ちっくしょうォ!」
魔王と戦う時のBGMが聞こえそうな状況にあって、
――しかしながらエイルは、何の遠慮もなく馬を更に加速させた。
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