2-2



 足音からしていけ好かない相手だ、と。

 俺はまず、そう感じた。



「……、……」



 シアン・ムーンの案内で施設まで来た俺は、更に彼女の仲介で以って、そこでも滞りなく話を通すことができた。


 そうして別れ際、彼女の出し惜しみのない笑顔で以って送り出された俺は、そのまま中へと案内されることになる。


 通された部屋は、印象としては拠点でバルクと応接した内装に近いだろうか。一目でわかる「客室」である。

 ……恐らくは、これは俺に対する歓迎のスタンスの表れということではなく、単に音通しを断つのに最適な部屋をあてがわれたというだけのことだろう。なにせ茶の一つも出ない。


 と、そのような経緯を経て俺は、それから一時間以上もそこで放置されることと相成った。

 昨晩からここまでのことでどうにも胃の腑の落ち着かない俺にとって、その待ち時間は悠久にも等しく、マナーが悪いとは思いつつも俺は、対面ソファの周囲をぐるぐると歩いて待つ。


 そこで、足音が聞こえてきた。

 それはどうにも「だつだつ」と鬱陶しい足音で、元々から精神衛生を失していた俺は、どうしようもなく悪戯心にかられたのであった。







「……、……」

「……、……」



 何やら失礼且つ好戦的なことを言っていた彼女、エイリィン・トーラスライトは、俺に対面して通路側の席に座った。無論ながら、その位置取りは「容疑者身分」である俺が逃走する可能性への牽制である。……二つ目の悪戯心でこのように率先して上座に座ってやったのだが、その意図は確実に伝わっていないだろう。


 ひとまずは、俺のストレス発散もこの辺りで抑えておくことにする。

 さて、



「……。」



 このエイリィンという女は、ただ一目見ただけでわかるほど高貴な身分であった。象牙色に煌めく長髪やスーツと軍服を足して二で割ったような衣装の紺色などは非常に洗練したものであって、白い肌や目の澄み方などにも生活習慣の優良性がよく出ている。品のよさげなそのイメージは、にも後押しされたものかもしれない。



「なにを、じろじろと?」


「ああいえ、異邦人なものですから。見慣れなくて」



 一応精一杯でうだつの上がらなそうに答えておく。

 ……お上と会話する際には、俺の場合はこういうやり方がうまく行く。なにせ、要所要所でのにはこれが一番ちょうどいい。



「はあ、まあいいでしょう。それではカズミ・ハル、あなたのステータスを確認させていただきます」


「口頭で?」


「い、いやそんなわけっ! ……そ、そんなわけがありません。恐らくは、ウォルガン・アキンソン氏の拠点で既に経験したでしょう? どうしてとぼけるのです?」


「口頭の方が手間がありませんからね」


「――詐称疑いの手間があると言っているのです! わかりませんかっ?」


「な、なるほど。すみません、思いつきもしませんでした」



 ……あれ? もしかしたらこの子ちょっとやりやすいかもしれないぞ?



「それでは、この羊皮紙に手を出してください」



 と、彼女は昨日見たのと同じ見た目の羊皮紙をテーブルに広げた。


 指示を受けた俺も、二度目となれば特に手間取らず、果たしていつかと同じように、光の波紋が黒い字を描いた。



「…………、なるほど」


「……、……」


「……、それで」


「……。」



「この、……さ、散歩〈EX〉というのは?」


「――わかりません(憮然)」


「(なんで急に怒ってるの?)……なるほど、黄金律もお持ちですか。ではこの最後のスキルが、あの凶行を及ぶに至る破壊魔法でしょうか」


「……。」


「……、結界(酒)〈EX〉ですか。…………………………これなんですか?」


「破壊魔法かもしれませんね」


「酒ってなんですか?」


「ご存じないのでしたら、今晩教えて差し上げましょう」


「あなた一文無しでしょっ? 私に奢らせるつもりでっ……、失礼」



 やっぱ第一印象を撤回するべきだろうか。

 この娘、話してる分にはちょっと楽しいかもしれない。



「こほん、とにかく!」


「……、……(失笑)」



 さてと、

 何やら彼女は、一区切りのようなものを置いた。



「あなたには現在、英雄暗殺の容疑が掛けられています。申し開きがあるのなら、ひとまずはここで聞きましょう」


「……、なるほど」



 先ほどまではやや紅潮していた彼女の頬が、すっと赤みを引く。

 それで以って、俺も会話の一つギアを下げることにした。



「俺が、あの拠点に保護された夜に」


「……。」


「さらに別の異邦者が顕れました。それは信用していただけますか?」



 俺の言葉に、彼女は一つ嘆息を示す。



「分かりませんね。あなたは、この国にどの程度の頻度で異邦者が現れるかをご存知ですか?」


「……、……。いえ?」



 知るわけがない、と反射的に答えるはずなどは無い。


 彼女は元来、。察するに、『異世界転移者は皆出世する』というだけあって、異世界転移者が転生の折に手にする能力はどれをとっても破格のはずである。ならばこそ、彼女はここで、


 ――主張は聞いた。それを公国に証明するために、あなたの誠意を見せて欲しい。……などと言ったところだろう、次の展開で妥当なのは。


 俺が仮にここで理性を失して、彼女に俺の主張を受け入れてもらうために下出に出るようなことがあれば、そこで俺の趨勢は決すると言っていい。


 ……例えば、個人の約束として、相手に「信じて欲しいから誠意を示そう」と言うのであれば後になって反故にするのは簡単だ。しかしながら相手は個人ではなく(恐らくは)国の代表である。

 このように設えられた場で行ったやり取りは、その時点で見方によっては誓約書レベルの意味を持つ。

 なんなら今という瞬間は、つまり、言うべき言葉を文節一個単位で精査せねばならぬ背水とも言い変えらるだろう。


 ……ただし、他方で、俺があまりに制御不能であるのもいただけない。

 その場合には、相手は国という「広い力」で以って俺を制御しようとする可能性が上がるためだ。仮に俺が戦略規模の破格の能力を持っていたとしても、個人が持っている時点でそれは「武力」の属性を並持することとなる。経済的制裁資本弱者に誘導することや、法律攻撃俺を人とみなさなくすることや、それ以外のすべてによる圧殺というのも、政府機関が個人に行うこととしては容易に考えられる。


 そして俺はそもそも、そういう事情さえを武力で解決するような「魔王になるつもりなどは無い」。



「いいですか? この国には現在、



 他方、彼女は、



「――――。」



 ……シャレにならない数字を、俺に言い放った。



「い、一万?」


「そうです。この世界には、定期的に異世界転生者が大量に流入してくる期間というモノがあります」


「……、……」



 しかし、――それならば文脈が通らないのではないか?


 俺は今、「一日に二度も異邦者が訪れたという言葉」に失笑をされたのではなかったか。

 仮にその期間を「始まりから終わりまでで百年間あった」と見積もっても、365日を100年で掛けて36500日である。おおよそ3日から4日に一度は異世界転移者が来るとみていい数字だ。


 そして他方、100年間以上の期間を見積もれば、そこには異世界転生者個人の寿命による目減りがあるはずだ。それとも、異世界転移者は皆不老不死だとでも言うというのか?



「……、……」


「不思議そうな顔をなさる。なら、計算はお早いようですね。猿の惑星の生まれではありませんでしたか」



 ぶっ飛ばすぞこの女。

 ……なんて風に握りこぶしを作った俺だったが、対する彼女は、してやったりと言葉を続けた。




「……、……」


「その三年前から今日まで、異世界転移者の数は全くのゼロです」



 ――それはこの「はじまりの平原」に限らず、世界中で。と彼女は言う。



「統計で見れば、あなたの主張はとても危うい」



「……待ってくださいっ」


「…………、なんですか?」



 俺は言う。

 こればっかりは、言わざるを得ないことであった。



「――あそこって『はじまりの平原』って名前なんですか?」


「…………そうですよ?」



「………………、この国のネーミングって結構メルヘンなんですか?」


「首を跳ねるぞ貴様?」


「失礼しましたやり直させてください」



 閑話休題。

 間髪を入れるのも面倒だし、率直に話に入ろうか。



「……ええと。こちらには、異世界転移者の転移数推移の数字がありませんでしたから、数字上の違和感を否定する根拠は示せない。それは認めましょう」


「……どうして急に難しい話を始めたのですか?」


「あれ? いやすみません。まさか貴方がアホだとは思わず、今度は気を付けます」


「良いでしょう聞きましょう何でも言ってこいこの野郎!」



 ということで続ける。



「統計的な根拠を否定はできません。ですからその代わり、私のスキルを見て欲しい」


「……、散歩、黄金律、結界。黄金律はこちらの記録にもある『破壊性能のないスキル』ですが、他の二つはどうでしょうね?」


「いや散歩で軍事拠点一個消し炭は在り得なくありませんか?」


「……道理はそちらにありますね」



 いや幸いである。これが、ここが日本であれば、「ゴジラいんじゃん」で論破終了となっていたところだ。



「では、散歩のスキルについてはよろしいとさせていただきます。二つ目のこちら、結界というスキルですが、これは聞いたところ、この世界に既に存在するスキルであるようですね?」


「それは、まあ。……結界を作り出すスキルです。周囲への破壊性能などは、記録には残っていない」


「そうでしょうそうでしょう!」



 いやホント幸いである。これが日本であれば、「結界師」サンデーで連載してたじゃんで論破完了である。あの漫画自体は超良作だけど殊今においてはこの世界に普及してなくて本当によかった。



「では、俺のスキルで言うと、あの惨状を起こすのは難しいと思ってもらってよろしいでしょうか?」


「……、……」



 ぐうの音も出ない、と彼女は腕組みをした。察するに今彼女は、俺のスキル項目から怪しいところを洗い出そうとしているのだろう。


 ――それではいけない。イチャモンをつけるならばそうではない。殊ここにおいては、彼女は俺の明確な上位権力である。彼女は、例えばこんな、羊皮紙に人為外の手法で表示された「確実に第三者視点で行われた誠実な証拠」などと言う明朗なものではなく、もっと抽象的な、「言いがかりのしようなど幾らでもある」部分を攻めてこなくては、


 さて、



「――では、トーラスライトさん」


「……、……」



 俺は、どうやらあと一押しであるらしい。

 そこで、元来の予定をここで消化することにした。



。聞いていただいてからなら、幾ら否を突きつけてくださっても構いません」


「……、それは、えっと」


、――あの広大な平原で、まず、目覚めました」


 、などと言い淀む彼女の気勢をまずは削ぐ。そして、次に俺は彼女が介入し辛い言い回しで言葉を続ける。


 全く、彼女はお上には向いていない。あまりにも誠実で、


 一つの言葉に二つ三つ以上の意図を乗せることなど、腹芸の世界では当然の手段であるはずなのに。



「目覚めてから、長く歩き続けて、そしてあの拠点に見つけてもらった。初めに俺を見つけてくれて、声をかけてくれたのは、バルク・ムーンという男でした」


「バルク、……そうでしたか」




 俺は敢えて短い返事を返す。

 聡く、そして腹芸に能のない彼女はきっとこう思ったことだろう。――俺の、喋る邪魔をしてしまった、と。


 顔の動きや呼吸のリズムが、その予測を確信に変える。全く、本当にこちらが申し訳なくなるほどのカモであった。



「そして俺はウォルガン氏の部隊に歓迎されました。ウォルガン氏の人格はあの短い時間で以って実に明朗なものだった。なにせ俺はこの世界に来て、まだ何も知らないままです。彼を貴方が英雄と呼ぶのが、俺にはよくわかる。あの人は、素晴らしい方ですから」


「――――。」



 俺の賛辞に、彼女が脱力しソファの背もたれに身を預けた。無論、こうして言葉に表すよりはずっとささやかな挙動の変化ではあったが、しかし彼女は「そのようにした」。


 あまりにもカモ。あまりにもチョロすぎる。ただしそんな自省は後に回そう。彼女が腹芸に劣っていればいるだけ、俺の「取り分」が多くなる。



「それからウォルガン氏は、少し話してくれて、それで俺の監督をバルクさんに譲りました。俺は、あの人に、その羊皮紙でのステータス確認だとか、この世界のことを色々と聞かさてくれたりだとかをしてくれて、そうしているうちに夜になった……、」


「……、……」


「あの拠点の夜は、……そう、祭り騒ぎでした。誰にしたって許容量いっぱいまで酒を飲んで、本当に楽しそうで、……


「……。」



 ウォルガン氏やバルクを英雄と呼ぶ彼女の表情で、彼女が、彼らに憧れを抱いているらしいことはよくわかっていた。先の言葉は、言ってしまえばリップサービスである。


 あの拠点に彼らの様子を語って聞かせる度、エイリィンは耐えきれず視線をぼやけさせて、眉尻を柔らかくする。それは、あまりにも明確な「酩酊」のサインであった。



 俺は、

 ……彼女を言いくるめることについて、それ以上考えないことに決めた。


 とかく、彼女と「英雄あこがれ」を共有することによる心理的な接近は成功した。今は、それだけ把握できていればいい。



「そしてその夜、あの鉄の塊が来ました。……鉄の塊、それが異邦者に当たる存在なのかは、俺にはわかりませんでしたが」



 ……否。

 確信なんてものはこれ以上ないくらい強くある。


 あの拠点は俺が素人目に見ても「俺の世界の文明よりも劣ったもの」であった。そして他方、俺の世界には未だあのような「自立機動の兵器」は確立されていない。アレは間違いなく、この世界由来の文明では到達できない技術の結集であった。



「とにかく、それが来た。――それは、四つ足の蜘蛛のような外見でした。どんな生物よりもでたらめに手足をばたつかせて、拠点にいた誰よりも早く動いた。そうして人を見つけては捕まえて、口を開けて、……光を吐いた。それで、それが吐き出した光は、全部、……拠点の木造りの家屋も、ヒトも、……そこいらにあるものは全部、みんな、……等しく消し炭にしました」


「――待って。待ってください」



 そこで、彼女が口を挟む。



「ええと、……なんでしょうか?」


「あなたの言うことは分かりましたけど、しかしあの、あなたは生きているではありませんか」


「……、……」



 それは、それこそが、


 ――であった。



「それは……」


「それは、なんですか? あなたが彼の英雄たちよりも強靭な身体であったから、その魔物の吐く光に耐えられたと? そのようなスキルがあったと? そう言うつもりなのですか?」


「――



 俺の言葉に、彼女は絶句する。

 間違いなく彼女の言葉は反語の類であった。? 、と、


 しかし、さて、



「先ほど、俺のスキル、『散歩〈EX〉』について聞いてくれましたね?」


「え、……ええ」


「正確には、俺はこのスキルの全貌を知っています。俺はこのスキルで以って、俺の目指す全ての場所にこの身一つで、――この身一つで以ってたどり着くことが出来る」


「……、……」


「厳冬の高峰だろうが、生命の在り得ない水の底だろうが、どこであっても、です」


「そ、れは……?」




 それは、彼女の疑問へのダメ押しであって、

 ――そしてこれが、あの夜に俺の脳裏に鳴り響いた「無声の言葉」の全てである。

 

 これはそう。生命を排した氷天の山脈を、海の底を、炎獄の帳を、汚泥の最奥を、


 クジラの胃の中を、ヒトならざる領域の森を、悪鬼ひしめく夜の路を、竜の巣の際を、


 毒の地平を、重力の圏外を、突風の最中を、太陽の真ん中を、


 。それがこの散歩〈EX〉というスキルの持つ加護であった。


 俺は、過日、そのように願った覚えがあった。春の風に、夏の夜に、秋の黄昏に、冬の厳しさに俺は憧れて、その最中を歩き堪能したいと思った。しかしながら俺はヒトで、疲れも空腹も明日の仕事の心配事も必ずついてくるものであった。


 それで俺はふと、「どこまでも、何の気も俗世の憂いもなく、ただ歩き続けられたら」と願い、そしてこの世界でそれを得た。


 明日の食事や生命の危機が無くなった世界を夢想したとすれば、最も大きな幸福は「散歩」にある。人が不死の存在であるとしたら、主観的で思考由来的な幸福はきっとすぐに行き詰って、見知らぬ異邦の光景にこそ「知らない感動」があるゆえに。


 ――俺は、


 生前の世界で、ついぞ「肉体の壁」を突破することが出来なかったために。



「……、……。」


「……、ええと、それは。…………死なない、ということですか?」


「ああ……、ええ、はい」



 俺は意図せず、彼女の問いに遅れて答える。



「だから、その魔物の攻撃にも耐えられたということですか?」


「ええ、そうです。……――



 俺の言葉に、彼女は打って響くような注目を用意してくれた。



「俺は、不死であるだけです。あの夜に俺は、あの魔物に傷一つ付けることが出来なかった。ステータスはそこにある通りですから、身体の機能は人並み程度の平凡なものであるはずです。だから俺は、敵討ちなどしようもなく、ただただあの魔物を逃がし、


「……、……」


「俺はね、トーラスライトさん。…………、」


「な、なんですか?」



 俺が、ふと言葉を切ってしまって、彼女は焦ったように俺の二の句を急かした。


 黙るつもりなど、ありはしなかった。ゆえに俺のその沈黙が、彼女の違和感を焦らす。

 だから、俺は取り急ぎ次の言葉を吐き出した。



「ウォルガン氏とその仲間も皆さんに、大きな借りがある。一晩程度の付き合いですが、それでもね。――使


「――――。」



 エイリィンはどうやら、俺への返答に迷ったようである。しかしながら俺は、彼女の返答を



 果たして彼女は、――と。


 そう、俺に言った。



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