1-2




「初めまして異邦人。私はウォルガン・アキンソンだ。


「……、……」



 門扉の内側は、外から見た以上に好戦的な様相であった。

 いくつもの武具がそこかしこの家屋に乱雑に立て置かれていて、また、門扉の向こうでこちらを警戒していたらしい数人は、全員が軽鎧のようなものを身にまとっている。


 文明レベルを推し量るとすれば、この光景で言えばまさしくコミックスのファンタジーのソレである。彼らの筋骨隆々たる体躯も、現代社会的なスマートさを全く排した、実働優先のものに見える。


 さて、そんなむくつけき光景を行違って、俺はバルクに連れられ、この拠点の中央に位置する小屋に案内されていた。


 二階建てで、他の小屋よりもどこか垢抜けた印象がある。一目に重要施設であるのが確認できる設えだ。


 そしてそこで、俺はその男、

 ウォルガン・アキンソン氏との面会を果たした。



「……、ええと」



 やはり彼も、バルクと同じ顔骨格をしているようだ。名乗った名前も、日本人とは逸脱した発音に聞こえる。……そんな風貌から流暢な日本語が吐き出されるものだから、俺は妙に、彼らに理知的なイメージが先行されて返答に迷った。


 無論ながら、俺が悩んでいたのは、俺の素性を如何にして言うべきかである。


 場合によってはただの浮浪者としてこの場を濁すことも考えていたのだが……、



「いや何、警戒しなくていい」


「……、あー、はい」



「君の服装を見ればわかる。それにその目鼻立ちもだ、君は、こことは違う世界から来た。違うか?」



「……、……」



 彼の助け舟は、まさしく俺にとっては打てば響くようなものであった。


 どうやらこの世界では異世界からの転移者は周知されたものであるらしい。加えて、彼の言動から、ひとまずは友好的に出てくれるらしいこともわかる。



「失礼しました。カズミ・ハルです、もしよければ、この世界のことをお聞かせ願いたい」


「ふむ、少し待っていろ」



 言って彼は立ち上がる。


 椅子から腰を上げた姿は、俺よりも頭二つ分は大柄なものであった。

 それにやや俺が呆けていると、



「君、これは読めるか?」



 そう言って、何やら本棚から一冊取り出してよこした。



「……。」



 それを受け取って表紙を検分する。

 タイトルだろうと思われる印字は、ぱっと見では図形っぽさが強い印象の、全くの謎言語であったが。



「うん? ……?」


「ああ、ならば君は文字も読めるとみていいな」



 謎言語は、幾ら眺めても謎言語のままだ。

 しかしながら、ややタイムラグを経て、


 記号を言葉、言語として認識しているという感覚ではない。これは言うなれば、音や文字に頼らない、もっと『抽象的な翻訳』が、俺の頭の中で起きているような。



「よし、それではカズミ・ハル君。我々公国は、君の来訪を歓迎しよう」


「……。」



「ここは、君たちのような立場の人間を保護する施設だと思ってくれていい。ひとまず、君も聞きたいことばかりだろうが、君にはそこのバルクがつく。彼を頼り給え」


「そんじゃな、よろしく頼むよ」



 そう言って傍らのバルクが俺に片手を差し出した。


 それに応え、握手を交わす。返る手のひらの感触は、鉱石の手袋でもつけているかのようにゴツゴツと硬質なものだった。



「それでだ、ハル君」


「はい?」



「……。無論ながらそれを跳ねのけるのも君の自由だが、しかし、その場合は公国での権利も失効すると考えて欲しい。ひとまずは、君の、人民は等しく保護されるべきという権利だ」


「……、……」


「ここにいるうちは、友好的であり給え。二日後には迎えが届く、君の自由は、それからだ」


「なるほど」



 慣れた手続きだ、と俺はふと思う。それに不当な態度もない。


 彼はあくまでフェアに、彼らサイドのスタンスを説明してくれたらしい。そのうえで、俺のようなぽっと出に向けるには過分にも思える気遣いがあった。



「――ありがとうございます、ウォルガンさん。しばらくご迷惑をおかけします」


「うむ。ではバルク」


「はっ」



 その指示で以ってバルクが俺の案内を引き継ぐ。


 さしあたっては施設の移動を指示され、俺は帰り際、もう一度ウォルガン氏に会釈を送った。






 /break..






「それでよお、お前、ハルでいいのか?」


「ああ、はい。こちらはバルクさんで?」


 やめてくれ、とこそばゆそうにバルクは言った。敬称には馴れないらしく、彼は快く、こちらに呼び捨てを求めた。



 そんな彼に連れられて来たのは、先ほどの小屋の二階部分である。ウォルガン氏の部屋を一度出たのは、どうやら建築の外側に階段があるためらしい。


 通されたのは、一目に客室であることが分かる様相の一室だ。

 丁寧に整理され、品のいいソファがテーブルを挟んで対面している。


 俺とバルクは、そこにそれぞれ腰を落ち着けていた。



「さてと、じゃあハルよ。お前、なんて世界から来た?」


「……、なんて世界?」



 世界の名前という意味だろうか。



「ええと、地球、ですかね?」



 先ほどとは別の言葉を、敢えて俺は選ぶ。と言っても正しくは、これは世界の名前ではなく惑星の名前なのだが。


 ……しかしバルクは、俺の返答に諸手を打った。



「なるほど、チキュウか! それなら知ってるぞ!」


「……それって、俺と同じ出身の人間が?」



「ああ、そんでもってチキュウ出身は妙に理解が早い。こんな状況に放り込まれたってのに慌てもせずにな、ここが異世界だってすぐに納得して、場合によっては喜んだりもする!」


「……。あー」



 微妙に返答に困った俺は、曖昧な唸り声で返しておくことにした。


 ……しかし、同郷がいるというのは良いことを聞いた。もしも縁があれば、その人物に取り次いでもらえれたりはしなかろうか。



「そんで、ハルもその手合いなんだろ? お前らにはこういえば喜ぶんだ。――



「……まじ?」


「まじまじ、後で見せてやるよ。俺も使えるから」



 ちょっとだけ高揚感を覚える俺だったが、それとは別に、やや冷静な思考がバルクの言葉を反芻する。


 何やら彼の言い分だと、同じ地球出身の人物は一人や二人ではなさそうである。


 ……或いはそもそも、この世界では異世界からの転移者自体が日常的なものなのだろうか。

「異世界」なんてモノの総母体数など俺には分からないが、言い回しを信じるのであれば地球出身者でさえそれなりの人数に上るらしい。ならば、転移者の総数で言えば相当な数にはなるまいか。



「まあ、とにかくだ。こっからはマニュアル読みだけどな、――ようこそ異邦者。俺たちはお前らを歓迎するぞ」


「……、……」



 それは先ほどウォルガン氏からも言われた言葉であった。

 つまりはマニュアル化した転移者への説明行程なのだろう。形式だった説明が確立されているのであれば、まずはそれを聞くのが、この世界への理解の早道に違いない。



「俺たちはメル・ストーリア公国の騎士だ。ここは公国管轄の、転移者へ向けた保護拠点である。君たちはこれから、公国の都市に輸送され、そこで身の振り方を決めることになる。……ちなみにこれは俺からの蛇足だが、職に悩んだら騎士にしておけ。お前ら転移者ならすぐに出世するからよ」


「あー、まー。悩んどく」


「つれないね。さてさて、えっとだ。公国への輸送は、さっき言ってた通り二日後な。それまではどうせ暇だろうから、こっちで出来ることで暇を潰そうか」


「出来ること?」


「まずは、この世界についてのお勉強だな。お前が俺らの世界を知らないように、俺らもお前らの世界を知らない。ここばっかりは、お前からの質問に答えるような形でしか対応できない」


「まあそれは、道理か」



 つまりは対症療法である。相手の抱えたものが分からないから、「症状」に「対して」その都度「応える」。

 ……全く妥当なやり方には違いあるまいが、これが俺の世界なら、或いは「異世界学」などと宣って体系化に勤しんだに違いあるまい。少なくとも、俺の時代には「ラノベ学」なるものが発生する際であったし、ならば「異世界転生ラノベ論」くらいのものはあったとみてもいいだろう。というのは完全に蛇足であるが。


 さて、


 ……そもそも俺的には、この世界にひとまずファンタジーのイメージをそのまま流用するつもりである。魔法があって魔物がいて、という前提的な部分が相違ないようであれば、例えばこの世界由来の歴史や文化や地名やその他常識などは後からだってついてくる。



「あと、この二日でお前にやって欲しいのが。素養の確認とギルド名義の作成だな。順を追って説明するけど、ついてきてるか?」


「ああ、問題ないよ」



 その返答で、バルクは満足げに言葉を続けた。



「まずは、素養の確認だな。お前ら転移者ってのは、この世界に来るにあたって何かしらユニークな技能、スキルを入手しているもんなんだ。それを確認する」



 これが一つ、とバルクは指を一つ立てて、



「あとのが、ギルド名義の作成、登録な。この世界にはギルドってのがある。つってもお前がチキュウ出身なら、その辺の説明はいらねえだろ?」


「ああ、きっと、俺がイメージしているので間違いないと思う」


「ならいいぜ、この世界には『それ』がある。魔物を倒したり、未踏の地を探検したり、ババアの猫を捕まえたり、要人を守ったり暗殺したり……、仕事は様々だが、要領がいい奴なら稼げる仕事だ」


 聞いたところ、そのギルドという存在自体が国家の垣根を超えたものなのであるらしい。ゆえにその登録証は身分を示すものとしてそのまま使用できる。


 メル・ストーリア公国が俺に滞在国籍を与え身分を作るよりも、公国が身元証明人となってギルドに登録を発行してもらった方が手続き自体も楽だし、手に入る身分証としての自由度も高いとのこと。さらに聞くと、多少の制限はあるがパスポートとしても機能するようだ。



「ってな感じだな。質問は?」


「とりあえずはないかな。思いつかない」


「よし。それじゃあと一つだけ。……二日後の身元受け渡しで、お前と、公国輸送以降のお前の預かり人との紹介も済ませる予定だ。馬車に乗って一緒に来るらしい。俺とはそれまでの付き合いだが、とりあえずよろしく」


「ありがとう、公国で俺が稼ぎ始めたら、お礼に一杯奢らせてくれ」


「そりゃいいな」






 /break.






 ということで、俺の素養なるものを確認すべくバルクが何やら準備をし始めた。


 といっても場所を移動したり、大掛かりな機械が必要だったりなわけでもないらしい。

 俺を対面ソファに残し部屋を出たバルクは、そう間を開けずに戻ってきた。



「さてと、じゃあこれで確認するぞ」


「……、ただの紙に見えるな」



 強いて言えば、これも文明レベルの表れだろう、バルクが持って来たそれは、より具体的に言えば羊皮紙であった。



「――、ただの紙に見えるって言ったな?」


「うん? 言ったけど……」


「公国に行けば、お前ら的にはもっと『ただの紙』って感じのが流通してるぜ。ってやつ」


「…………コピー紙か! なんで!?」


「転移者の未来技術におんぶにだっこだよ。俺も、あんたらの世界に転移してみたいもんだなぁ」



 とりあえず、とバルクが言葉を切った。



「これに手をかざすだけで、さっき言った二つの用事は軒並み完了だよ」


「二つ?」



 素養を見るのと、察するにギルド名義の登録だろうか。



「ああ、この羊皮紙はギルド手製の、『人間のランク』を見るもんだ。ステータスって言うんだがな。とにかくそれを、この羊皮紙に手をかざすだけで確認できる」



 やってみろ、とバルクが適当な調子でそれをテーブルに広げて見せた。

 俺は促されるままにそのようにする。と、



「おお……」



 薄い光が、羊皮紙に波紋を描く。


 ――昼間の日差しにも負けそうなか細い光が、次第に羊皮紙に黒い模様を描いていく。



『鹿住ハル 男・二十二歳 ヒト種


 体力・魔力・筋力・耐久・魔法素養・魔法耐性――オールE


 幸運・知能・技能・身体操作――オールB


 スキル

  なし。


 エクストラスキル

  なし。


 ユニークスキル

 散歩〈EX〉

 黄金律(普遍)〈Ⅷ〉

 結界(酒)〈EX〉』



「……、……」



 羊皮紙に現れた模様は、脳内翻訳で以ってそのような文字列にすり替わる。

 それを見る限りでは、どうやらこの羊皮紙に現れた文字列が俺のステータス、ランクであり、これをそのままギルドに持って行くことが情報の登録になるということだろう。



 それを踏まえて、



 ――『散歩〈EX〉』ってなんだ?(焦り)



「えっとそれで、俺のステータスってこれ凄いの?」


「うん? あーいや。……オールEだろ?」


 一般人レベルだな。とバルクは言う。


「知能だの幸運だのは一級品だな、お前そんな頭よさげには見えねえけど」


「……、……」


「……。ああでも、これはヤベエわ、黄金律」



「お! なんかいいやつだ?」



。……ハル?」



 バルクの言葉が妙に引っかかって、俺は思考に埋没する。

 一生金に困らない生活、それは全く夢のような話であり、そして、


 俺はふと、あの五感と時間感覚の存在しない世界のことを思い出す。

 あの時聞いた声は、何を言っていたのだったか。


 ――たしか、、などと?



「ハル、どうした?」


「いや、何でもない。それでバルク、他のスキルはどうだ?」


「『散歩〈EX〉』ってのと『結界(酒)〈EX〉』ってんだよな、……いや、ダメだ分からん」


「……待て待て待ってくれ俺的にさっ? この『散歩〈EX〉』の方はちょっと聞き捨てならないんだよっ。これなんだと思う? 老後の隠遁生活向けのスキルなのかなっ?」



「……、……」



「なんとか言えって! 苦虫をかみつぶしたような顔をしやがって!」


「……わかる。いや気持ちは分かるんだ。いったん落ち着け」



 そもそも、とバルクは続ける。



「このユニークスキルってのが難しいんだよ、ユニークっていうだけあって、基本的には同じものが存在しないスキルだ。黄金律にしたって、この『〈Ⅷ〉』って数字は訳が分からん」


「そりゃ、Ⅰから順番のⅧなんじゃないのか?」


「ああ、まあそうなんだよな。よかったなお前、人類史に残る金持ちになるのかもよ」


「そしたらもう一杯だけ奢ってやるけどな?」


「訂正する。金持ちの器じゃねえな」



 言って、バルクは大きく笑った。



「まあいい、これで仕事は終わりだな。お前、この後どうするよ」


「あー、……どうするったって、することもないよ」



 強いて言えばこのスキル群の内容確認が関の山である。どうやら脳内で疑問を唱えれば答えが返ってくるようなものでもないらしいが、



「そりゃあいい」


「うん?」



 他方の彼の返答に、俺は更に疑問を返す。



「それならよ、おい。少し付き合えよ」

「?」



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