第52話うへぇ、気持ち悪い
人や国に萬栄している瘴気を浄化させるために召喚させられた私らだけど実際のところ、『瘴気に人や国が侵されている』ということがよくわからなかった。今まで、目の当たりにしていたのは召喚された直後に襲撃してきたあのモンスター一匹だけだけど、あれは瘴気に侵されているとはちょっと意味合いが違うだろう。なんとなくふわっとしたイメージはあったものの、すぐ還れると思っていたから興味も持たなかったし、知りたいとも思わなかった。
これが瘴気に侵された人間で、これが瘴気に侵されるということか。
興味はなかったけど、思わずまじまじと見てしまう。
リオン君から瘴気についてだいたいのことは聞いたけど、想像以上の気味の悪いものだな。ただ赤黒くなっているんじゃない、皮膚の表面もなんかでこぼこしている。触ったら岩みたいにざらざらしてそう。リオン君が言うには瘴気に充てられた人間は皮膚が徐々に硬く変色していき、ついには腐り、痛みにのたうち回る最期を迎えるらしい。
ということは、これ以上の症状の人間はこの国に何百人もいるということか。
うへぇ、気持ち悪い。そんな人間を何百人も相手にしないといけないなんて、やっぱり聖女って損な役回りしかないんだな。
こういうえぐいものとは関わり合いになりたくはない。
関わり合いになるのはこのお姉さんで最初で最後にしたいものだ。
「だ、誰なの………あなたたち」
ずっと薄暗さのせいで見えなかったお姉さんの表情がはっきりと見えてくる。お姉さんは困惑と恐怖が入り混じった表情で私と夏芽を交互に見る。
私はその表情を見逃さなかった。だって今の表情、めちゃくちゃリオン君に似ていたから。
私は一枚パシャッと撮った。
「どうも、怪しさ満載に見えますが怪しいものじゃないです。私たちは怪しくない双子聖女(仮)です」
「ひっ」
あらら、私なりに優しく言ったつもりだったけど怯えさせちゃったみたい。
「姉さん、この二人は双子の聖女様なのっ」
リオン君はいつのまにベッドの反対側に回っていた。
「聖女?」
いまだに状況が掴み切れていないお姉さんは困惑顔をリオン君のほうに向けた。
「姉さんを治してもらうために」
「この二人が………聖女?」
うんうん、わかるわかる。信じられないよね、疑いたくなるよね。そんな目だ。
「聖女は聖女でも(仮)がつく聖女だよ。(仮)だから今日還る予定の聖女ね」
「………え?」
「一応、自己紹介するね。私は姉の深琴で、こっちは―」
ちらりと夏芽のほうを見た時だった。ずっと仏頂面でお姉さんを眺めていた夏芽はいつのまにか、スッと指先をお姉さんの変色した部分の頬に伸ばしていた。
「あっ、だめっ!」
お姉さんはビクッと身体を強張らせた。
避けたくても避けられない夏芽の手を払いたくても払えない、そんな風に見て取れる。
あぁ、この様子だとあの話も本当っぽいな。
ビクつくお姉さんの態度に一切に気にする様子もなく、夏芽は指先でペタペタペタと触る。
「え?」
ペタペタペタと平然と触る夏芽にお姉さんは呆気に取られているようだ。
「こらこら、いつまで触ってんの。失礼だよ」
私はいつまでも触り続ける夏芽の手をペシッと叩いた。
「なんで触ったの?」
「熱いと思って」
「熱い?」
「でも、そうでもなかった。ただザラザラしてただけだった」
そう言って夏芽はオイルランタンを床に置いた。
「あなた、なんともないの?手が痛いとか、気分が悪いと」
「ない」
「あなたたちは………一体………」
「だから聖女だって言ってるじゃん。(仮)だけど」
夏芽が平然としているのがよっぽど衝撃的だったのか、お姉さんは言葉を失ってる。
そりゃ、言葉失っちゃうか。普通の人間だったら瘴気に侵された人間に触れると、瞬く間に感染しちゃうらしいからね。よくもまぁ、リオン君一緒に住んでいて無事だったもんだね。
運がいいというか、何というか。でも、やっぱり聖女すごいわ。その瘴気に一切感染されない存在が聖女らしいんだから。予想していたことだけど、改めて聖女マジでチートって思う。
「姉さん、もうこれ以上は隠せないよ。今はまだ、見習いの神官だけの噂に留まっているけど………それがいつ、真実だって王宮の皆に知られるかはもう時間の問題だよ」
リオン君は声を震わせながら、両手を力いっぱい組んだ。
「………リオン、ごめんね。余計な苦労をかけて」
お姉さんも声が震えてた。これ、そろそろ両方とも泣くかな。
私たちはリオン君の事情をここに来るまで事細かく、聞きだした。
姉弟は孤児で、現在二人暮らしをしている。癒しの能力を持っている姉弟は、教会の管理下に置かれ、生活している。癒しの能力を生まれながらにして身に宿らせている人間はこの国では希少らしく、その力を大いに振るうことができる神殿に参入して、神官を目指すことは自然の流れらしい。
だから、神殿に務めている人間は貴族、平民、孤児など様々。神官にも階級があるが、それは身分で判断するのではなく癒しの魔力量やその魔力の精密度などで判断される。
リオン君のお姉さんは並みの神官よりも魔力量が強く、その魔力を磨くための鍛錬をずっと続けていたため、孤児であるにも関わらず、上級神官の役職に就いていた。
そのお姉さんが瘴気に侵されてしまったのは五ヶ月ほど前らしい。
瘴気はいつ、どこで発生するかわからないもの。お姉さんの場合、城下町で買い出しに出かけたときに感染してしまったようだ。人体への影響はすぐには出ないため、感染したその日に自分から副神官長の元に赴き、体調不良を訴え、長期療養の許可を申し出たらしい。
元々、お姉さんは体が強いほうではなかったため、長期療養の申し出も不審に思われなかった。
しかし、顔見知りの神官に一切長期療養の件を告げず且つ、療養の状態も一緒に住んでいる弟に聞いても曖昧に返され続けられるため、ここ最近とある噂が神官見習いの間で流れている。
『リオンの姉は瘴気に侵されていて、弟はそれを必死で隠している』と。
リオン君はできるだけ、噂について追及されないように誤魔化したり話を強引に切り上げたりしていたそうだ。
私はその話を聞いた時、『どうしてそんなに必死で隠すの?神官たちは瘴気に侵された土地や人間を浄化されるために私ら聖女を召喚したんだから、打ち明けたほうがお互いのためなんじゃない?むしろ感染するんだから、最優先で保護してもらったほうがいいと思うけど。神殿の人間だったらそういう人たちは色々と手助けしてしてくれるんじゃないの?』と聞いた。
すると、リオン君は俯きながら答えてくれた。
どうやら、この世界では瘴気に侵された人間は差別的な扱いをされているらしい。
時には悪魔が乗り移った、と謗られたり、時には身内含めて石をぶつけられたり、時には劣悪な環境に隔離されたり、とそれは聞けば聞くほど散々なものだった。
差別側に立つ人間は神官も例外じゃないらしい。
――神に仕える人間が瘴気に侵されるなんて恥。
大半はそんな凝り固まった価値観らしい。
立場上、口にははっきりと出さないものの、水面下では瘴気に侵された人間を見下し、蔑んでいる。リオン君のような一切差別意識を持っていない神官もいるらしいが少数派なため、強く意義を唱えられないみたい。
私は「なんだそりゃ」と思わず、口に出して笑ってしまった。
あんなに瘴気に侵された世界を救いたいとかのご大層なスローガン抱えていた神殿内部は実際のところ、差別主義者の巣窟だった。そんな偽善者だらけの神官達だったら、聖女のこともきっと自分らでは手に負えないゴミを掃除してくれる便利屋さん、とでも思っていそうだな。
表向きでは素晴らしい大義名分を抱えているくせに中身はその実、すっからかん。
現代で言うと、ブラック企業みたいだ。
瘴気に侵されたことがバレてしまうと、場合によっては神殿から追い出され劣悪な隔離施設に強制的に連れていかれる可能性もあったから誰にも言えなかった、とリオン君は説明を続けてくれた。
説明をあらかた聞いた私はなるほど、と納得した。
確かに、そりゃ言えないな。孤児だからきっと、頼れる身内とかいないだろうしね。
神殿追い出されたら、行くところなんてないんだろう。リオン君に対する間接的ないじめも噂が真実を確定した途端、直接的にいじめに変わるはず。
でも、だからこそ。
『周囲に隠す理由はわかったけど、私らにまで黙っている必要はなかったんじゃない?ていうか、普通なんとかしてほしいって頼みこむものだと思うけど』
そう言うとリオン君が言った。
『そう、思う気持ちはありました。でも、姉さんはそれを望まなかったんです。『この国には私以上に瘴気に苦しめられ、死の淵に立っている人もいる。私はこうして話すことだってできるし、体も自由とまではいかなくても動かすことができる。そんなに人たちを差し置いて、私だけ特別扱いされるのは気が引ける』、そう姉さんは言ったんです。確かに僕はお二人に姉さんのことをお願いしたいと何度も思ったし、言おうとしました。でも、言おうとすると、悲しそうに顔を伏せる姉さんの顔がどうしても過ってしまって、言えませんでした………姉さんを本当に助けたいなら、それを振り切って言うべきだってわかってはいたんですけど………」
それを聞いた私はちょっぴり安心した。ちょっと予想とは違っていたから。
言わなかった理由が優等生丸出しの『身内と言えど特別扱いは良くない』という反吐が出る者じゃなく、『姉に嫌われたくない』という十歳の子供らしいものだったから。
というか予想していたとはいえ、やっぱりリオン君の優等生然とした振る舞いはやっぱり姉譲りのものだったか。
随分と悪影響を受けたものだ。いじめられる理由って孤児とかお姉さんの位が高いって言うにもあると思うけど、一番の理由はたぶん、いい子ちゃんの発言や態度が全面的に出ちゃってるせいだろうから。あんまりいい子ちゃん過ぎると癪に障ることもあるからね。
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