第47話何だよ、スマヨって

私たちはメイドたちに用意させた軽食を食べ、リオン君を探すために部屋を出て、廊下を歩いている。廊下は、部屋にいたとき以上にメイドや従者たちの忙しない足音が響き渡っていた。

皆が皆、小走りだ。のんびりと歩いている人間はほとんどいない。


それほど、帰還の儀というのは大掛かりで、大変なものなんだろう。

だって、私らが廊下を普通に歩いていても誰も見向きもしないのだから。


「さてと、一体どこにいるんだろうね、リオン君」


「………」


「やっぱり、神殿のほうで神官達と一緒になって帰還の儀の準備してるのかな?」


「………」


「でも、わざわざ行ってみていなかった、なんて無駄骨なんて嫌だよね。さっき廊下ですれ違った神官に聞いてみる?」


「………」


「おーい、返事ぐらいしてってば」


「………」


「機嫌直しなって。たかだがサンドイッチじゃん」


「不味かった」


「いや、不味かったってほどでも」


「不味かった」


「………まぁ、美味しくはなかったけど」


夏芽は部屋を出てからずっと不機嫌だった。その原因は軽食にある。

メイドに用意させた軽食というのが、ゴロゴロとたくさんの野菜が入ったスープ、分厚い肉が挟んだサンドイッチというものだったんだ。


一見すれば、具材をふんだんに使った軽食。

美味しそうには見える軽食。


しかし、私は知っていた。王宮の料理は美味しそうに見えても、味は決して見た目通りの味ではないということを。


野菜のスープはちゃんと火に通していなかったのか、半分生っぽかった。

人参なんて、めっちゃ固かった。スープも塩加減がきつすぎていたし。

全部飲んだら、絶対高血圧になる。


サンドイッチもスープと同様に微妙なものだった。

パンがぼそぼそしていて固く、甘ったるいソースがたっぷりと塗られ、しかもそのソースが肉とまったく合っていなかった。


思い出すと、胸焼けするくらいの軽食。

微妙なんてものじゃなかったな。はっきり言って、不味かった。


今までの王宮の料理はカロリーが高そう、胃もたれしそう、というものがほとんどだった。

つまり、相性の問題。料理の味自体が不味いというわけじゃなかった。でも、今回食べたスープとサンドイッチは明確な不味さを感じた。正直、喧嘩を売っているんじゃないと思ってしまうほど。


実は食べる前、スープはともかくサンドイッチはそれなりに期待していた。無意識に期待してしまうほど昨日、リオン君からもらったサンドイッチは、文句の付けようがないほど美味しかったのを覚えている。しかし、期待していたものが美味しいどころか眉をしかめてしまうほど不味かった。


あの不味さだ。夏芽が不機嫌になるのもわかる。

私と同様、サンドイッチに無意識な期待をしていたのなら尚更だ。


なんであんな不味かったんだろう。


忙しいメイドを呼び止めて作らせたせいで、あんな雑な出来になったんだろうか。

それとも、最後の最後で私らに対する嫌がらせとか。


前者はともかく、後者はあんまり考えないほうがいいかも。

考えすぎると、ぷっつんする恐れがある。


せっかく、還れるんだ。ここで、ブチ切れてしまったらすんなりと行かない可能性もある。

本来だったら『よくもあんな不味いもの食わせやがったなコノヤロー』ってぷっつんするするところだが、ここは我慢するとしよう。


一応、夏芽もギリギリとところで抑えているんだ。

姉の私が我慢しないでどうする。


我慢我慢。


ヨクモアンナマズイモノクワセヤガッタナ。


還るまでの辛抱だ。


サイゴノサイゴデイヤガラセノツモリカ。


さっきまでのいい気分を思い出そう。


アノマズイリョウリノセイデセッカクノキブンがダイナシダ。


ネット社会に還るためだったら、ちょっとぐらいは耐えられる。


ムカツクナ、ヒトリカフタリ―。


「………ぶん殴ろっかな」


あ、やばいやばい。口に出しちゃった。

私なりに抑えていたドス黒い感情が口から漏れたみたい。


駄目だ駄目だ。さすがに今、暴れるのはダメだ。

私は早く還ってSNSをやりたいんだから。


今はスマホのことだけ考えよう。


スマホスマホスマホスマホスマホ――。


「………マヨネーズ」


「え?スマヨ?………………む」


ありゃありゃ。

夏芽のぼそりと発した『マヨネーズ』に変につられてしまった。

何だよ、スマヨって。


「マヨネーズ、はやく食べる」


「私もマヨネーズ食べたいかも。口直ししたい」


夏芽が不意に言っただろう言葉のおかげで毒気が少し抜けたかも。

リオン君が作ったマヨネーズは口直しにはうってつけだ。私もご相伴に預かろう。


「じゃあ、さっそく誰かに聞いてみよっか…………お、さっそく神官発見」


廊下を歩いていると突き当りに二人の神官が視界に入った。


「ん?あの二人は?」


二人の顔には見覚えがあった。昨日、リオン君に仕事を押し付けていた二人だ。

二人は立ったままおしゃべりしていて、私たちにはまったく気づいていなかった。


「大司教様の記憶が戻ったことは喜ばしいことだとは思う。でも、だからって記憶を取り戻してすぐに帰還の儀を執り行うなんて、さすがに性急すぎる」


「ほんとだよ。おかげで見習いの僕たちまで帰還の儀に駆り出されてさ。この前の召喚の儀のときは裏方だけで、今日ほど慌ただしくなかった」


「いいのかな。副神官長様の記憶を取り戻させることを後回しにして。これって誰もが思っていることだよね。いくら大司教様が命じたことといえ、それを諫めない先輩方も何を考えているのやら」


「僕は先輩たちの気持ちもわからなくもないけどね。やっぱり、あの乱暴者の双子を早めに還したほうがいいんだよ。還して代わりの聖女を召喚した方がよっぽど利に適ってる」


「言われてみればそうだね。あの双子、きっと頼んでも瘴気を浄化なんてする気ないだろうし」


私たちはピタリと足を止める。しばらく、二人の話を聞いてみることにした。一門一句耳に入るほどの距離までいるのに二人はまるで私たちに気づいていない。


「ほんと、この忙しさは嫌になるよ。本来だったらこの時間帯はポーション作りに勤しめるのにさ」


「サボってる僕らが言うことじゃないけどね。忙しいからこそ、こうやっておしゃべりしていてもバレないんだし」


「ははっ、確かに」


おーい、私らにはもうバレてるよ。

まだ、私たちには気づかないのかい。


「大司教様も無理を言う。今日中に自分たちが身に纏ってるローブに魔術が込められた糸で儀式魔法陣の刺繍を入れろだなんてさ」


「仕方ないじゃないか。国一番の魔力量を持った大司教様でもさすがに即席で帰還の儀の儀式を完璧にやり遂げることは難しいみたいだからさ。俺たちの微弱な魔力を足さないといけないくらい」


「それは俺もわかってる。末端の俺たちの未熟な魔力量を補うためにローブへの刺繍は必要だってことは。俺が言いたいのは、今日中にやれっていきなり言われたこっちの身にもなってほしいって言ってるんだ。俺、裁縫は苦手なのに」


「………だから、裁縫が得意なあいつにやらせてるんでしょ?俺たち具合悪いからって言って」


「ははっ、確かに。ほんと、感謝感謝だ。こういうときに便利なんだよね、あいつ。」


「でもさ、今回ばかりは今までみたいに仕事を丸投げしてることがバレたらちょっと面倒かもしれないね」


「おいおい、俺らは別に強制したわけじゃないし、したこともない。そもそも、嫌なら嫌って言わないほうが悪いんだって」


「まぁ、それも言えてる」


あいつってもしかしてリオン君のこと?


「いつも思うけど、ほんとあいつって単純というかワンパターンというか。あの話題を出したら、すぐに自分がやるって言うんだからさ」


「もう定番になってるしね」


あの話題?


「お前はどう思う?あの噂」


「事実に違いないって。だって態度があからさまなんだから。お前、気づいていていたか?今日大司教様があの二人を帰還されるって聞かされた時のあいつの表情と態度を」


「ああ、俺もチラッと見た。すっごい、そわそわしていた。あの様子から察するに、あの二人に知らせていないみたいだ」


「言えばいいのにさ。そういうところがあいつらしいし、そういうところが気に喰わないんだよね」


「まったくだ。最後の最後までいい子ぶるつもりなのかっての」


あの二人がさっきから話している『あいつ』とはリオン君で間違いないだろう。

あの話題?噂?そわそわ?


「一体、なんのことだろうね………………って夏芽?」


立ち聞きに飽きたらしい夏芽はスタスタと二人に近づいていった。


「ま、たしかにもう十分か」


私も夏芽の後を追う。


「あの性悪双子の顔を見るのも今日で最後が。ほんとせいせいする」


「ずっとあの二人を見かけるたびにビクビクしていたからな。今度の双子はもっと大人しくて、神官の言うことに黙って従う―」


「おい」


「「!?」」


夏芽に呼び止められた二人は殊更ゆっくりと顔の向きを変えた。


「ひっ、あ………あの」


「い、今の聞いて」


「ねぇ、お二人さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


二人は私たちの姿を捉えると、ガクガクガクガクと震えだし、青ざめていった。


早く日本に還りたいとは思うけどちょっと名残惜しいかも。もう、異世界人のこんな面白く怯え切った表情を見るのは今日で終わりかと思うと。


私は今にも泣きだしそうな二人の神官見習いの顔をパシャリとスマホで撮った。

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