第17話今度は私たちのほうが何も言えなくなった
王宮に帰ると、早々私たち双子は王座の間に来るよう呼ばれた。
大人数がかりで片付けを急いだみたいで、王座の間は綺麗に片付いていた。
「つい先刻、城下町で騒ぎがあったと報告がありました」
目の前にいるのは相変わらず化粧を塗りたくっている女神官。女神官は顔を引きつらせながら私たちを交互に見ている。
「双子の少女と成人男性3人の乱闘騒ぎがあったと」
「へぇ~、それはそれは。大変なことがあったんだねぇ」
「本当に酷い騒ぎだったようです。なんでも一人は再起不能になるまで一人の少女に一方的に殴りつけられていたとの証言があります」
「うっわぁ、かわいそう、その人」
「………………どうしたんですか?その右手」
女神官は腫れが引いていない私の右手を指差した。
「あ~、これ?転んじゃったんだよね」
「そうなんですか?そこだけ赤く腫れあがっているなんてずいぶんおかしな転び方をしたんですね?」
「そうなんだよ。あんな面白い転び方をしたのなんて初めてだったよ」
「うふふ」という女神官のわざとらしい笑みに私は「あはは」とした笑みを返した。
女神官が笑みを作れば作るほど空気が張り詰めていく。
「こういう証言もあります。なんでもその双子の少女からその三人にひどい因縁をつけていたと」
「え~、それは違っ………………あ」
「うふふふ」
「あはは」
「………………」
「………………」
しばしの沈黙。そして沈黙と共に瞬間的に凍り付く周囲の空気。
シオン君、ちゃんと言ってくれなかったのかな?
まぁ、あの時のシオン君はすごく動揺してたしねぇ。ちゃんと言えなくてもしかたないか。
子供なんだから、そこは責めたら可哀想だね。それに、元々私たちのほうから因縁を付けようと思っていたしね。
女神官は今にも爆発しそうな思いを必死で抑え込むかのようにぶるぶると震えている。
おっ、また爆発するか。
「………………眠い」
バッと視線が夏芽に集まる。ピリピリとした空気の中をまったく意に介さないような暢気な一言だったからだ。夏芽は大きなあくびをすると、首をコキッと鳴らす。
女神官は大きく息を吸い、吐く動作をする。
夏芽の場に似つかわしくない一言で逆に冷静になれたのか、震えが消えた。
「ねぇ、私らってまだ還れないの?今日中ってやっぱり無理?」
「こちらとしてもあなた方二人を一刻も、迅速に、素早く、さっさとお還ししたいんです。しかし、どうしても今日中にはお還しすることは難しいです」
あ~、やっぱり無理か。
この様子だと帰還に重要な核となる大司教はまだ、目が覚めていないんだな。
私は眠そうにしている夏芽を見る。
夏芽、ちょっとは責任感じたら?
夏芽がブン殴っちゃったから大司教は目が覚めないんだよ?還れないんだよ?
ネット社会に還れないんだよ?
せめて、もうちょっと私に対して申し訳なく思っても罰は当たらないと思うんだけど?
「まだ、大司教様がお目覚めにならないので―」
「副神官長様」
後ろに控えていた神官の一人が女神官に声をかけた。
「たった今報告がありました。大司教様の意識が戻ったようです」
「それは、本当?」
女神官の顔が一瞬でぱぁっ、と明るくなった。
「マジかい」
明るくなったのは女神官の表情だけではなく、私の心もだった。
私は肘で隣にいる夏芽をつつく。
「夏芽、眠たがってる場合じゃないよ?大司教の目が覚めたって」
私の言葉を聞いた途端、ずっと眠たがっていた夏芽の意識が覚醒した。
◇◇◇
私と夏芽と女神官はさっそく、大司教の部屋まで来た。
さすが大司教。国のトップに近い役職ともなると扉だけでも豪奢なんだね。
「大司教様、私です。入ります」
女神官は扉の前でも謙虚な態度でいることを忘れなかった。
姿勢を正しながら扉に手を掛け、体を半分部屋に中に入れる。
私も女神官に続こうとしたとき、ピタッと足を止めた。
「夏芽はここで待ってて。また、殴っちゃったらヤバイでしょ?」
「………………」
「抑えられる自信ある?」
夏芽は心底面白くなさそうな顔をしながら、ぷいっと顔を背けた。
改めて、私も部屋の中に入ることにした。
「失礼しますよ」
大司教は私たちがいる賓客の間よりも一段と広い部屋の窓際に配置されているベッドにいた。大司教はヘッドボードにもたれながら、ぼんやりと窓から外を見ている。
「大司教様」
女神官が優しく声をかけると大司教はゆっくりと顔を前に向けた。
「あ、あの………どうも、こんにちは」
私は一歩前に出る。
「………………」
大司教は何も言わない。ただ、じーと私を見ている。
「あの………」
いいよいいよ、貶したいならいくらでも。
“どうして、あんな酷いことを”
“いくらなんでも、殴るなんて”
“あなた方なんて聖女じゃない”
“
うん、大丈夫。部屋に入る前にシミュレーションしていたから。
ムカッとするだろうけどこれも無事に還るため。
ちょっとぐらいは我慢しよう。
じっと虚ろな目で見続けた大司教はゆっくりと口を開いた。
「君たちは誰だ」
「「………………………は?」」
私と女神官の声が見事なまでに重なった。
「私は誰だ」
「「………………………」」
今度は私たちのほうが何も言えなくなった。
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