第15話ぷつっ

「ぐふっ、な、なんだ一体!」


黄信号は何が起きたのかわからず、呆然とみぞうちを押さえる。そして、膝蹴りした張本人の夏芽の顔を確認して、ぎょっとした顔を見せた。


「な、なんだお前ら、同じ顔?」


「双子かよ」


ぎょっとしたのは黄信号だけではなく青信号と赤信号も同じ顔をして、夏芽を見据えた。唯一、リオン君だけはぎょっとした顔ではなく、呆けた顔で夏芽を見つめている。


あ~あ、あと3秒蹴るのを待っててほしかった。もうちょっとで人間信号機が撮れていたのに。

夏芽が来ちゃたなら、しかたがない。人間信号機はあとで撮ろっと。


「夏芽、市場は一通り見て回ったの?マヨネーズは――」


瞬間、鬼の形相で睨まれた。


「なかったみたいだね」


う~わ、めちゃくちゃキレてる。


それにしても、いきなり膝蹴りとはね。どんだけ、ブチ切れているんだ。


夏芽、わかっていると思うけどそいつは大司教じゃないよ。

髪型と髪色がそっくりな別人だよ。


………………そんなの言うまでもないか。


夏芽が黄信号を殴ったのは決して、リオン君がかつあげされていたからとか、ゴロツキだからとかの理由じゃない。現にリオン君がいることにまったく気づいていないっぽいし。


召喚された直前の喧嘩も不完全燃焼だったからね。あんな喧嘩の終わり方って早々ないし。

長髪の金髪男も見ると、思い出すんだろうな。イライラもやもやを。

しかも、大司教は私らが召喚された元凶の一つだしね。あのときのことも相まって、夏芽の中で長髪の金髪男は殴らずにはいられない存在になってるんだろうな。


まぁ、殴らずにはいられない感覚はわからなくはないけど。


「このっ、なめやがって!」


信号機トリオが完全な戦闘態勢に入った。


やった、異世界初の喧嘩動画が撮れる。


さっそく、私は動画に切り替え、シャッターボタンをタップした。


最初に前に出た赤信号の右手が夏芽の顔面を殴ろうと腕を振り上げた。速く、喧嘩慣れしている動き。しかし、私たちもそれなりの場数を踏んでいる。特に夏芽は。

夏芽は赤信号よりも早い動きで一気に間合いを詰め、赤信号の顎にアッパーカットを入れた。赤信号は口を押さえ、悶えている。


うん、あれは痛いな。


青信号は夏芽がただの女子ではないと嗅ぎ取り、青信号の敵意が私に移る。

青信号は私を捕えようと突進してきた。私はそれをヒラリとかわし、足を引っかけてやった。予想通り、青信号は勢いよく前に転げていった。


もちろん、その様子もばっちり撮影している。


「無理な注文だと思うけど私、夏芽の喧嘩動画が撮りたいの。私じゃなくて夏芽と喧嘩してくんない?」


なんて、聞いてくれるわけないけど一応言ってみた。


青信号は派手にすっ転んだため、立ち上がりが少し遅い。

私は再び、スマホを夏芽のほうに向けた。


夏芽は口を押えている赤信号に容赦なく、わき腹に蹴りを入れた。


「ぐはっ」


あれも痛い。

赤信号は悶えながら右手で口を、左手で脇腹を抑えた。


あれ?そういえば黄信号はどこだ。


私はフレームから視線を外し、確認しとうとした時だった。


「動くな!」


いつのまにか、黄信号は私の後ろに回っていたらしい。私は黄信号にがっちりホールドされてしまった。黄信号は右手で銀のナイフを私の目の前でちらつかせている。


あっちゃー、油断した。


ちょっと撮影に夢中になり過ぎた。

私は動画を停止した。


「動くなって言ってるだろ!」


「ああ?」


黄信号の命令口調に夏芽は不快そうに振り向く。

夏芽は赤信号の胸倉を掴み、今にも顔面を潰そうと握り拳を振りかざそうとしていた。


「やっほー、夏芽」


私は軽く夏芽に手を振った。


「おい」


「ごめんごめん、でもこういうのってけっこう久しぶりでウケるね」


「ああ?五日前にもあっただろうが」


「ああ、確かに。それほど前にでもなかったね」


「わざとやってのか、それ」


「わざとってわけでもないんだけど」


「いちいち気にすんの面倒くせぇ、って言ったの忘れたのか」


「いやいや、忘れては………………ごめん、正直忘れていた」


「ああ?」


「ごめんて。わかったわかった、ちゃんと自分でなんとかするから。ていうか、離してあげたら?その人マジで死ぬよ?」


夏芽と言い合っている間、夏芽は赤信号の胸倉を掴んだまま、ゆらゆら強く揺さぶっていた。そのせいで赤信号なのに、顔が青信号の頭みたいに青くなっている。


「ふん」


夏芽はつまらなさそうに赤信号の胸倉をぽいっと捨てる。


「お、お前ら、ふざけやがって!」


黄信号の声が怒りに震えているのがわかる。

そりゃそうか。黄信号の行動に私ら、まったく動揺する素振りを見せていないから。


「どうなるか、わかっているんだろうな!」


黄信号がナイフをピタッと私の首筋に当てているのがわかる。


この際だから、聞いてみようかな。


「ねぇ、マヨネーズって知ってる?」


「ああ?マヨ?何だそれ?何言ったんだ、てめぇ!」


「あ~、やっぱりなかったか」


ますます夏芽の機嫌が悪くなるだろうな。いや、もう悪くなってるし。

今の黄信号の発言が夏芽にも聞こえていたみたいだね。目が完全に据わっちゃっているよ。


なんて、可愛くて面白い顔なんだろう。


いつのまにか、立ち上がっていた青信号がにやにやしながらこちらにゆっくり歩み寄ってきていた。


面倒くさくなる前にさっさと抜け出すか。

私は黄信号の足のつま先に踏みつけようと足を軽く上げた時だった。


あ、そうだ。こういう状況の自撮りって撮ったことがないんだっけ。

しかも、ここは異世界。


一枚撮っちゃおう。


「おい、さっきから思ってんだが、なんだその道具は?まさか、武器か?」


答える義理もないし、「スマホ」の説明なんてイチから説明するのも面倒くさい。

よし、2秒で撮る。


私はインカメラに切り替えた。


「なっ、なんだそれ、鏡か?」


切り替えたカメラには首筋にナイフを当てられた私と、カメラに動揺する黄信号が顔が映っている。よし、アングルもばっちりだ。


私は一枚パシャリと撮る。

よし、撮れた。


「な、なんだ今の音?やっぱり武器だったのか?気色悪いっ」


パシッ。


音に驚いた黄信号は掲げていた私のスマホを強めに払った。


「………………は?」


払われたスマホは地面に落ちた。カシャーンと嫌な音が響く。

私は5秒ほど無言でスマホを見つめた。スマホは画面が下になったままなので、故障しているかどうかわからない。


故障?私のスマホが?


ぷつっ。


私の中の何かが切れた。


「あ」


夏芽が思わず上げた声が私が覚えている最後の記憶だった。

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