詩想士魂

今村広樹

本編

 かれのことを語るものは、詩の神様の恩寵ギフトがそのまま身体に宿ったようなやつだという。

 名前を空井そらい竜二りゅうじといった。秋月あきつき国の貴族に仕える下級武士である。

 例えば農村の秋を

『機織りの主婦が泪を流し、旅人が哀れをもよおす』

 と、詠う。ひとたび感情が動くと、自然と詩が出るような、天性さいのうというものがあった。

 容貌や雰囲気については

『メスの仔猫みたいだった。とても小さくて、でも実際会うと気迫で圧倒するようなやつだった』

と、伝えられる。

 さて、この時期の秋月国は革命の時代である。革命を主導していた連中をよくおもってなかった竜二は

「やつらは正規軍ではなく私兵です。やっつけてやりましょう!!」

と、呼び掛けるが

「いや、それでもあちらさんの方に大義名分があるから、無理だよ」

と、相手にされない。

 それを嘆いて、また周囲まわりに受け入れられない孤独感からかれはこう詠った。

『花をみれば、緑は潤い、紅はしっとり。まるで楊貴妃の泪の後のようだ。何が悲しいの?と、訊ねても花は黙ったまま答えない』


 やがて、革命がなり、議員となった竜二は

「政府の連中は腐っている。なぜこんな不正が直されないままなのか!!」

と、発言を求められる度に、そんな過激なことばかり。

 議長の

「静粛に、静粛に!!」

 声も聞こえない大騒ぎを起こすので、ついに辞めさせられてしまった。

 かれは壁にスプレーで

『天の扉はカメの口より狭い』

と、書いてその場を去った。

 つまるところ、竜二は革命はおかしい、自分が思っていたではないと思っていた。


 やがて、クーデター計画が発覚し、竜二も連座して捕らえられた。

 判決は斬首刑と決まり、そのまま牢獄でその日まで待つことになった。

 かれは、ただ死を迎えいれるがように、平静であったという。

 斬首当日。

 首を斬る担当は、その道のベテラン、浅野与左衛門。

 浅野はその時のことを回想して

「死が近づいたら、普通は取り乱すものだけど、かれだけは平静だったよ」

と、語っている。

 竜二は、その死の間際まで、なにやら詠っていた。それはこんな詩である。

『ここは俺の独壇場だ。昂然と頭をもたげて、ちっとも怖くない。血のこびりついた穴、ただ氷刃な首を断とうとしているだけ』

 その詩も、浅野の刃によって断ち切られた。

 その刃は竜二の首に触れ、真っ暗な忘却が訪れる。

 享年25歳。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

詩想士魂 今村広樹 @yono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ