スパイ?

 派閥会議を行った翌日。


「おい! 何してんだよ!」


 朝から相澤の怒声が拠点に響き渡っていた。


「私たちが何をしようと、あんたに関係ないでしょ!」

「え? 引っ越しだよ」


 相澤に怒声を浴びせられているのは、アキ、ミユ(塩谷)、アコ(野村)、ユウコ(菊池)の4人だ。4人が寝床を撤去しているのが相澤は気に入らないようだ。


「引っ越しってどこに行くんだよ!」

「ハルの隣」

「私たちはアキに付いていくだけよ!」


 相澤に凄まれたアキだったが、臆することなく答える。


「ハル? ……松山か! 何で松山のところに行くんだよ! 守って欲しいならお、俺が守ってやるよ!」

「あ、大丈夫です。私は小さい頃からずーっとハルと一緒にいたのでお構いなく」


 最後に気持ちの悪い照れを見せる相澤であったが、アキはそっけなく断りをいれる。


「な!? てめー人が優しくしていたら付け上がりやがって……俺を誰だと――」

「相澤! 何をしている!」


 顔を真っ赤にさせて怒声をあげる相澤だが、佐伯が声をかけるとバツが悪そうに下を向く。


「と、冬ニか……。いや、こいつらがよ……調子に乗ったことを言っていたからよぉ……俺は風紀が乱れないようにビシッと……」

「は? あんた何言っているのよ? いつ、私たちが調子に乗ったのよ?」


 佐伯へ必死に言い訳をする相澤に、好戦的なミユが食ってかかる。


「あん? てめー誰に――」

「佐伯君、ちょっといいかな?」


 これ以上の揉め事は御免だ。俺は相澤たちを素通りして、佐伯へと声をかける。


「松山か……。何だ?」

「てめー、何を勝手に冬ニに――」

「相澤!!」


 俺に対して戦闘態勢に入ろうとした相澤であったが、佐伯が一言で制圧する。


「ちょっとこっちいいかな?」


 俺は佐伯を相澤たちから少し離れた位置へと手招きする。


「佐伯君は知ってるのかな?」

「何をだ?」


 俺は小声で佐伯に話しかける。


「相澤たち――相澤、村井、内海、木下が何をしたのか?」

「何をしたんだ?」

「セクハラとパワハラ。具体的にはユウコ……菊池さんの胸を触って、塩谷さんを力任せに口説いた。他にもあるけど、聞きたい?」

「チッ……あいつら……勝手な真似を……」


 相澤たちの悪行をチクると、佐伯は苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをする。


 やはり、相澤たちの暴走を佐伯の知らなかったか。佐伯が相澤たちの暴走を知っていたなら――クラスを完全に支配下に置いたと認識していたなら、俺とナツに対しても何らかのアクションをとったはずだ。


 佐伯は、俺とナツは腫れ物のように扱い、隔離しようとしている。これは、佐伯の支配がまだ準備段階であることを示していた。


「昨日、幼馴染の辻野さんから相談受け、辻野さん、野村さん、塩谷さん、菊池さん、それと……相澤に邪険にされた馬渕と山田は今日から俺とナツの寝床の隣に移動することになった。別に佐伯君に断りをいれる必要はないが……一応聞いておくね。問題あるかな?」


 佐伯が本当にクラスを支配しようとしているなら、問題はあるだろうが……それを口に出すことは出来るかな?


「いや、ない。相澤たちが迷惑をかけた」

「別に佐伯君が謝ることじゃないよ。ただ、相澤たち――『覚醒者』の態度に一部のクラスメイトたちは不満は募らせている。その事実だけは伝えておくよ」

「忠告感謝する」


 佐伯は短い一言の謝辞を述べると、相澤の方へと立ち去っていった。


「ハル、大丈夫だった?」


 佐伯が立ち去るとアキが心配そうに駆け寄って来た。


「大丈夫、問題ない。それよりも、引っ越しを済まそうか。俺も手伝うよ」


 その後、アキたちと共に寝床の拡張をしたのであった。



  ◆



 今朝の騒動から3時間後。


 簡易的ではあるが、寝床の拡張が完了。寝床といっても、木の枝を用いた骨組みに葉っぱやジャージなどの使っていない服を被せただけの簡易的なテントだ。


 要らぬ誤解を避けるため、男性組の寝床の横に、女性組の寝床を作ってある。


「俺たちは散策に行ってくる! お前たちはしっかりと食料を――」

「相澤! 俺たちは周辺に魔物がいないか調べてくる。みんなは、食料の確保を頼む」


 上から物を言おうとする相澤を佐伯がすかさず制止する。


 先程の忠告が効いたのだろうか?


 しかし、間抜けな仲間を持つと大変だな……。


 佐伯の真意は不明だが……俺は相澤アホを仲間にした佐伯に同情する。


 さてと、佐伯たちが消えるのは都合が良い。俺は昨日の話し合いをしようと思ったが……


「松山君、私も食材集めにご一緒してもいい?」


 招かざる客――佐伯派である【料理人】の宮野さんが訪ねてきた。


「ご一緒って……俺と?」

「う、うん」

「食べられそうな植物とかを拾うだけだよ? リクエストがあるなら、それっぽいのを探してはみるけど……」

「ううん、私も一緒に行くよ」


 俺はやんわりと断りを入れるが、宮野さんは頑なに付いてこようとする。


「別にいいけど、何で?」

「え? 何が?」

「何で俺と一緒に行くの?」

「え、えっと……それは、アレだよ! 松山君なら危なくなっても守ってくれるでしょ!」


 理由を尋ねると、宮野さんは焦ったように早口で理由を話す。


 これは……スパイか?


「うーん……俺はあの日以来一度も戦闘していないから、頼りないよ? それでもいいなら、どうぞ」

「うん! よろしくね!」


 頑なに断るのも怪しまれると思い、俺は宮野さんの要望を受け入れることにした。


「んじゃ、ナツと準備をするから少し待ってて」

「え、あ!? 私も準備を手伝うよ!」


 宮野さんをその場で待たせてナツのところに行こうとするが、宮野さんは俺から片時も離れる気はないようだ。


「準備と言っても話し合いだよ? どこをまわるとかの?」

「うん、私も話し合いに参加するよ!」


 目を離すなとでも言われたのだろうか? 宮野さんは俺の後ろをピッタリと付いてくる。


「ナツ」

「ハル! ……と、宮野さん?」

「何か俺たちと一緒に食料を探しに行きたいらしい」

「宮野さんが……ハルと?」

「らしいよ。で、今日は昨日決めたメンバーで手分けしてまわろうか」

「……?」

「ほら、昨日決めただろ? 俺はアキと二人で。ナツは山田と馬渕とアコ、ミユ、ユウコの六人で二手に分かれるって言ってただろ?」


 俺は咄嗟の作り話をして、「頼む……通じてくれ」と祈る気持ちでナツに視線を送る。


「え、あ、あぁ……そうだった。ごめん、ど忘れしてた」


 俺の祈りが通じたのか、ナツは話を合わせくれた。


「んじゃ、みんなを呼んで……ってその前にナツいつもの行こうぜ」

「ん?」

「え? どこに行くの?」


 俺はナツを誘い出すと、間髪入れずに宮野さんが尋ねてくる。


「え、えっと……おしっこ」


 人前でおしっこと言うのは恥ずかしいが、男子高校生が“連れション“をするのは自然な流れ。俺は恥を忍んで、ナツを誘い出した理由を告げる。


「お、連れションの誘いか!」


 そして、ナツは何故か嬉しそうに誘いに乗る。


「そういう訳だから、ごめん。ちょっと席を外すね」

「え、あ、う、うん……」


 宮野さんも流石に連れションには参加しないようだ。


 何とか宮野さんからの監視を一時的に逃れた俺はナツと共に森の奥へと移動するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る