ハル派

「え? 辻野派って……なに?」


 俺がノートで作成したクラスメイトの名簿を見て、アキが表情を曇らせる。


「便宜上だ。塩谷さんと野村さんとは仲良いだろ?」

「うん……みゆちゃんとあこちゃんは同じ陸上部だから仲は良いけど……辻野派とかじゃないよっ!」


 アキは、俺が辻野派と書いたのがよほど気に入らないみたいだ。


「獅童派は俺だけなのか……」


 アキに対してナツは獅童派と書かれた名前が自分だけなのに軽くダメージを受けているようだ。


「んー……じゃあ、これでいいか?」


 俺はノートに書いた自分の名前(松山春人)の備考欄に『獅童派』と書き足す。


「ハルがいるだけで俺は十分だ! しかし、正確にはこうだな」


 ナツは俺のノートの自分の名前(獅童夏彦)の備考欄に記載してあった『獅童派』の文字を二重線で消して『ハル派』と修正する。


「あ、それイイね! 私も、私も!」


 続けてアキも自分の名前(辻野秋絵)の備考欄に記載してあった『辻野派』の文字を二重線で消して『ハル派』と修正した。


「何でそうなるんだよ……」

「便宜上……?」

「そうだな。便宜上ならハル派でも問題はないな」


 俺がため息を吐くと、アキは首を傾げ、ナツは満足気に何度も頷く。


「まぁ、どうでもいいか……。それより、本題に入るぞ」


 俺が真剣な眼差しをアキとナツに向けると、二人も笑みを消して真剣な表情になった。


「今の状況をどう思う?」

「今の状況って……ここに飛ばされた状況のことじゃないよね?」

「あぁ……今の俺たちの置かれている状況――端的に言えば、佐伯たちのグループのことだ」


 俺は、二人も薄々気付いていたであろう本題をズバッと口に出した。


「んー……佐伯君と言うか……相澤君たちに不満は感じているかな……」

「相澤、内海、木下の言動を不快に感じているクラスメイトは多いな……」


 俺の問いかけに、陰口のようで後ろめたさもあるのか、二人は小さな声で答えた。


 ナツの言った、相澤、内海、木下の態度は日に日に横柄になっていた。そして、その3人の手綱を握っているはずの佐伯は静観に徹していた。


 佐伯の望みが、魔物を倒した者――『覚醒者』が優遇されるコミュニティを作りたいのならば、問題はない。いずれ、クラスメイト全員が『覚醒者』になるだろうから……。


 しかし、先日『覚醒者』になった【料理人】の宮野さんと【魔導師】の北川の両名は……どこか媚びるように佐伯たちに接していた。


 相澤の言葉を借用するなら――『誰のお陰で能力を得られたと思っているんだ?』


 相澤たちの態度を目にすると、あいつらの力を借りずに【適性】と【特性】を得られて良かったと、心の底から感じる。


 まぁ……あいつらが調子に乗っている原因は……十中八九ランクアップだろうな。


 相澤のアホを鑑定すると……、


『種族  覚醒者

 適性  魔闘士

 特性  なし

 ランク E

 肉体  E++

 魔力  F

 スキル 

     魔闘(E)

     →ファイヤーフィスト

     →アイスフィスト

     →ウインドフィスト

     →アースフィスト

     →チャージアップ 』


 鑑定で見える能力――"F"と"E"にどれだけの違いがあるのかは不明だが……あれだけ調子に乗って、ナツにまで反旗を翻すのだ。体感出来るレベルで能力は上がっているのだろう。


 Eランクね……。どれだけの魔物を倒したらランクアップ出来るのだろうか?


 確かなことは……このまま佐伯たちと力の差が開くのはよろしくないと言うことだけだな。


「アキ、ナツ」

「何ー?」

「何だ?」

「俺に力を貸してくれないか?」

「えっ? 今更?」

「ハル、何を言っている?」


「「俺(私)はいつでもハルの味方だ(よ)!」」


 二人の言葉が見事にシンクロすると、二人は顔を見合わせて笑い合う。


「それで、何をしたらいいの?」

「何でも言ってくれ!」


 二人は前のめりに俺へと迫る。


「二人は今の体制――佐伯のグループに不満を持っていて、且つ二人が信用出来るクラスメイトを集めてくれ」

「うんうん」

「なるほど」


 二人は俺の言葉に何度も頷く。


「そして、二人の言葉を借りるなら――ハル派を立ち上げる!」


 ナツ派と言おうとしたが、その先の展開が読めたので俺は嫌々自分の名前を出した。


「ハル派……っ! その派閥は最高だが……ハル派と言うことは……つまりは……」


 ナツは一瞬目を輝かせるが、次第に表情が曇らせる。


「場合によっては佐伯のグループとたもとを分かつ」

「やはり……そうなるのか……」

「クラスのみんなで仲良くするのは、やっぱり無理なのかな……」


 俺の答えに優しい二人は表情が暗くなる。


「佐伯が……クラスのみんなで生き残る未来を模索し、その方法が正しく、みんなが納得するなら……俺も従うよ」


 しかし、その可能性は低いだろう。


 俺は最後に続く言葉のみ心の中で呟く。


「とりあえず、どういう状況になっても対処出来る体制は整えたい。下手にこの動きが露呈すると、不要な争いになるかも知れない。だから、2人は信用出来るクラスメイトを少しづつ引き入れてくれ」

「うん、わかったよ!」

「任せろ!」


 異世界の森の中。俺は自分の名前が付いた派閥――ハル派を立ち上げることにした。

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