第89話 宣託の導師(14)
王都、レコンキングス。その中心にある王城の最上部、そびえる三つの塔の中央に位置する塔に作られた玉座の間。アルハンドラ=レコンキングスは一人玉座に座り届いた文書を確認しているところだった。街での出来事の報告、住民からの要望、海外の大陸からの手紙、内容は様々だ。一頻り読み終えたレコンキングス王が玉座にもたれかかったその時。彼の頭に据えられた王冠が、ビキリ、と音を立てる。レコンキングス王は訝しみながら王冠を取り外しその外観を見た。そうして、その異常にすぐに気づく。
王冠はビキビキと音を立てながら欠片のようなものに変換されていった。その現象を、アルハンドラ=レコンキングスは知っていた。すぐさま王冠を赤い絨毯の上へ投げ捨てる。王冠が地面に落ちるより先、バチッと派手に閃光を放ち欠片となって砕け散る。飛散すると思われた欠片は急速に引き戻され人型を形作る。
「貴様……」
レコンキングス王は忌々しげに呟いた。閃光が収まり、人型がゆっくりと絨毯へ一歩を踏み出す。金の髪が揺れる。
「ふむ、成功だな。やはり王都のそれと寸分違わぬ構造をしていたようだな。おかげで何の障害もなく転送できた」
「マコト=ゲンツェン……!」
悠々と玉座の前に立った女性、マコト=ゲンツェンは睨みつけるアルハンドラ=レコンキングスの視線など気にすることもなく笑みを浮かべる。
「やあ、久しぶりだなアルハンドラ。今はレコンキングス王、が正しいか?どっちでもいいが」
「ーー何をしに来た、マコト=ゲンツェン。最後の導師よ」
レコンキングス王の言葉にマコトは肩を竦める。
「おいおい、私の前で今更そんな取り繕いはしないでくれよアルハンドラ。私もお前も、この世界で役を演じるのは筋違いだろう?」
「……質問に答えろ、何をしに来たマコト」
アルハンドラの声が変わる。王としてのそれではなくアルハンドラ個人として、マコトと相対する。マコトもまた、それに満足そうに頷くとメガネを持ち上げ腕を組む。
「理解はしているだろう?私は、お前を殺しに来たんだ」
「……なぜ今更殺すんだ。殺そうと思っていたならもっと早い段階で出来ただろう。そう、1百年前にお前が導師を皆殺しにした時にでも」
アルハンドラは思い起こす。マコト=ゲンツェンはかつて、協力者を突如皆殺しにした。アルハンドラ一人を除いて。圧倒的力の前に、なす術はなかった。あれは、虐殺だった。
「あの時言っただろう。お前に与えた力をもって世界を変えろと。百年待ったが、お前は何をした?ただ魔術があるだけの、つまらない人間の世界を再現しただけだ。私はそんなことのために魔術を渡したわけじゃないのに」
「ーーそもそもこの世界はそのために作られたのだ。私達の世界に変わって住んでいける世界として……」
「ブループロメテウス計画か。そうだな、確かにそのために作られた。だがこの世界をどうするのか決めるのは私やお前、別世界の人間じゃあない。この世界の生き物たちだ。そうだろう?」
カツン、と足音を響かせてマコトが一歩玉座へと近づく。アルハンドラは咄嗟に右手を翳す、が。瞬時に発動するはずの魔術は起動しない。
「無駄だよ。お前のもっていた王冠、アレに組み込まれていた魔術制御装置は壊しておいた。今のお前には魔術が使えない」
また一歩、マコトが迫る。アルハンドラは玉座に座り込んだまま動かない。否、動けない。下手に逃げればその瞬間に殺されるのがわかるからだ。
「この世界最後の旧知だ、言い残したい言葉があるなら聞いてやる。ああ、伝え残すかは別だが」
「……どうせそんなつもりはあるまい」
アルハンドラの言葉にマコトはにまり、と口角を持ち上げる。アルハンドラの目前に迫ったマコトが口を開く瞬間、動きが止まる。
コツン、と。マコトの背に小石があたった。振り向いても、人影はない。訝しむマコトの足に、くしゃりとねじれた絨毯の端がへばりつく。
「……何をした」
「お前ほどデタラメはしていないさ。ただ、私の力を移しただけだ。重力制御の、な」
アルハンドラの言葉と同時、玉座の間のあらゆるものがマコトへと吸い寄せられてゆく。
身動きの取れなくなってゆくマコトにアルハンドラは思わず笑みを浮かべる。アルハンドラ=レコンキングスに使える魔術とは別の力、それが重力制御だ。それゆえに王城は建築方法や機構に頼らずアルハンドラの意思で動かせる。彼はその重力の中心をマコトへ移動させ一気に力を強めたのだ。結果あらゆるものがマコトへ引き寄せられることになる。
(私自身は影響を受けない故死ぬことはない、が……)
しかし一定範囲から離れれば力は使えない。マコトから離れずにいる必要があった。とはいえ剥がれたレンガや壁面までがマコトに吸い寄せられ衝突している。このまま耐えればマコト=ゲンツェンとて圧死は免れないだろう。
「成る程、そういう手できたか」
しかし、重力場の中心からいまだ聞こえた声があった。アルハンドラは瞬時に重力場を強める。影響は玉座の間にとどまらず、隣にそびえる二本の塔まで引き寄せ始めたが、それでもなおマコトの声は聞こえてきた。
「別世界から持ち込んだ技術か。そんなものに頼り続けているから、この世界でお前の居場所はないんだ。なぜ誰も彼も、終わったことにしがみつく」
「ッ……!黙れ!」
焦りが声となりアルハンドラは叫ぶ。さらに力を強めようとするが、その時信じがたいものを見た。
「断る。この世界で、私に命令できるものなんてないんだよアルハンドラ」
言葉とともに、突如重力場がかき消える。ガラガラと音を立ててマコトの周りに引き寄せられていた物が転がる。悠然と立ち上がったマコトは玉座から動いていないアルハンドラを冷たく見下ろす。
「さて、手詰まりか?随分あっけないな。だがお前らしい……」
左手を伸ばしたマコトが何かを唱えた刹那、玉座の間が激しく揺れた。
「今度はなんだ……?」
マコトがずれたメガネを持ち上げると同時に玉座の間の扉が開かれ門番をしていた騎士が飛び込んでくる。
「ほ、報告します!城門に突如船が突撃!侵入者が現れた模様で……こ、これは一体!?」
報告をした騎士は部屋の荒れように狼狽し、ついで玉座の前に立つ人物を見てすぐに剣を取る。が、それが抜かれる前に、彼の体は後ろに倒れ伏した。
「……悪運は相変わらずだな」
視線を離した数秒で消えたアルハンドラに悪態をつきながら、マコトは大穴の空いた玉座の間の壁から城門を見下ろす。そこには確かに門扉を突き破った黒塗りの船の姿が見えた。
「あれは……ふふ、そうか。お前か」
マコトの口角が上がる。先程とは違う、楽しげな笑みを浮かべたままマコトはその場を後にした。
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