第88話 宣託の導師(13)
その日の早朝。マコト=ゲンツェンは王都から少し離れた街、マウリアの隣街であるプレイシタへ来ていた。マウリアから徒歩で三日、途中寄り道をしたりしながらだったから予定より遅れていたが、なにも問題はない、と彼女は余裕をもって街の大門へ向かった。
「ん……旅のものか?許可証を拝見させてもらおう」
眠そうにしていた門番がマコトを見てすぐに姿勢を正す。低く作った声でそう言われたマコトは肩を竦めてみせた。
「おや、街に入るだけなのに許可証がいるのか。随分厳重なんだな?」
「ここはプレイシタ、王都騎士団の拠点でもあるのでな、出入りには王都騎士団の許可証が居る。持っていないなら通すわけにはいかん」
片手に携えた槍で地面をコン、と叩いて見せる門番に、マコトはメガネを持ち上げながら答えた。
「ああ、問題ない。お前が許可証を確認する必要はすぐなくなる」
「何……?」
門番が警戒を強めて槍を構えようと右手を持ち上げるーーよりも早くマコトの左手の甲が門番の腹にめり込む。瞬きよりなお早い裏拳を打ち込まれた門番は気を失い倒れ伏す。
「私の行く先を誰に許可してもらう必要もないからな」
倒れた門番へ一瞥をくれることもなくマコトは大門を片手で開く。と、門の開閉操作を行うために待機していた兵士たちが、異変に気づいてすぐさまマコトの前に立ち塞がった。
「何者だ貴様!何をした!」
「怒鳴るな、喧しい」
そう呟いた瞬間、声を発していたはずの兵士の上体がまるごと消えた。ドサリ、と音を立てて兵士の下半身が地面に転がるまで、辺りを静寂が包んでいた。
「……ああ、しまった。また無意識にやってしまったか」
つまらなそうに、マコトは呟く。そして響く怒号、悲鳴。錯乱気味に切りかかってくる兵士たちを相手に、マコトは歩を止めることはなかった。突き出される槍も振り下ろされる剣も、放たれる魔術もマコトに触れることなく消滅していく。
彼女はただ歩く。目的のものがある場所まで、ただ歩いているだけだった。彼女の通った後にはただ、燃え盛る炎に包まれるプレイシタの街と動かなくなった人々の姿だけがあった。
「さて。これ、だな」
自分の周囲のものになど一切気にせず、マコトは目的地に辿り着いた。プレイシタの中心にある王都騎士の要塞、その最深部で保管されていた王の冠である。遠征する王都騎士団に年に数度、レコンキングス王が同行することがあり、その際使用されるのがこの王冠だ。王都で使用しているものとそっくり同じ作りをしているというこの王冠の解析が、マコトの目的だった。
マコトは王冠に右手で触れると、目を閉じる。
(うん……やはり魔術の制御装置を組み込んでいるな。他にもいくつか面倒な機能がありそうだが……成る程王都外壁の魔術陣の構造は解けたな)
構成を確認し構造を把握し機能を理解する。マコトにとって、触れたものがなんであるかを解明するのは呼吸と同程度の身体機能でしかない。
「これでラングなしでも王都への強襲は可能だな。さて、連中の準備具合はどんなものか……」
ふ、とマコトの口角が上がる。王冠に手を触れたまま、マコトは静かに呟く。
「ーー変われ」
その一言が強烈な光を巻き起こし、同時にマコトがつま先からバラバラと、破片へと姿を変えてゆく。破片となったマコトは光の中へ吸い込まれ、やがて体のすべてがかき消える。
マコトの姿が消え、光の収まった後、虚空から出現した王冠が床にカラン、と音を立てて転がった。
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