第47話 宣託の導師(5)
マウリアを離れて、山道に入って二時間ほど。山の中腹あたりまで来て、昼になった。先生は気にせず進もうとしたけど、一旦休憩を取ることにした。僕の休憩も必要だが、先生は行き倒れたりした経験もあり自分の負担に関してはかなり鈍い人だから、多少強引にでも休ませようと思ったのだ。
「昼休憩か、ふむ。何分要る?十五分くらいか?」
「それじゃ息を整えるくらいしか出来ませんよ……」
先生は早く出発したくてたまらないという様子で座りもせずに僕を急かす。まるで出先で親を待ちきれない子どもみたいだ、なんて言うと怒られるだろうけど。
「せめて三十分はください。先生も食事するんですから。学校でもお昼休憩は一時間あったでしょう」
「それは授業の準備があるからだが……まあいい、わかった」
先生は不服そうではあるものの了承してくれた。肩に担いでいた白い布袋を地面に置くと、木に寄りかかって休憩をはじめた。その様子を見てから、僕も背嚢を下ろして昼食を用意する。
(今回は、これ……)
背嚢から取り出したのは瓶詰め野菜と、薄切りにした川魚の塩漬け。これをまとめてパンに挟んで、完成。
前回の旅の時、失敗したことの一つが食事だった。アルシファードさんに合わせて量を増やさなければならなかったとはいえ、僕は初日に持ち込んでいたサンドイッチ以外はすべて火起こしを必要とするメニューばかり用意していた。だから、今回は移動途中でも簡単に採れる食事をいくつか用意してある。瓶詰めの利便性は前回学んだので、今回は肉も保存が効いて手軽に食べられる物を探した。そしてパンは日持ちする種類のものを選んでいるし、少し水分を含ませればすぐ柔らかくなってくれるから食べやすい。
「先生、お食事ですよ」
「ん、魚の塩漬けと野菜のサンドイッチ……か。ふむ……」
念を入れて試作もしたし、味も大丈夫だ。自身を持って先生に渡したが、何やら先生は眼鏡の奥の瞳を細めてじっと手に持った食事を睨んでいる。
「どうか、しましたか?傷んでるものはないと思いますけど……」
「ん、いや。なんというか。気持ちは嬉しいんだが」
先生はなにやら言いづらそうにしながら眼鏡を押し上げる。首を傾げる僕を見て、静かに続けた。
「……ピーマン嫌いなんだ」
「…………先生、実は好き嫌い多いですか?」
気まずそうに先生は視線をそらす。
(多いんだな……)
ため息をついて先生のサンドイッチからピーマンを摘みだす。自分のサンドイッチを一口かじってみせると、先生も恐る恐る一口齧る。
「ん、美味しいな……ただすこし味に締まりがないような……」
「ピーマン抜いて苦味が消えたからですよ」
「なるほど……じゃあちょっとだけ貰おうかな……」
「もう食べちゃいましたよ」
「なんと……!」
そっぽを向いて食事を続ける。本当に、先生が子どもみたいだ。こんな顔もあったんだなと内心驚きながら、嬉しくもなる。先生は多分生粋の旅人で、一つところに留まることが出来ないんだろう。だからマウリアを離れるときも、多分慣れていたのだ。それでそっけなく見えたんだろう。決して情が薄いわけでもない。少なくとも、目の前で塩漬けの味に唇を尖らせている姿からはそう感じられない。
食事を終えて、荷物を担ぎ直す頃には一時間近くが過ぎていた。先生と笑いながら山を登っていく。楽しい時間が過ぎていく。別れの気配なんて、まるで感じられなかった。
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