第44話 宣託の導師(2)

 先生と契約を終えて、学校から帰ったその夜、僕は両親に先生の事をすぐ伝えた。両親はひどく動揺していたが、ともかく明日に話をしようということでまとまった。

 話を終えると僕は二階の自室に上がる。部屋に置いてある荷物はそんなに多くないけど、長旅になるから整理しておかないと。それから旅の支度をして、それでーー。


「……はあ」


 ため息を着く。ベッドにぼふ、と背中から倒れ込む。天井を見上げながら、やるせなさで胸に重りが入ったみたいで動けなくなる。

 先生が、マウリアから居なくなる。僕が十歳のときから毎日会っていた先生。五年間というときは先生にとっては僅かな時間だったのだろうけど、僕にとっては人生の三分の一なのだ。もう日常の一部だった。

 その先生が、居なくなる。簡単に受け入れることは出来なかった。そもそも先生が居なければ僕は従者になることはなかった。旅をして、色々なことを学んで、帰ってきて先生に旅の報告をする。先生と話してやっと旅が終わった感じがしていたのに。


「……簡単に、言われちゃったな……」


 もう帰らない、という言葉を軽々言われてしまったことが、ずっとずっと胸に刺さった。



 翌朝。いつもより早く学校に向かうと、先生がすでに用意して校門で待っていた。


「おはよう、ラング。いつもより早いな?」


「……おはようございます、先生。朝は忙しくなりそうだって思ったので」


 いつもと変わらない挨拶なのに、その普段通りの様子こそが僕を苛立たせた。つい、言葉がトゲトゲしくなる。


「そうか、うん。そうだな、町の人には挨拶くらいしていかないといけないからな」


 あっさり返されてしまって、自分の心の狭さに嫌気が差す。先生だって、町を離れることに思うことはあるはずだ。僕や町の人に気を使って辛さを見せないようにしているかもしれないだろうに、それを冷たいなんて思っている自分が嫌だ。


「じゃあ早速いくか。買い物をしながらあいさつ回り、だな」


「はい、わかりました……」


 頷いて、今来た道を戻る。町の商店街に下ると、先生は順番に店を訪れて話をした。旅に出ること、僕が従者として共に旅すること、王都にいくこと。訪れた店の人はみんな先生のことを知っていて、慕っていた。

 怪我を直してもらった人がいた。家を直してもらった人が居た。読み書きを教わった人が居た。一緒に食事を楽しんだ人が居た。先生は、思ったよりずっと、町の人と関わってた。そうして、町の人たちは先生と別れの挨拶を順に済ませていった。泣く人も、笑って送り出す人もいた。その誰にも、先生は優しい顔で返事をしていて、僕は、後ろで見ているだけだった。


「さて、最後にここだな?」


「……はい」


 そうして。最後に回った先は僕が朝出てきた建物だった。


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