第42話  帰還(6)

「という、かんじでした……」 


 僕のダイアストへの旅の報告を黙って聞いた先生は、僕が話し終えてふむ、と唇に手を当てる。相槌に頷いてくれるくらいで特段言及をしなかった先生ははじめて、少し悩むような表情を見せた。アルシファードさんの魔術の話をしているときだけは額にシワを寄せていたけど。


「なるほど、今回は随分勉強をした旅だったようだな」


「はい、一度旅をしただけでも足りないものがたくさん見えましたから。今回はそこを埋めようとしたんですけど……」


 視線が床に落ちる。足りないものは埋めようとするほど他の部分の穴が見つかって、結局前回より反省の多い旅になってしまった。


「余計に欠点が見えた、か?それならいいことだ、気にするな。本当にダメなのはどこがいけなかったかわからないことだからな」


 そう話す先生は本をいくつか教卓に積み上げると僕を見る。


「さて、聞こうかラング。今回お前は旅をするだけでなく魔術にも触れたわけだが。今後、魔術を使うつもりはあるのか?」


 聞かれて、少し悩む。それは確かに決めておくべきではある。使おうとするならその道に入るための勉強をしなければならないし、自分の体質を調べる必要もある。


「……いえ、多分、使わないと思います」


 答えを聞いて先生は面白そうに口角を上げる。


「ほう。それは、なぜ」


 先生はいつも、こう聞いてくる。僕が意見をいうと理由を求める。それがしっかり言葉にならなくても、先生は聞いてくれた。はじめのうち、なにも答えられなかった僕が問答できるようになったのは先生が問いかけ続けてくれたからだろう。


「僕は魔術を使うには体質が違うみたいで普通のやり方では発動できませんし、今から魔術を学ぶにはおそすぎると思います。あとは……」


 アルシファードさんの話を思い出す。魔術師、その生き方を。孤高のなか研鑽を続ける存在を。


「僕は、魔術師みたいな生き方はできそうにないので」


 先生は小さくなるほど、と頷くと目を細めた。


「せっかくなれるものがあるかもしれんのに生き方を見て投げ出す、か。ふふ、おもしろいな」


「そう、ですか……?」


 言われるとそうかもしれない。従者になったのはなれるものを見つけるためだったはずなのに。今はなれるものじゃなくなりたいものを探している。少し前ならなれる可能性があればそれに飛びついただろうに。


「ああ、いいことだとも。悩みは選択肢があってこそ生まれるものだからな。それだけお前の見地が広まったということだ」


 言われるとなるほどそうだなと納得できる。アルシファードさんに教えてもらった視点、考え方がなければ悩みもなかったろう。


「では魔術についてはそれでいい、使わないのなら私から教えることもないだろう。もう一つの問題だ。次の旅について、だな」


「えっと、もしかしてもう相手がーー」


「察しがいいな。いや、経験則か。もう三度目だからな」


 先生はそう言って教卓の上の本を軽く叩く。


「そのとおり、今回ももう旅の予定はついている。次があれば今度はお前に相手探しもしてもらうが」


「それで、その今回の雇い主というのはーー」


「うん、私だ」


 先生はこともなげにそう言う。


「ーーはい?」


「そろそろ魔術のストックが増えてきたからな、まとめて売ってこようと思ってね。ここの維持費も嵩んできたし、丁度いい機会だ」


 唖然とする僕をよそに先生は続ける。


「期間は約十四日間、旅の経路と手段はいくつか考えてるからまあ後で相談だ。で、目的地は当然ーー」


 理解が追いつかない僕でもその言葉の先はすぐに予想できた。魔術師が魔術を大々的に使えない理由。それは国によって使用できる魔術を制限されているから。そしてその魔術を決定するのはこの国の中枢だ。魔術師が魔術を売りに行く場所は、一つしかない。つまりーー。


「この国の中枢、レコンキングス。即ち、王都だ」


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