第29話 研鑽の魔術師(12)

 きしりと板張りの床を軋ませて船内を進む。アルシファードさんの出した船、ブラックリベリオンの船内は見た目通りかなり広く、二人では到底使いきらない広さをしていた。十数室ある船室には寝室も当然あり、アルシファードさんはその一つを僕に貸してくれた。


「じゃ、私は自分の部屋に居るから。朝までは好きに使って頂戴。明日の出発前には仕舞うから」


「わ、わかりました」


 僕の返事を聞くと彼女はゆったりと廊下を歩いてやがて突き当りを曲がって消えた。僕は宛行われた部屋へと入ると、新品同様のきれいなベッドに触れてみる。さらりとした上質な布の感触に背筋がゾクリとするのを感じる。


(なんでこんな船、もってるんだろ……)


 考えてみれば彼女のことはなにも知らない。前はヒルグラムさんにあれこれ聞いたし、もともと王都騎士であるということは聞いていたけど。聞いて、いた……。


「あ。」


 そこで、思い出す。先生へ、出発の報告をしていなかった。多分例の契約書のおかげで今度こそ居場所はわかっているだろうが、それにしたって挨拶なく出発したのはかなり礼を欠いていると思う。


(うう、戻ったらまた怒られるな……)


 寝る前になって気づいた失態に気分を落ち込ませながらベッドに潜り込む。野営覚悟だった旅の初日で家のベッドより上等なところで寝られるのはこの上なくありがたいが、素直に喜べない夜になってしまった。





 翌朝。船の中で目覚めた僕はまだ日の出前だというのに目が覚めた。寝心地が良かったとはいえ慣れないベッドでは眠りも浅かったらしい。寝ぼけ眼をこすって、ふと景色が気になって甲板に上がってみようと思った。朝の湖の冷たい風はいい目覚ましにもなるだろう。

 廊下の先にある階段を登って甲板に出ると、丁度日が登りはじめたところだった。船の甲板は森の木々より少し高いくらいの高さにあって、改めてこの船の大きさを感じる。甲板に吹く風はやっぱりちょっと冷たくて、寝起きの体がぶるりと震える。


「あら、今日は早起きね。ベッドが肌にあわなかった?」


 上着を持ってこなかったことを後悔しかけていた時、後ろからの声で振り返った。甲板に上がってきたアルシファードさんはクスリと笑って僕の横に立つと、小皿といくつかの見慣れた小石を取り出した。


「いえ、寝心地はとても良かったです。あの、アルシファードさん、その石……」


「ああ、これ?そうね、あなたは一回この作業をしてたわね」


 頷いた彼女は小皿に乗せた小石を陽光に翳す。小石の見た目にはなんの変化もないが、どうにも何かの儀式のようだ。先日の朝にマウリアの大通りで立たされたことを思い出す。あのときは彼女が離れた途端に石が重くなったが、あれも関係があるんだろうか。


「それ、なにをしてるんですか?」


「ああ、これ?石にね、魔力をためているの。日の出のときの陽光にだけ、少し魔力があるから」


「へえ……それ、毎朝やってるんですか?」


 そう聞くと彼女はふむ、と考えながら答えた。


「そうねえ、十歳のときから毎朝だから……もう二十年くらい魔力を貯めてるわね?」


「二十年……」


 それは、すごいことだと思う。二十年毎朝、彼女は日の出前に起きていて、外で陽光を集めてる。とても真似できないな、と思う。


「……ねえ、なにか失礼なこと考えてないかしら」


「え?失礼なことって……」


言われて、気づいた。十歳のころから二十年ということは彼女の年齢はーー。


「……持ってなさい坊や」


「え!?いやあの、アルシファードさあん!」


僕の声を聞き届けるものは朝の森を悠々飛ぶ鳥くらいだった。渡された小石は先日の数倍重くなっていて、朝食の頃には体が震えるくらい疲れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る