第28話 研鑽の魔術師(11)
山を下りきる頃には日も傾いて、オレンジの光が木々の隙間から射し込んでいた。山頂からの景色を見た限り、山を下りきってもしばらく森が続いていたので今日はどのみち森のなかでの一泊の予定らしかった。
「アルシファードさん、今日は森のなかで野営ですよね?できたら薪集めとかしときたいんですけど…」
「あぁ、そうね。乾いたのは今のうちに拾っときなさい。進みながら出来るだろうし」
「あれ、まだ進むんですか?野営するならそろそろ準備をはじめないとーー」
僕の言葉に振り返ったアルシファードさんはやれやれと肩を竦めた。
「忘れっぽいのかしら、坊や?私が圧縮魔法で運んでるのは食料だけじゃないわよ?」
「あ、なるほど……」
言われて頷く。おそらく彼女はテントとかそれに近い野営用の道具を収納してあるのだ。だから組み立てとかの時間も必要もないし、時間がかかるのは火起こしくらいということだろう。そういうことならと安心して後ろをついていくことにした。
しばらく進んで、あたりが暗くなりはじめた頃に急に視界が開けた。
「さ、到着ね。今夜はここで泊まるわよ」
そう言った彼女の先に広がっていたのは、森に囲まれた湖だった。端から端まで一望できる、円形の泉。大きさはそれなりにありそうだが、一周するのに一時間あれば足りそうなくらいだった。
「水場があって良かったわ。何かと便利だしね。さて、とりあえず場所は決めたし料理始めちゃいましょうか。今日はかなり魔力も使ったしお腹が空いたわ?」
「え?あ、はい、わかりました……」
てっきり先に野営の用意かと思っていたけれど。彼女が魔術を使ってからまだ食事をしてないことを考えると優先はそっちなのかもしれない。火に当たっているだけでも体温はあがるだろうし。僕は早速焚き火の用意にかかった。
*
日も落ちきってフクロウが鳴き出す頃。僕は焚き火を挟んで座っているアルシファードさんに声をかけるべきか悩んでいた。食事を終えてから約三時間。彼女は焚き火の前から動こうとせず、ずっと本を読み続けていた。別にそれ自体は構わないのだが、野営用の設備があるならそろそろ出してほしいのが本音だった。正直今日だけでかなり疲れてしまった。横になれるなら横になってしまいたい。
「あの、アルシファードさん……その、野営用の設備みたいの、お持ちなんですよね……?」
結局耐えかねて口を開いた。アルシファードさんは顔を上げると本を閉じる。
「いいえ?野営用の道具なんて持ち合わせてないわよ」
「え。じゃあ今晩どこで寝るんです?僕は毛布で包まってればいいですけどーー」
そんなまさか。じゃあここに来る前の話は何だったのかと眉をひそめる。そんな僕の様子にアルシファードさんは欠伸を噛み殺しながら答えた。
「ん……んん。早とちりしないの。野営専用のものなんてない、というだけよ。私が持ってるのはもっと上等なものってだけ。いい時間だし今日はここまでにしましょ」
そう言った彼女は首元から宝石飾りを外すと、湖に近寄る。水際にそれを触れさせると、金の装飾で飾られた宝石飾りは不思議と水に浮かんで、そのまま湖の中心へと流れていってしまった。
「あ、の……」
「耳、塞いでおいたほうがいいわよ?ーーレウ・レ・アンティナ・セント」
彼女がそう呟いた瞬間。湖の中心で爆音が響いた。
跳ね上がった水しぶきがあたりに降り注ぎ、起こした焚き火が音を立てて消える。思わず目を瞑った僕が再び目を開くと、そこに黒い影が現れていた。
「これ、は……」
黒い影。いや、違う。月明かりに照らされたそれは影ではなく黒い甲殻を持つ巨大な何か。2階建ての建物ほどの大きさと、湖の端に届きそうな長い体。鋭角な先端と側面に開いたいくつもの穴。そして巨大な存在感を放つ三枚の帆。これは、間違いなくーー
「これが私の持つ最大規模の圧縮魔法の成果物、黒船・ブラックリベリオンよ」
そう宣言する彼女の背後にそびえ立つそれは、巨大な、帆船だった。
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