旅の従者、はじめました。

レオ≒チェイスター

第1話 日雇い従者、はじめます。(1)

 焦っていた。

僕は、焦っていた。

目の前には普段から使い慣れた傷だらけの木製の勉強机。その上に広げられた荒い作りの藁用紙には、先日行われた進路テストの結果が記されている。


剣術試験 判定E 素養なし

魔術試験 判定E 素養なし

商才試験 判定E 素養なし


 この国で仕事をしていくうえで基礎になるとされる三項目。いずれの試験の結果も、最低ランクのE判定。つまりは「この分野は諦めたほうがいい」という評価が下されている。


(これは……まずい……)


 今一度用紙を見つめ直すも、結果は変わらず。授業も終わり誰もいなくなった教室の中で、窓から落ちるオレンジの夕日が狙ったように机の上だけを照らしている。一歩後退った足がぎし、と安い板張りの床を軋ませた。


「なんだ、ラング。まだいたのか」


「あ……先生」


 息をするのも忘れそうになるほど頭に色々なものが駆け巡って、何か吐き出しそうになった瞬間に声が聞こえた。慌てて声のした方へ顔を向けると、先刻挨拶をして別れた担任の教師の姿があった。普段おろしている金髪を後ろで一つにまとめて、何やらいくつも本を抱えている。女性らしい体つきを隠す気もない服装で、スラリと細い腕には鍵束をぶら下げている。どうも見回りの途中らしかった。


「もう下校の時間とっくに過ぎてるぞ。なにしてるんだ」


「あ、えっと……」


コツコツとヒールを鳴らして近寄ってくる先生から目をそらす。


「ん、ああ……それか」


僕が視線を木造の教室の中で泳がせている間に、先生は机の上の用紙を見つけてしまう。先生はゴワゴワしたその用紙を細い指で摘みとると、ずれてもいない眼鏡を持ち上げて僕を見た。


「三項目全E判定か……。この国で仕事をするには苦労しそうな結果だな?それで落ち込んでたと」


「……はい」


自分でもわかりやすく落ち込んだ声だったと思う。でも仕方ない。そんな気持ちにもなる結果だ。


「剣術なら狩人、騎士、戦士…魔術があれば神官、魔術師、料理人なんかもいけるか…商才があれば商人なり宿屋なりがある。だが全部Eとなると、ふむ、とっかかりがないな。落ち込むのも無理はない」


 改めて先生の口から言われて、気分が落ち込んでいくのがわかる。もちろん自分でも理解はしていたが、客観的に他人に言われると尚更に現実を突きつけられた感じがしてしまう。


「あの、先生……全部Eのひとって、他には……」


「いないな。お前だけだ。DとかCのやつらなら大勢いるが…」


 知っていた。ありもしないものを求めてつい、口にしてしまった。わかっているのに諦めきれないのは僕の悪い癖だ。


「先生、僕どうしたらいいでしょう……。こんなんじゃ、家を継ぐことだってできません……」


「ああ、お前の家は宿屋だったか?まあそうだな……手伝いくらいの分には困らないだろうが……」


 実際家の手伝いでできる仕事はそろそろ限界が見えている。僕は帳簿をつけたり魔術で料理をしたりができないし、お客さんと話すのも下手だ。先生はふむ、と考え込む素振りをする。そうして手に持っていた本の束に挟まっていた用紙を一枚、指先に魔力を帯びさせて触れずに抜き取り、表面を僕の前にふわりと向ける。


「おまえ、これをやってみないか」


「……日雇い、従者?」


用紙にはそんな言葉が記されていた。先生いわく、この学校が新たに始める進路支援企画、らしい。


「まあ細かい説明は後日として。簡単にいえば国内で旅をする騎士やら神官やらに同行して旅の手伝いや世話をする仕事…の体験学習、みたいなものだ」


「旅、ですか」


「そうだ。そうしたらいろんな職業の人間を間近で見れるし話も聞ける。存外お前向きのものもあるかもしれん。ま、考えておけ」


 そう言うだけいうと、先生は鍵束をじゃらりと鳴らしてこちらを見下ろす。


「ともかく今日は帰れ。私も暇ではないし、ご両親の手伝いもあるだろう」


「あ、は、はい……!」


 急かされるまま二枚の用紙を革のカバンに放り込むと、僕は逃げるように教室から帰路についた。

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