唐傘を翳す彼女は悠久の空に何を想ふ

にこら

第1話 唐傘の巫女

-リンデの港町、そこは潮風が吹き抜ける漁業と交易が盛んな町である。ほぼ毎日と言ってもいいほど、リンデの港町は様々な国からの来客で溢れている。中でも、最近は東方、ガルレア大陸からの来客が多い。ガルレア大陸からこちらのミグレイナ大陸に渡る場合、そのほとんどが帆船でこのリンデに辿り着くだろう。ガルレア大陸の人間にとって、このリンデという町はミグレイナ大陸の玄関口と言っても過言ではない。


此度も東方の帆船より1人の女性がこの地に降りたった。彼女は東方の中でも少し風変わりな格好をしており、どちらかと言えば巫女のような格好に近い。雨でもないのに大きな唐傘を広げ、優雅にリンデの町を歩く。その歩き方には迷いがなく、まるで彼女自身の生き方を示しているようであった。彼女の名前は『ヨミ』といい、生き別れた妹を探しこのミグレイナ大陸に訪れていた。


ヨミがこのリンデに足を踏み入れた時と同刻、リンデの港町に訪れた1人の青年がいた。名はアルドといい、彼はミグレイナ大陸出身の旅の剣士である。彼自身、リンデの町に用事があるわけではなかったのだが、旅の休憩がてら訪れていた。


このアルドと呼ばれる青年と唐傘の彼女の出逢いが後に大きな意味を生むことになる。


アルド「やっと、リンデに着いたな。少し休憩していこうかな」


休憩目的で宿屋へ向かうアルド。宿屋の扉を開けようとした瞬間、自分以外にドアノブに手を伸ばしているものがいたことに気づく。それは件の彼女ヨミだった。


「あっ」とお互い自分以外の手が見えた瞬間声をあげていた。ヨミがすかさずアルドに謝る。


ヨミ「すまない。少し考え事をしていて気がつかなかった。どうか気にしないで欲しい」


アルド「こっちも気がつかなくてごめん」


謝罪の後、ヨミはアルドを見ながら何か考える素振りを見せた。ヨミの様子にアルドは少し怪訝そうな顔をしていると、これも何かの縁だし、とヨミが尋ねてきた。


ヨミ「キミはこちらの大陸の人間かい?」


アルド「ああ。そうだけど。あんたは...?」


ヨミ「ああ、すまない。自己紹介をするのが遅れたね。ワタシはヨミ。東方、ガルレア大陸から先ほどやってきたんだ」


アルド「俺はアルド。旅の剣士をやってる。よろしくなヨミ」


アルド「しかし東方ってまた随分と遠いところからきたんだな」


ヨミ「そうだね。こちらの大陸には人を探しにきていてね」


アルド「人を?」


ヨミ「そう。もし知っていたらでいいんだけどアルドは『ミト』って名前に心当たりはあるかい?」


アルド「う〜ん。聞いたことない名だな。その人がヨミの探し人なのか?」


ヨミ「そうだね。あちらの大陸でも随分と探したけど手がかりがなくてね。藁をも掴む気持ちでこちらの大陸にきたんだけど、アテもなくて困ってるんだ」


アルド「大陸を渡るなんてヨミにとってミトって人は随分と大事な人なんだな」


ヨミ「妹なんだ。生き別れの」

少し寂しそうな顔をしてヨミは答える。


アルド「そっか。もしよければなんだけどその人探し俺にも手伝わせてくれないか?」


ヨミ「ワタシはすごく助かるけど本当に大丈夫かい?」


アルド「あぁ!ちょうど暇だし、それにさ...」


ヨミ「それに?」

ヨミが首を傾げる。


アルド「俺にも妹がいるからさ。ヨミが妹を心配する気持ちは少しだけ分かるんだよな。だからヨミが良ければだけど手伝わせてくれ」


アルドには妹のフィーネがいる。フィーネがある日突然自分の前から姿を消したとすれば、それはどれほど不安なことだろうか。アルドはヨミの気持ちを理解できたつもりでいた。


ヨミ「あぁ、ぜひともお願いするよ。ありがとう、アルド」


アルド「ところで...」

アルド「ヨミがよければ教えて欲しいんだけどさ。妹さんとはどうして別れてしまったんだ?何か手がかりになるかもしれないし、嫌じゃなければ教えてほしい」


ヨミ「....」

ヨミ「あれは数年前の出来事だったかな。ワタシ達姉妹は呂の国と呼ばれる東方の大国に住んでたんだ。とある日、敵国が攻め込んできて呂の国は滅んでしまってな。混乱の中、妹とはぐれてしまい、それっきり会ってないんだ」


アルド「そっか...辛いこと思い出させちゃったな ごめん」


ヨミ「いいんだ。呂の国は滅ぶべくして滅びた。他国に攻め込まれたときには既に内乱で国中ボロボロだったんだ」


ヨミ「その後の呂の国の民は皆散り散りになって他国へ亡命した者や呂の国の土地に居座り続けた者もいた。さらに中にはミグレイナ大陸へ渡った者もいると聞く」


ヨミ「こんな情報しかなくてすまないなアルド」


アルド「いいや!ヨミが謝ることじゃないぞ」

アルド「けど困ったなぁ。どこをどう探せばいいのやら」


ヨミ「それなんだが...」

ヨミには何か提案があるようだ。


ヨミ「ユニガンというところへ行ってみたいんだ」

アルド「ユニガン?なんでまた」

ヨミ「ワタシとミトの父はいわゆる行商人でな。ミグレイナ大陸へ行っては首都であるユニガンで商売をしていたんだ。小さい頃、父にユニガンの話をよく聞かせてもらってな、ミトは特に目を輝かせて聞いていたんだ」


アルド「そうか、もし妹さんがミグレイナ大陸に来ていたならユニガンにいる可能性が高いということか」

ヨミ「そうだ。だからユニガンへ案内してくれないか?アルド。ワタシは方向音痴でな。辿り着く自信がない」


意外な弱みを見せたヨミだったが、それを自信満々に言うあたりが彼女らしかった。


アルド「あぁ!じゃあ行こう!ユニガンへ!」


ヨミとアルドはリンデの町をでてユニガンへ向かう。ユニガンに行くにはセレナ海岸を抜ける必要があるが、それほど時間がかかるわけではない。今の時間から出発しても日が暮れる前にはユニガンへ到着できるだろう。


アルド「ところでさ...」

何だい?とヨミが首を傾げる。


アルド「ヨミのその傘、何でいつも翳してるんだ?」


ヨミ「あぁ、ワタシはすこし陽の光に弱くてね。いつもこうやって傘を翳しているんだ。あとこの唐傘は武器にもなるしね」


ヨミの発言に驚くアルド


アルド「武器だって?どういうことだ?」


ヨミ「傘の中が仕込み刀になっててね。多少の剣術の心得はあるからね。ワタシも」


これは怒らせたら怖そうだ、とアルドは思った。


セレナ海岸には先のミグランス軍との戦いで敗れた魔獣軍の残党がよくうろついており、戦闘になることが度々ある。

今回も案の定、魔獣軍の残党が2人に近づいてきた。そして魔獣はアルドとヨミにこう告げた。


魔獣「忌々しい人間め!命が欲しければ金目のものを置いていきな!」


アルド1人でも十分に問題ない相手だろう。やれやれとアルドが剣を抜こうとしたとき、気がついたら魔獣達は空中を舞っていた。


ヨミ「下衆め...」


アルドにはよく分からなかったが、ヨミが開いていた傘を閉じたと思ったら一閃。魔獣達は宙を舞い、既に気絶しているようで戦闘不能状態である。

は、速すぎる。流石のアルドでも目で追うことすら叶わなかった。


ヨミ「さ、ユニガンへ急ごう!アルド」


ヨミの華奢な身体のどこからそんな力が出ているのだろうとアルドは不思議に思ったが、まぁ、それはいいだろう。とりあえずヨミの機嫌を損ねないようにしなくては...


セレナ海岸をしばらく歩いていくと、道の先に大きな門と扉が見えてきた。アレがミグレイナ大陸最大の城下町ユニガンの入り口である。ユニガンではちょっとした有名人であるアルドが、衛兵に話しかけると扉が開いた。


扉の中には彼女の父から話で聞くことしかなかった城下町ユニガンの風景が広がっており、ヨミは心を奪われていた。聞いた話からヨミが想像していたユニガンの街より何倍にも広く、大きく、そして人々が活気に満ち溢れていた。


ヨミ「ここが...! 父の話していた都か」


普段凛々しい顔をしているヨミであるが、この時ばかりは嬉々とした表情をしていた。正確無比の機械のような彼女にも人間らしいとこがあってアルドは安堵する。


アルド「ユニガンなら妹さんを知っている人もいるかもしれないし、聞き込みでもしてみるか」

ユニガンの住人に彼女の妹の『ミト』について尋ねる2人。


アルド「なぁ、ちょっといいか」


老婆「なんだい?」


アルド「人を探しているんだが、『ミト』って女性を知らないか?」


老婆「ミト... ミト... あぁ!知ってるよ」


ヨミ「本当か!?」


老婆「ああ!昔飼っていた猫がそんな名前だったねぇ。また会いたいねぇミト」


ヨミ「... 猫?」


どうやら当てが外れたようだ。分かりやすく肩を落とすヨミ、アルドとヨミは老婆にお礼を言い、その場を去る。


引き続き聞き込みを続けるアルドとヨミであったが、これといって有益な情報を得ることができなかった。途方に暮れていたアルドとヨミ。

もう遅いし、宿でも探そうかと話していた、そんな時であった。とある中年の男性が2人に声をかけた。


男性「あんたらがミトを探しているって2人組か」


アルド「そうだけど...あんたは?」


男性「あぁ。別に怪しい者じゃない。ユニガンの酒場でマスターをやっている者さ。あんたは英雄アルドだろ?先の魔獣軍との戦いの活躍聞いてるぜ」


ヨミ「すごいのだな。アルドは」

意外だと言わんばかりにヨミがアルドを見る。


アルド「それほどじゃないよ。で、酒場のマスターが俺たちに何の用なんだ?」


マスター「ミトならウチの店にいるよ」


は?今何を言ったのだ。この男は。

突如示された答えにヨミが半ば興奮気味に食いつく。


ヨミ「本当か!ならばすぐに行こう!今すぐに!」

アルド「ちょ..落ち着けってヨミ。あんた、本当なんだよな?」


マスター「ああ。いるよ、ついてくるといい」


マスターの後をアルドとヨミがついていく。歩いている最中、マスターが語り出す。


マスター「お嬢ちゃん、その服装は東方の衣装だよな。ミトも東方出身だと言っていたから、多分お嬢ちゃん達の探し人で間違いないだろう」


それに、とマスターが続ける。


マスター「雰囲気がミトとよく似ている」

ヨミを見てマスターが告げる。


これは期待できるかもしれない、とアルドは思った。東方から遠く離れたこの地で東方出身者を見かけることは少なくはない。だが、同名の東方出身者というのはなかなかいないだろう。雰囲気も似てるというなら尚更だ。


色々考えている間に酒場の前に着いていた。


マスター「さぁ、着いたぞ」

マスターが酒場の扉を開ける。


???「いらっしゃいま... えっ!?」


酒場で働く1人のウエイトレスが固まり、手に持っていた皿を落とす。


パリンッ と音をたて、地面に散らばる皿の破片を彼女は見向きもせず一言。


???「お姉ちゃん?」


彼女が見つめた先にいるヨミは驚いたような泣き出しそうなそんな顔をして数年間彼女に伝えたかった言葉が口から溢れた。


ヨミ「...大きくなったな、ミト。ずっと探していたんだ。ずっとだ... ずっと探していたんだからな...」


泣き出したヨミにミトが寄り添い、謝る。


ミト「...ごめんね。ごめんなさい。お姉ちゃん」


ヨミ「謝ることはない... これからはずっと一緒だ」


美しき姉妹愛に周りのギャラリーから拍手が溢れる。アルドとマスターもその一員だった。


アルド「よかったな。ヨミ。ずっと会いたがっていたもんな」


ヨミ「あぁ。アルドにも世話になった。本当に感謝している」


ミト「お姉ちゃんがお世話になったみたいですね。ありがとうございました」


アルド「そんな。俺は感謝されるほどのことはしていないよ」


アルドは2人の姉妹を見る。凛々しい面の中にどこか危なっかしい面が見え隠れするヨミに対し、ミトはヨミとは正反対の落ち着いた印象を感じる。でも、確かにミトにはヨミの面影があり、やっぱり姉妹なんだなとアルドは思った。


ヨミがミトに尋ねる。

ヨミ「ミトは何故ここに?」


あのね、とミトは語る。

ミト「実はお姉ちゃんと別れた後、ミグレイナ大陸行きの船の中に身を隠してたの。いつの間にか船が出港していて、戻るに戻れなくなっていたの」


ヨミ「そうだったのか。すぐに見つけてやれなくて

すまなかったな」


謝らなくていいよ、とミトは言う。

ヨミから事前に聞いていた話の状況から察するにミトは命からがら逃げ延びたのだろう。そんな状況でヨミがミトを見つけることができなかったのは、仕方のないことだったのだろうとアルドは思った。


ミト「途方に暮れていたそんな時にマスターに拾ってもらってこの酒場で働かせてもらったのよ。それで今日まで...」


ヨミ「それはマスターにもお礼を言わなければならないな。ありがとう、マスター。妹が世話になった」


マスターはカウンター越しに気にしなくていいよ、と手を振って対応する。


しばらくの間、姉妹水入らずの時間が流れる。何年も会うことすら叶わなかった2人にとって話したかった事が沢山あるのだろう。アルドとマスターは2人の仲の良い姉妹を暖かく見守っていた。


もうヨミは心配いらないだろう。姉妹に水を差しちゃ悪いと思ったアルドは席を立ち旅立とうとする。


ヨミに一声かけ、それじゃと別れを告げる。


ヨミ「短い間だったが世話になったな。アルド。キミのことは忘れないだろう。本当にありがとう」


アルド「あぁ!ヨミも元気でな!妹さんと仲良くしろよ」


当然だ、と言わんばかりの顔でヨミは答える。

ヨミに背を向け、酒場の扉をでたアルド。


アルド「さ〜て。次はどこに行こうかな」

アルドの時空を超える旅は続く。





一件落着。




のように思われた。

実はこの物語はここから始まるのだ。今思えば彼女にとってこの時が一番幸せだった瞬間かもしれない。もう取り返せない日々に、悠久の空に唐傘を翳す彼女は何を想うのか。


それはまた次のお話。



           第一話 「唐傘の巫女」 完

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