リモート・アンコントローラブル・デイズ
高村 芳
リモート・アンコントローラブル・デイズ
「こんなリモコン、うちにあったっけ?」
部屋を片付けていた美月が見つけたのは、妙なリモコンだった。手のひらに収まる大きさなのだが、本体もボタンも真っ白で、ボタンは「ON」と「OFF」のふたつしかない。押せば何のリモコンかわかるだろうと考え、美月は「ON」のボタンを押し込んだ。
「きゃっ!」
突然、テレビがジッ、と音をたてて明滅し、暗い液晶がだんだんと明るくなる。知らない部屋の光景が映し出されていた。
「なんだ、テレビのリモコンか……。それにしても、変な番組。部屋だけ映ってるなんて」
片付けに戻ろうとゴミ袋を手にしたとき、映像に人影が見えた。瞬間、美月の視線はテレビに釘付けになった。
「うそ、佐野先輩?」
そこに映っているのは美月が通う大学の先輩で、静かに想いを寄せている存在でもあった。テレビの中の彼は黒革のソファに座り込み、スマホを操作している。撮られていることに気づいていないのか、こちらを見つめる様子が全くない。
佐野の部屋のテレビには、夕方のニュースが流れている。美月が慌ててチャンネルを回すと、同じニュース番組のアナウンサーがニュースを読み上げている。痴情のもつれから起こった殺人事件の話題も全く同じだ。リアルタイムの映像なのだ。
「どういうこと? これ……」
美月は手の中にある白いリモコンを見つめて立ち尽くした。
最初は気味悪がってリモコンを捨てようかと思った美月だったが、想い人の日常生活を覗ける好奇心に負けるまでそれほど時間はかからなかった。心の中で佐野に詫びながらリモコンんおボタンを押したことも忘れ、ソファに寝転びスマホを触っている佐野から目を離せない。
「へえ……先輩って、部屋着はこんな感じなんだ……」
部屋着が高校のジャージ、部屋にはゲームキャラクターのぬいぐるみ、そして窓辺に小さなサボテン……。大学では話すことはおろか、近づくことすらできない佐野の一面が一つ一つ露わになっていく。青白いテレビの光に照らされながら、美月は幸福感に満ちていた。
それからというもの、佐野の部屋を覗く時間が「今日は一時間だけ」から、「あともう少し」「あともうちょっと」と、日に日に長くなっていった。佐野に女の影はなく、それがますます美月の行動に拍車をかける。一ヶ月後には、美月が自宅にいる間はずっとテレビに佐野が映っているようになった。美月は、佐野と一緒に生活をしている気持ちになれた。
夏の終わりを迎え、少し肌寒くなってきた夜。いつも通り美月はテレビを点けて、佐野の帰りを待っていた。ガランとした部屋の映像を、美月は愛しい目つきで見つめている。しばらくすると、ドアが開く音が聞こえた。部屋に入ってきた佐野の手には何かが握られている。それがリボンのかけられた小包だとわかった途端、美月の穏やかな表情が崩れた。
テレビの映像を食い入るように見る美月は、リボンに挟まれたメッセージカードに手書き文字で「Yui.T」と書かれているのを見つけた。そのイニシャルで思いつく女が一人いる。最近佐野にまとわりついている、いかにも軽そうな女……。その女が佐野にプレゼントを渡したに違いない。美月は歯ぎしりしながら、憎らしいプレゼントを映しているテレビを爪で引っ掻いた。
翌日、美月はその女の目の前に立ちはだかっていた。面識のない美月が何も喋らないので、女は困惑して様子を窺っている。
「……わけ?」
「はい?」
「佐野先輩にプレゼントなんか渡して……そんなに好かれたいわけ……?」
聞き取れないくらい小さな声が、美月から漏れ出る。女を睨みつける美月の目は血走っている。
「アンタは佐野先輩の家のソファのメーカー知ってる? 朝起きて最初にすることは? 洗濯する頻度は? 知らないでしょ!?」
美月の剣幕に恐怖し、女が一歩後ずさる。
「そんなことも知らないくせに、佐野先輩に近づくなんて百年早いのよッ!」
美月は鞄に手を突っ込んだ。女が見たのは、小さなナイフの切っ先だった。
構内で傷害事件が発生したと放送があり、大学は臨時休校になった。佐野はいつもより早く帰宅し、ソファに身体を埋めている。慣れた手つきでスマホのアプリを開き、大きくため息をひとつついてから、囁くように独りごちた。
「駄目じゃないか、美月。あんなことしちゃ……」
佐野のスマホのフォルダには、映像データがずらりと並んでいる。映っているのは、美月の部屋だった。美月がテレビを食い入るように見つめている映像が、幾つも収められている。
「僕も君と一緒に生活できて嬉しかったのに。馬鹿なことをしなければ、ずーっと……一緒に楽しめたのにね」
佐野は口角を引き上げ、「美月」と名付けられたフォルダを削除した。
了
リモート・アンコントローラブル・デイズ 高村 芳 @yo4_taka6ra
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