逆立ちする音
無色不透明
第1話
足を前に出す度にキュッキュッという音が響く。
白い地面を滑らないように慎重に確認しながら歩く。目の前には自分より少し先に音を鳴らした後とずいぶん前に鳴らした音の後がバラバラに並んでいて帰り道を教えてくれているようだ。いや、若しくは誰も知らない世界へと迷い込ませようとしているのかもしれない。
私の横を自動車が一台、通り過ぎて行く。中には私と同じ高校生ぐらいの男の子が助手席で眠そうな目をしていた。
どこが悪かったのだろう。あの日の朝の目覚めは良かった。試験官役の先生の声は良く聞こえていたし頭も冴えていたはずだった。
コートのポケットからクシャクシャになった紙を取り出す。見えないように丸めて隠した文字が見間違いであったことを確かめようとゆっくりと開き直す。
だがそこには憎たらしいほどにDというアルファベットと共に志望校を変えるよう促す印刷が変わらず紙にしがみ付いていた。
結果を担任から渡されるとき進路のことで話があるから親の都合を聞いておくように言われたことが頭に浮かんでくる。あぁ嫌だな。変えたくない。そう思うと足取りが重くなる。だからと言ってこの寒い中、いつまでも外をうろつくことも出来ない。予備校の自習室にでも行こうかと思ったがあそこにはクラスの子がいる。きっと今日の結果の話になるだろう。
机に向かう。そんな言い訳の為にくるりと向きを変え近くの図書館を目指すことにする。
普通ならどの図書館も顔見知りが問題集とにらめっこしているところだが幸いこの図書館で勉強しようとする者は少ない。何故なら自習室の数も快適さもここから少し行ったところにある隣町の図書館の方がずっといいからだ。
設備も古く置いてある本も中途半端、自習スペースはあるが隣が子供向けのコーナーな為に騒がしい。図書館ではお静かにというものの小さな子供が大人しく本を読む訳がない。そもそもそんな子はさっき言った隣町の図書館に行く。
薄暗い入口を通り一番奥にある自習スペースに向かう。受付では耳の遠いおじいさんにこれまた図書館とは思えない大きさの声で司書さんが話しかけていた。
案の定、何人か本を読んでいる人が座っていたものの私が座る席は十分にある。
その中には私と同じ高校生だろうか。学生服の男の子がヘッドホンをつけたまま目の前にある問題集とにらめっこしていた。
私は彼の邪魔にならないようにと二つほど席の離れた場所に腰掛けカバンから解きかけの問題集とノートを取り出す。奥では低学年の小学生だろうか。ここには子供向けの漫画も置いている。それを友達と一緒に読んでいるようだ。セリフを一人が読み上げる度にもう一人が擬音を読み上げる。それなりに響く声だがここではそれが日常なのかわざわざ気にも留める者もいない。皆、自分の読み物や作業に夢中である。
私もそれに習ってイヤホンをつけるとスマホの再生ボタンを押す。さっきまでの雑音が消え心地よい歌声が流れて来る。とはいえ今日はこれをじっくり聴いているだけではここに来た意味が無い。すぐにペンを取り出し問題集を広げる。クタクタになって端っこが破れかけた問題集にはバツ印や丸印がたくさんつけられている。その中からバツ印だけをチョイスしてノートに答えを書き始める。それが正しい答えかは分からないがペンを走らせる。無理やりにでも・・・そうすることで、解き続けることで音が消えていく。声が消えていく。耳に残るのはメロディだけになっていった。
だがすぐにペンは止まる。何ども解いた問題だ。模試でも似たような問題が出ていたことを思い出す。結果では部分点のみ、解けていたと思っていた。だが途中に小さな引掛けがあることに気が付かなかった。そこからドミノのように私の解答は崩れていく。パタンパタンとその音に気が付かず自分で並べたドミノを崩していく。気が付いたころにはテストは終了。友達には本番じゃなくて良かったね。これが模試のいいところだよね。そんな励ましを受けた。でも友達の判定はB判定。受ける大学は私と同じ。滑り止めも同じ。通う学校も予備校も・・・違うのはあの子はドミノを倒さない。私は倒してしまう。
何度目だろう。昔からそうだ。うっかりミス。よくする子だと言われた。小学校、中学校ときて高校受験の時は受験票を忘れて徹夜明けの父を走らせた。
今では笑い話だ。でも今は笑えない。考え始めるとペンは動かなくなる。メロディは声を取り戻し、子供の声はすっげぇを連発する。
司書さんはさっきより声が大きくなっていた。
もう一度、小さく息を吸い深く深く目の前のノートに集中する為の構えをする。まるでこれからホームランを打つように、まるで誰かと喧嘩をするように構える。そうすると再び音が一つ、二つと消えていく。少なくともペンは走り出した。でもさっきの問題は、後回しにすることにした。
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