第1話 義賊もしくは大悪党

~第二使奴シド研究所~


 薄暗い実験施設に、悲鳴と高笑いが木霊こだまする。


「たっ、助けっ、助けテッ!」

「あーっはっはっは! 許さん!」


 足を怪我した研究員の男は、ソレから逃げるため四つんいで出来る限り早く走った。


 身の丈2mはあろう大柄な女は、ボディラインを強調する黒スーツ姿でハイヒールをコツコツとわざとらしく音を鳴らし、腰まで届く紫の髪をなびかせ男を追い詰める。一目で人外とわかる死人のような真っ白な肌に、悪魔のごとく真っ赤な二本の角。黒く染まった白目はひたいおおう黒いあざのせいで、実際よりもより大きく見えた。


 大柄な女は逃げ回る男を滑稽こっけい嘲笑あざわらいながら追い詰め、腕を鷲掴わしづかみにして実験器具の大型カプセルへと投げつける。男はガラスを突き破って体をズタズタに引きかれながら、研究所の壁に叩きつけられた。


「がはっ……許し、許してくれ……頼む……許し……」

「許さん!! 死んでも殺す!!」


 大柄な女は歯をギラリと輝かせながら笑顔でにらみ、男の腹を踏み潰した。


「仲間のうらみだっ!! よし! 次! ラデック! 次だ!」


 ラデックと呼ばれた男が暗闇から現れ、大柄な女にタオルを差し出す。短い金髪と切れ長の青い目。普段から部屋にこもっていることがうかがえる色白の肌。背はかなり高い方だが、大柄な女の隣にいるせいでひと回り小さく見て取れる。


 彼はこんな惨事さんじを目の当たりにしながら、依然いぜんとして眠そうな顔で口を開いた。


「ソイツと俺で最後だ、ラルバ」


 ラルバと呼ばれた大柄な女は不満げな顔でタオルをひったくり、返り血をぬぐう。


「こいつで? これで最後? ならばこの怒りはどこにぶつければ良いのだ! これでは死んでいった仲間が浮かばれん!」

「んー……、研究所は他にもあるし……。そこへ行くのは駄目か?」

「他? 外か。ここと似たような感じか?」

「まあ多分大体は」

「よし! 行こう! すぐに行こう!!」


 汚れたタオルを放り投げラルバは意気揚々いきようようと部屋の出口へ歩き出す。

 その瞬間、赤色灯が真っ赤に光り輝き大音量の警告音が鳴り響いた。


「警告、警告、緊急事態につき隔離かくりプロトコル”浮島うきしま“を実行します。時間壁じかんへき構築こうちくに注意してください。繰り返します……」

「うるさい。なんだこれは」

「浮島……、良くないヤツだったと思う。止める」


 ラデックは近くの端末装置に早足で近づき操作を始める。しかし後ろから近づいてきたラルバが数百㎏はあろうその端末装置を軽々とり飛ばした。


「壊す方が早い」

「……なるほど?」


 手当たり次第に機械を破壊して進むラルバを、口元に手を当て考え事をしながらラデックがついていく。


「ところでラルバ。さっき仲間の恨み――――とか言っていたが、仲間って誰のことだ?」

「うん? いや、特に意味はない。ただの景気付けだ」



~研究所そばの林道~


 研究所を抜け出したラルバは林道の端で寝転がっていた。


「ぐぅ……、頭が痛い……。死ぬのか……?」

「時間壁を無理に止めたせいだろう」


 ラデックが木に登って木の実をぎ取りラルバに向かって投げると、ラルバは器用に口でキャッチした。


「もごもご……ラデック、その時間壁ってのは何なんだ」

「全く知らない」


 ラデックが木の実をかじりながらラルバの脚をさする。


「触るな、汚い」

「怪我してるだろう。まあ放っておけば治るだろうが、今はやることもないしな」


 ラデックが脚をさすり続けると、細かい切り傷が跡形もなく消滅した。


「……何をした?」

「俺の異能いのうだ。生き物なら大体、無機物も少しなら改造できる」

「便利だな。私には搭載とうさいされてないのか?」

「ラルバは自分のがあるだろう。それに、異能はそう簡単に移せない」

「フン。無能エンジニアめ」


 ラルバは悪態をつくと盛大に欠伸あくびをした。


ひまだ。研究所まではあとどれくらいだ?」

「さあ、方角さえ見当がつかない」

「お前まさか何の手がかりもナシに言ったのか?」

「研究所がアレ以外にもあることは知ってる」

「研究所の外へ来たことは?」

「本での知識ならそこそこ」


 ラルバがラデックの胸倉を掴み激しく揺さぶる。


「貴様!! “役に立つ”って言うから命乞いを受け入れてやったと言うのにクソの役にも立たないではないか! 外に出たことすらないとは! 今すぐ切り刻んでやろうか!!」

「木の実取ってきたじゃないか」

「あんなモノ私でも取れるわ天然猿めが!!」

「研究所に着けば必ず役に立つ。それから判断して欲しい」


 ラルバがパッと手を離すと、ラデックは揺さぶられた勢いがついたまま地面に投げ飛ばされた。


「嘘だったらケツに死ぬほどムカデ突っ込んでやるからな」

「ムカデが可哀想だ」


 ラデックは土埃つちぼこりを払いながら立ち上がってラルバに向き直る。


「ラルバはなんでそんなに研究員を殺したいんだ? 勝手に作り出された腹いせか?」

「半分正解だ。作り出されたことによる腹いせではなく、なんとなくムカつくからだ」


 ラルバは木にもたれかかり、手でろくろを回すジェスチャーを取る。


「あの研究所にいたやつはみんな悪いやつだろう。私のような人造人間を好き勝手作って利用する、命のとうとさを知らない悪党だ。だから殺してもいい。殺してもいいなら出来る限りもてあそんで殺したい」

「悪いやつは殺してもいいのか?」

勿論もちろん。悪だからな」


 ラルバは大きく伸びをする。


「悪い奴なら誰だっていい。研究員じゃなくとも指名手配犯とか悪徳貴族とか、人を困らせて楽しむ奴を盛大に出来るだけ派手に美しくいじめたい」


 そんな話をしていると遠くから馬の鳴き声が聞こえてきた。ラルバはラデックの首根っこを掴み茂みへ飛び退く。そのまま10分ほどじっとしていると、目の前を野蛮な風貌ふうぼうの女性達――――見るからに不当な行いで日銭を稼いでいるであろう者たちを乗せた馬車が、けたたましい笑い声と共に通り過ぎて行った。


「喜ぶといいぞラデック。お前の寿命が少なくとも2日は伸びた」

「嬉しい限りだ」





盗賊とうぞく住処すみか


「ここから出せーっ! 出せーっ!」


 冷たく薄暗い洞穴ほらあなにラルバの絶叫が木霊するが、天井からしたたり落ちる水音以外に返事はない。


 森に囲まれた断崖絶壁。隠蔽いんぺい魔法によりただの岩肌になった巨大な亀裂きれつの先には、盗みを主な職業とする者が過半数を占める集落が築かれていた。


 その奥深くの牢屋で簀巻すまきにされたラルバは、身をよじりながら誰に届くかもわからない声を張り上げ続けていた。


「この縄を解けクソ野郎ぉーっ!!」





「全くうるさい女だ」


 集落の酒場では、きらびやかな宝石を身にまとった盗賊達が愚痴ぐちと酒を盛大にこぼしながら、今回の「戦利品」について悪態を突き合っていた。


「あのデカ女。まだギャーギャーわめいてるらしいぞ」

「宝物庫に忍び込んだ時点で殺せばよかったんだ」

「仕方ないだろう。公開処刑は一応規則だし、皆楽しみにしている」

「処刑日は明日かぁ、今日なら都合がよかったんだけどねぇ」


 豪華な料理をむさぼり、人の生死をさかなに騒ぐ盗賊達を天井のはりから見下ろすラデックは昨日のことを思い出していた。





【盗賊の国】




「見ろラデック、盗賊の巣だ。胸がおどるな」


 盗賊の集落に侵入し、見つからないよう高台の屋根に登ったラルバとラデックはきらびやかな街を見下ろしている。


風貌ふうぼうからして皆盗人ぬすっとみたいだな。殺し放題だ」

「そうなのか?」

「違うのか?」


 予想外の返答にラデックは少し硬直して、再び街に視線を落とす。


奴隷どれいも大勢いるようだ。生産性のある労働は自分たちではしない主義なんだろう」


 店先には、見すぼらしい子供達が首輪でつながれている。中には荷車を引く女や、四つん這いで主人にくさりを引かれる男も見えた。同じく集落を見下ろしていたラルバが楽しそうに口を開いた。


「ここは研究所とは違って随分ずいぶん自然的なんだな。魔法もそんなに高等な技術は使われていないし、機械も見当たらん」

「研究所が特殊なんだ。高度な魔法は長年研究しなきゃあつかいにくいし、機械を普及させるには設備や配線が要る。そんなものを実用的にするより、簡易的かんいてきな魔法を普及させた方が楽なんだろう」

「女が多いな、研究所では男が多かったがどっちが普通なんだ? 」

「筋力で言えば男中心の文化になるはずだが……、黒いあざが多いな……」

盗賊の女達の中には、黒い痣のような刺青いれずみをした者が多く見られた。

「私と一緒だな」


 ラルバが自分の黒い痣をでる。


「それは使奴シドの特徴……人造人間的に言えば不具合の一つだ。本来怪我した部分が跡形もなく治るのが理想なんだが、今のところ真っ黒な痣になってしまう」

「なるほど……あいつらも使奴シドか? 」

「いや……肌の色が違う。ラルバの真っ白な肌も、本来は彼女達の様な焦げ茶から赤みがかった白くらいまでが理想なのだが……そこまで着手されていなかった」


 ふと、ラルバが街の広場を指差す。


「見ろラデック。“公開処刑は2日後”だそうだ」

「見えない。誰の処刑だ?」


 ラデックは目を細めるが、ラルバが指差しているのは恐らく500mは先の掲示板に貼られた紙のどれかであり、いくら目を凝らしたところで人間であるラデックには見えるはずがなかった。


「ちょっとまて……えーと、“処刑予定、情報屋ラプー 計1人” 捕らえた捕虜ほりょや罪人を一定周期で処刑するのがこの国の娯楽ごらくだそうだ」

「悪趣味だな」

「全くだ。情緒がない」


 ラデックが無言で見つめるとラルバはニヤっと笑って返す。恐らく自分がなぜ見つめられたか理解していないのだろう。


「イイ事を思いついたぞラデック」

 そうつぶやいたラルバの目はかつてないほど輝いていた。

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