海の見える街

@ZKarma

父について

カラン、という音が聞こえた気がして目が覚める。

枕元に転がるスマホの画面が刻む時刻は、2時14分。


眠りを妨げた音の出どころを確認するため、起き上がる。


もっとも、その正体には、おおよその検討は付いていたけれど。


眼を擦り、カーテンを開く。

二階の、丁度玄関の真上に位置する私の部屋は、庭から街路へと向かう道がよく見える。

知らず、息を殺した。

遠くからは、いつものように緩やかなさざ波の音が聞こえる。

そっと月明りに照らされた景色を覗けば、案の条――

夢遊病めいた足取りで庭門から外へと出ていく母の姿があった。


「何時ごろからだったでしょうか」


思いがけない声にビクリと肩が震えた。

振り向くと、妹の海鳥みどりが眠そうな顔で、窓の外を見つめていた。


「ノックしても返事してくれないから、勝手に入ってしまったの」


「……こんな時間に人の部屋をノックしても、普通寝てるでしょ」


「あら、でも私には姉さんの眼は冴えているように見えるわ?」


――ママがドアを開ける音で、姉さんも起きてしまったのでしょう?


ふわり

私より幾分か華奢な海鳥は、軽やかに私のベッドの上に飛び乗る。

黒いレースのネグリジェが翻る様を見ながら、私は気になっていた先ほどの問いを聞き返した。


「それで、何時頃からなの?母さんの、その――」


母は、深夜になると、家を出ていくことがある。

空が白むまでの短い間の外出。

誰かに逢いに行く、という風でもない。

遠回しに尋ねてみても、外出など無かったように振る舞う。


何よりあの、窓から見える後ろ姿から漂う、えも言えぬ奇妙な雰囲気が、私にそのことについての追求を躊躇わせていた。


「実は、わたしも正確なことは知らないの」


ベッドに腰かけた妹は、ブラブラと足を交互に揺らしながらポツポツと話す。


「初めに気付いたのは三年ほど前だったかしら。でもね、あれはきっともっとずっと昔から――」


――私たちを、この海辺の街で産むより前から、続けているのではないかしら?


「……そんなに前から?」


異常な推測。

けれど、私はそれを否定する気になれなかった。

だって、おかしなことは、妹が言う3年前よりもずっと昔から、私たち三人家族・・・・の間で起こっていたのだから。


「一年ほど前に、こっそり後を付けてみたことがあったのです。怖かったですが、興味が勝ったので」


「それで、どうだったの?」


海鳥は立ち上がり私の傍に立つと、ガラリと窓を開け放った。

初夏の夜。

潮気を含んだ生温い風が、私たち姉妹の髪を揺らす。


「砂浜まで降りていって、海に向かって何か話していました」


「多分、人間の言語ではありませんでしたよ、アレは」


窓枠を掴む彼女の白魚のような指は、かすかに震えているように見えた。


嗚呼、潮騒の音が聞こえる


「姉さん。私達は、との間の子供なのでしょうね……?」


きっと、海が私達を呼んでいるんだ。

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