2-4
「娘のこと、見てたの? どうして止めてくれなかったの」
格子にすがりつくも、中折れ帽を胸に抱えた男は表情一つ変えなかった。
「あなたはわかっていたはずだ。止められるのは自分しかいないということを」
誰もがそういった。
取り調べの警察官も、ワイドショーのコメンテーターも、取材を受けた近所の住民も。
両方を失いたくないというのが、そんなにも贅沢で厚かましいことだろうか。
絵梨香を連れて実家へ退避していたらなんとかやり過ごせていたかもしれない。でも、そのあとは? 絵梨香が巣立って篤史に会いに行ったところで、もう自分には見向きもしないだろう。
それとも、篤史がそうだったように、絵梨香を両親のところへ置いてくる? 篤史は暗にそうしろといっていたのだろうか。
けれども、篤史のいっていることはみんな嘘だとも思っていた。祖父母に育てられたこととか、本当は荷物なんてなにもなくて女の家を渡り歩いているんじゃないかとか。
それでもよかったのだ。たとえ騙されているのだとしても、暴露されないうちはまだ自分に気があるのだと、そう思いたかった。
男はこちらの心情を察したのか、あきれたように首を振った。
「私は娘さんに尋ねました。誰かに、なにか、伝えたいことがあるかを」
どこからか、絵梨香の声が聞こえてきた。
ママ……ごめんなさい。よくかんで食べなさいって、いっつもいわれてるのに。篤史くんがきたから、こんなところで食べてたら怒られると思って、あわてて口にいれちゃったの。すっごく苦しくて。これからは気をつけるから。見捨てないでね、ママ。
篤史のいってたことは本当だったのだ。
目撃していた近所の人の話しだと、絵梨香の背中を殴りつけ、体を抱えて逆さまにしたり、なにか口に押し込めるそぶりをしていたり、暴行を加えていたというのだった。
早苗が仕事に出て行ってるときは特に激しくものをぶつける音が聞こえ、子供の泣く声が聞こえてきたので、児童相談所へ通報しようとしていたところだという証言も出てきて、篤史の形勢は不利であった。
喉に詰めたものを吐き出させようとしていたという自供は信用されていなかった。
「自業自得だっていいたいの?」
ふと気づいたら、男は立ち去っていた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
落ちた涙が冷え冷えとした留置場に音もなく吸い込まれていく。
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