短編:リーゼントっ!
竹林の七賢
リーゼントっ!
リーゼントースタイル(和製語 regent style)
男性の髪型。ポマードなどを使って、横の毛を後方にむけてなでつける。多く、前髪を高くしたものを言い、一九五〇年代に流行。リーゼント。
(広辞苑第七版より)
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一人の男が豪奢な椅子に苦々しい顔で座っている。
「王よ」
「なんだ」
「ツーブロ国軍はもう国土の三分の一を侵攻しております。王都ももはや危ういかと」
「……わかった」
リーゼントを床に付けて報告した騎士に王――リーゼント国王十二代目リーゼント十二世は頷いた。
それに合わせて立派な、たいそう立派なロイヤルリーゼントが揺れる。
「リーゼンロッテ」
「はい。どうかなさいましたか、お父様?」
王が手を叩くと、女だてらにリーゼントをした王女が現れた。
「リーゼンロッテ。召喚の儀は行えるな?」
「問題ありませんわ」
「では、今すぐ執り行え。この国の未来はお前に掛かっている」
「畏まりましたわ」
王女はリーゼントを揺らすこと無くスカートをちょこんと抓んで頭を下げると、部屋から出て行った。
部屋から出た王女は手を叩いて侍女を呼び、王国内の魔術師達を呼び集めた。
三十を超える魔術師がすぐさま集まり、全員リーゼントの集団は時に髪をぶつけ合いながらも地下室へ辿り着く。
地下室の扉を魔法を使って硬くしたリーゼントで押し開けると、地下室に明かりが灯る。
魔術師達がリーゼントに乗せたロウソクが石造りの地下室の床に描かれた紋様を映し出す。
「これより、召喚の儀を執り行いますわ。準備なさい」
「「「「「「はっ!」」」」」」
屈強な魔術師達は床の紋様に向かって魔力を込めていく。
王女もリーゼントから魔力を流し込んだ。
床の紋様が光り輝く。
「勇者様! 我が求めに応じ、召喚なさって下さいませ!」
王女がリーゼントを揺らしてそう叫ぶ。
立派なリーゼントを持った、男の顔をした紋様が一際輝き、一人の男が異世界から召喚されようとしていた――
☆ ★ ☆
「
「は?」
目の前で沈痛な顔をして俺にそう告げてきた美人に思わず不躾な声を上げる。
俺が、死んだ?
どうしてそんなことを……。
思い出した。
俺は、トラックに轢かれて死んだんだ。
あの居眠り運転野郎め。
気持ち良さそうに寝やがって。
「あの、大丈夫ですか?」
心の中で何十も悪態を吐いていると、美人が心配そうに声を掛けてきた。
「あ、ああ、大丈夫だ。それで、ここは?」
今更ながらに疑問が上がる。
「ここは関所――まあ、死後の世界の様なものです」
「あ、あんたは?」
ここが死後の世界だとするならば、この美人は、ひょっとして……
「私はお察しの通り、女神です」
しまった。
女神様にとんだご無礼を。
慌てて平伏する。
「そ、その、ご無礼を働きましたこと、平にご容赦頂きたく」
「い、いえ、大丈夫、大丈夫ですから、お顔をお上げ下さい!」
仕方なく顔を上げると、女神様は慌てていた。
随分と腰の低い女神様だ。
「こほん。それで、貴方には、四つの選択肢があります」
「四つ?」
こういうパターンで行くと、転生か天国か……あとは地獄?
だとして、四つ目はなんだ?
「一つ目は、天国に行くことです」
「天国、ですか」
「はい。ですが、天国は神の国です。貴方達人間はよっぽどの善行を積んでいない限りよくて奴隷待遇でしょうね」
「あ、遠慮しておきます」
そうなさるのがよろしいでしょうと女神様はふわんと微笑む。
やっぱり女神様は女神様だ。
優しい。
きっとそういった奴隷制度にも反対なんだろうな。
「二つ目は、記憶を全て失って転生することです」
「……記憶を失って、ですか」
「はい。ある程度の望みは叶えられますよ。来世も人間がいいですか? 今度は東京の大都会に生まれたいですか? それともアメリカ? カザフスタン?」
「ええと、保留で」
この女神様は何故俺がカザフスタン好きなのを知っているのだろうか。
カザフスタン、いいよ、カザフスタン。
なだらかな平原とそれを区切るカザフ丘陵。アルタイ山地、テンシャン山脈。
馬に乗って風を切り、ウラル川で水を浴びる。アラコリ湖で魚を釣る。
良い所だよ、カザフスタン。
「三つ目は、消滅です」
「消滅?」
女神様は両手を合わせて微笑んだ。
消滅?
消えて無くなるってこと?
「はい。世界に倦んだ方も多いので、消滅を選択される方も少なくありませんよ?」
「……遠慮しときます」
俺がショックを受けて絞り出す様にそう言うと、女神様はそうですかと不思議そうな顔で言う。
「よ、四つ目は?」
「四つ目は、記憶を保ったままの転生です」
「お、おおお!」
「正確には、その体のまま別の世界に行って貰います」
「おお!」
一気にファンタジーっぽくなってきた。
そうだよそれ、そういうのだよ!
それを一番最初に言ってよ!
俺はリーゼントを激しく揺らして頷いた。
「それでお願いします!」
★ ☆ ★
……まさかあの世界のあのおかしなやつらがあれを使うなんて。
私は溜め息を吐いた。
国民全員が男女関係なくリーゼントだというキチガイ国家が隣国のツーブロ帝国とやらに侵略されて、リーゼントを切り落とされてツーブロックにさせられているのを見た時はいいざまだとニヤニヤしていたが、まさか勇者召喚の要請が来るとは思えなかった。
そして、丁度良く死んだ魂が漂ってきて助かった。
手に持った紙を指で弾く。
李禅戸。
祖父母が韓国人の韓国系日本人で、歳は十六。
無類のカザフスタン好きで千葉住まい。
密かに東京に憧れている。
ファンタジーに興味大。
野蛮な、大層野蛮な、あの世界にリーゼントという概念を持ち込むという愚行をおかし国をつくった奴と、同じ国出身、同じ髪型。
思い出しているとイライラしてきたので椅子の頭を殴る。
「ぐふっ」
「……チッ」
漏れ出た悲鳴にイライラする。
椅子を立って蹴り上げる。
「グハァッ」
「椅子が喋ってんじゃねぇよ! 椅子は椅子らしく黙って息止めて座られてりゃいいんだよ! この私が座ってやってんだぞ! 感謝の一つくらいしろや!」
「ぐ、申し訳ありません」
「申し訳ありませんじゃねぇよ! てめぇが私に喋りかけても良いとでも勘違いしてんのかよ! 良いから黙って座られてろ! 奴隷の分際で」
椅子の腹に数度スタンピングをして溜飲を下げる。
「おい、他の椅子もってこい!」
「は、ただいま」
「だから、しゃべんじゃねぇよ!」
鬱憤晴らしに足下の椅子をもう一度踏みつける。
それを見て壁際の奴隷共の内一人が私の後ろに四つん這いになった。
「っち。おせーよ」
勢いを付けて座る。
こちらに背を向けて立った背もたれに寄りかかる。
「肘」
椅子の両脇に中腰になった肘掛けに頬杖をつく。
「はぁ。面倒臭いけど仕事だから仕方ねぇか」
一つ溜め息を吐くと、意識を切り替えた。
奴隷共を退出させる。
そして、迷える魂が入ってきた。
よし。
「李禅戸様。貴方の人生は残念ながら終わってしまいました」
私に出来る精一杯の演技でそう言った。
☆ ☆ ☆
――
★ ★ ★
生者の世界と神の世界をつなぐ関所にある、転移陣の間にリーゼント野郎を連れて行く。
転移先の世界の様子を覗き見ながら、リーゼント野郎に適当に能力を与える。
「では、貴方には私の能力の一部を授けましょう」
「マジですか!?」
「はい。貴方の肉体能力をこれから行く世界でも十分通用する様に、強化しました。貴方はこれから先様々な経験をなさるでしょうが、機転とこの力があれば乗り切れるでしょう」
「で、でも湧き上がる様な力なんて感じられませんよ?」
「意識すれば、力が湧いてきますよ。向こうの世界で試してみて下さい」
「わ、分かりました!」
そこまで言うとリーゼント野郎の足が薄くなってきた。
「それでは、貴方のこれからに良い未来が待っているよう」
「い、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
私は聖母の様に微笑むと、リーゼント野郎を見送った。
転移先の様子を見ると、リーゼント野郎が弾け飛んでいた。
「……はあ!?」
☆ ★ ☆
「勇者様! 我が求めに応じ、召喚なさって下さいませ!」
王女がリーゼントを揺らしてそう叫ぶ。
立派なリーゼントを持った、男の顔をした紋様が一際輝き、一人の男が異世界から召喚されてきた。
紋様の上に足から腰、腹、胸が現れてくる。
顔まで現れると、まだ完全な召喚は済んでいないため透けているが、リーゼントの勇者は自分を取り囲んでいるリーゼント集団に恐怖を感じた。
「ああ、勇者様。求めに応じて下さってありがとうございます。この国を救って下さいませ!」
李禅戸は顔を顰めて拒否しようとするが、その前に世界に顕現してしっかりとした実体を持った。
――その瞬間、弾け飛んだ。
「……」
場が痛いほどの沈黙に包まれる。
光り輝いていた紋様が光を失い、魔力を消費した魔術師達が、王女が呆然とする。
「……は?」
王女の呟きは、それはもう、大層大きく響いた。
★ ☆ ★
ちょ、なんなのよあれは!
なんで召喚された瞬間に消し飛んでるのよ!
「ああもう、訳わかんない!」
どうせ信仰なんて失っている世界だから今更失敗がどうこうと騒ぎ立てるほどのことでもないけれど、悔しい。
椅子に腰を落とす。
本当、なにがどうなっているのよ。
ログを良く見てみる。
……なになに?
座標x:120,y:9820,z:-14.3729の位置で魔力と等価交換で生物発生?
タイプホモ・サピエンスで番号8?
重力で座標x:120,y:9820,z:-14.36566に浮かび上がってそのまま消滅?
「どうなってんだよ」
ええと、つまり。
重力が元の世界とは違って、さらに酸素濃度や窒素濃度が違ってうんたらかんたら。
つまり物理法則が違ったから呼び出された瞬間に素粒子に分解されて吹き飛んだってこと?
「なんだそりゃ」
前に同じ世界から人送って何年経ったと思ってる。
あのときは私の管轄じゃ無かったからよく知らないけど、国が出来て髪型が流行るくらいには長生きしてんだぞ?
「ああもう、ほんとわっけわかんない」
始末書書かされない様に出戻り勇者を消さないと。
はぁ、残業確定だな。
私は自慢のリーゼントをさわって溜め息を吐いた。
短編:リーゼントっ! 竹林の七賢 @77-77-777
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