仁侠令嬢はシンデレラ

ひつじ

第1話

 

 王城の広間では学園の卒業式が行われていた。壁に飾られた王家の紋章を描いたタペストリー、天井から吊り下がる豪奢なシャンデリア、金銀が尽くされた燭台。深紅の絨毯に彫刻が施された石柱、美しいものがそこいらにあるのにも関わらず、閲兵式に臨む兵士の如く整列する学生達は王座の前にいる3人を注視していた。


 学生のみならず教師も皆緊張の面持ちでいる。それもそのはず、3人の内訳は王子、男爵令嬢、公爵令嬢。金髪が目立つ王子が黒髪の男爵令嬢を匿うように、水色の流麗な髪の公爵令嬢と対峙しているのだ。


「ウィレス家公爵令嬢、エリザベス。貴様との婚約を破棄させてもらう」


 金髪の王子が発した怒声は式場全体に響き渡る。しばしの静寂の後、学生たちの動揺の声で騒めき、広間が揺れた。突然の婚約破棄の宣告。それも公爵令嬢と王子との破談。皆が慌てふためくのも無理はない。だが婚約破棄をつきけられた当の本人、エリザベスだけは凛と澄ましていた。エリザベスは前髪を邪魔そうに掻き分け、静かに尋ねた。


「婚約破棄ですか?」


 問われた王子は「ああ!」と大声を上げる。


「お前がミルクを散々にいじめた証拠も上がっている。そのようなことをする卑劣な女を我が嫁に迎えることは出来ん」


 ミルクは王子の後ろでコクコクと頷いた。そんな様子を見たエリザベスは呆れたように肩を竦める。


「私にはいじめた覚えがありません。証拠があるとおっしゃいましたね? 私が何をしたかお教え願いましょう」


「貴様がミルクを階段の上から突き飛ばしたのだろう。見ろ、この子の足を」


 そう言ってジョンは包帯が巻かれたミルクの足を指さした。


「それにまだあるぞ! 罵詈雑言を浴びせ続けたそうじゃないか!? 卑しい身の上で王子に近づくなんて汚らわしいと!」


 激昂し、ますます熱を帯びていくジョンと反比例するように、エリザベスは萎えていった。


 なるほど、この女性に王子はくびったけで嘘を真に受けているのか。


 エリザベスはあくびが出るのを我慢できず、手で口を抑えて話す。


「それがいじめですか? 私がいじめるのならば、恫喝、脅迫、誘拐、何でも致しましょう。それが義のためならば、何でもする。それが私のやり方です。実際、薬の売買に手を染めた貴族には、それ相応の罰を下しました。王子、貴方もご存知でしょう?」


 ジョンは噂話を思い出す。人を狂わせる薬で儲けていた貴族が、山中で遺体となってみつかった、という話だ。その話には裏があり、エリザベスが糸を引いていたということだった。


 ジョンは膝が震えるのを感じつつも、ミルクの怯えた表情を見て勇気を振り絞る。


「い、いじめたのは事実だ。ミルクの顔を見てみろ、それが真実を物語っている!」


「はあ、私が彼女をいじめる理由がどこにあるのです? 彼女は誰かを裏切りましたか? 誰かに不義理を働きましたか? 義に反する行為をいたしましたか? いいえ、していません。ならば、私がいじめる必要がないのです」


「いや違う。お前はミルクと私が親しくするのを見て、婚約者に不義理を働いているとみたんだ!」


 ジョンがそう言うと、ミルクの顔が青ざめた。


 エリザベスはミルクを憐む。可哀想に、王子を籠絡したのはいいものの、私の敵にされるなんて。


「殿下、そのお言葉、撤回するのならば今のうちです。貴方の言は道理にかなっています。なるほど、婚約者がいる男性に言い寄ることは不義理にあたる。だとするならば、私は彼女を許さない。女子供、誰であっても不義理を働く人間を許しませんから」


「撤回などするものか!! 貴様のその言葉こそ撤回するんじゃないぞ!! いじめの動機があった証拠だ!!」


 ジョンはそう言って、学生達の方を向いた。


「皆も聞いたか!! この女は自らの罪を認めたぞ!!」


 学生達は皆、ジョンから顔を背けた。そんな学生達にジョンは苛立ちをあらわに怒声を放つ。


「どうしてだ!? この女は極悪非道の行いをしたんだぞ!!」


 それでも、顔を背き続ける学生達にジョンは忌々しそうに舌打ちをした。


「チッ、もういい!! 誰が何を思おうとも、もう関係がない! 父と公爵に陳情したところ、婚約の破棄は決まった。それに貴様の処遇も決まっている」


 ジョンがそう言うと、エリザベスの目つきが変わった。鋭く射抜くような冷たい眼差し。そこには得体の知れない恐怖を感じさせるような威圧感がある。


「王様も父も同意を示したのですか?」


 雰囲気が急に変わったエリザベスにジョンはたじろぐ。


「そ、その通りだ。貴様の狼藉を知って公爵は激怒されていたぞ」


 エリザベスは顎に指を添えた。


「大恩ある父の決定ならば、私は呑みましょう。先ほど私の処遇が決まっていると申しましたね。それをお教えください」


 ジョンはにやりと笑って告げる。


「貴様は、リシチア領の貧乏貴族に嫁ぐことになった」


 生徒、教師は悲鳴を上げる。それが心地よいのかジョンは醜い笑みを浮かべた。


「逃げ出されたら困る。衛兵、その女を塔に押し込んでおけ」


 ジョンがそう言うと、どこからともなく鎧を着た兵士が現れ、エリザベスを取り囲む。しかし、エリザベスの依然と変わらない凛とした様相に、兵士たちは近づけなかった。


「全く、そう警戒なさらずとも、私は抵抗いたしませんのに。ただ殿下、最後に申し上げたいことがございます」


 エリザベスは凛としたまま、美しく鋭い瞳をジョンに向ける。


「信条を曲げることだけは自分でもできないので、破門された私は王国に義を尽くせません。それに殿下、メンツを潰されたこと、いつか落とし前はつけねばなりませんのでお忘れなく」


「まだ、自分の非を認めんのか!! いい加減負けを認めろ!!」


「私、生まれてから一度も自らを恥じたことも、敗北を覚えたこともありませんので」


 顔を真っ赤に染め上げ、憤慨したジョンは叫んだ。


「黙れ!! この女を早く塔に押し込めろ!!」

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