サキュバス、好きなアーティストは? という質問に対してルーシー・モノストーンと答えていました6

「契約成立ですね。では、私は一旦失礼いたします」


「あぁ」


「では……」




 ……契約してしまったが、本当によかったのだろうか。俺は俺の自由意思を阻害し、また、俺の望みを妨げようとしている。自身への反逆というのは哲学というか文学めいていて恰好はいいが、最大級の自己否定の実行をすると思うとなんだか頭がおかしくなりそうだ。


 ただ、そうだな……ピチウの事を考えると黙っているわけにはいかない。兄としてやるべき事をやらねばならないだろう。この気持ちも偽りなんだろうが、それでも助けないわけにはいかない。それが俺の使命。レーゾンデートルなんだから。



 ……



 俺が消えて俺が俺に戻ったら、俺はピチウを殺すのか?

 ……殺す。殺すだろうな、俺なら。

 どうしよう。そのあたりの事すっかり抜け落ちていた。なんとか考えないと……お母さんがなんとかしてくれるか? いや、多分、俺が殺すとなったら親父は絶対協力してくる。如何にお母さんといえども、俺と親父の二人を相手にするのは流石に厳しい。精神状態も良くないだろうし、これはまずい。一旦もう全部諦めようと考えてはいたが、行動してしまったがために俺の中の責任感が再熱してしまった。どうしよう、助けなきゃ、ピチウを……



 ……親父を殺すしかない。

 俺一人ならお母さんでどうにか対処できるだろうから、親父だけどうにかすれば何とかなる。何とかなるが、どうやって殺す。弾道ミサイル直撃しても死なないような人間なんてどうやって殺せばいいんだ。生物というか、世界の理から外れている奴だぞ? 

 駄目だ無理だ。となると封印? よくあるパターンだけど、術の無効化も普通にやってくるからなぁ。お母さんクラスでも多分数日動きを止めるくらいが限界だろうから、これも現実的じゃない……あ、そうだ。さっきデ・シャンが異空間をリンクさせてたな。それやってもらって永遠に時空の間を彷徨うようにしてもらおう。いや、それができるのであれば過去に実行している気がするな……メリットがあったからやらなかったのと、今は聖書とやらを持っているからできないのかもしれんが、希望的観測で計画を進めるのはやめておこう。これも一旦無理と想定。そうなると、いよいよ打つ手がない。いや? むしろ親父じゃなくて俺を殺せば……それでは本末転倒だろう。うーん……あ、そうだ。ちょっと俺に相談してみよう。





「おい」


「……」


「おい」


「……」


「おーーーーーーーーーーい!」



「うるさいぞ。何の用だ」


「いや、相談があるんだが」


「……嫌だね」


「そんな事いわず、話しだけでも聞いてくれよ」


「俺はもはや俺として生きているんだ。偽りの俺の言葉など聞きたくもない。俺はこれから自由に生きるし、好きな事をやる。俺の出る幕はない」


「気持ちは分かるんだが、どうせ俺はこのまま消えるんだ。最後に一つくらい願いを叶えてくれてもいいだろう」


「知った事じゃないな」


「お前、本当に俺か? なんでそんなに融通が効かないんだ」


「俺は元からこういう人間だ。作られた俺が分かったような口をきくな」


「そうはいっても、俺も俺も俺なわけだろ? つまり俺の意思や思想も俺の心に影響を受けているし与えているわけだ。それを無視するってのは、俺自身に嘘を吐く事になるんじゃないのか?」


「……」


「俺の言葉は俺の言葉でもあるんだ。人格こそ違うかもしれんが源流は同じ。そこを濁しながら自由に生きるってのはある意味束縛されているのと同じだと思うんだが、どうだ? 俺」


「……うるさい」


「うるさいで片付けるな」


「俺のいっている事は屁理屈だ。俺は俺だし、俺の意思決定に俺は影響しない。俺の考えや思想は俺のだけのもので、俺は別人だ」


「そう割り切れるのであればいいが、そうじゃない事は俺が一番理解しているだろう? 心が揺れているぞ。俺には分かる」


「……」


「頼むよ。本当にこれだけ。たった一つだけでいいんだ。俺の頼みを聞いてくれ」


「……はぁ……いいだろう。聞くだけ聞いてやる」


「助かる。さすが俺だ。やっぱり自分は裏切れないよな」


「うるさい早くしろ」


「ならいうが、ピチウを殺すの、諦めてくれないか?」


「断る」


「そこを何とか頼むよ。たった一人の俺の妹じゃないか」


「だからこそだ。だからこそ、殺す価値がある。殺したいと思う。二人といない唯一無二の人間だから、俺はあいつを殺したい。分かるか? 分かるだろう? 俺は俺なんだから。あの時殺し損ねた時の無念と怒りと惨めさは、俺にだって分かるはずだ。あぁ、殺したい。ピチウを、あいつを俺は殺したいんだ」


「……」


「俺はあいつを殺して初めて吹っ切れる事ができる。俺はあいつを殺さないといつまで経っても次の道に進めない。あいつへの殺意が尽きなければ、俺が俺でいられなくなり、いつか狂ってしまうだろう。俺はあいつを殺すんだ。殺さなければならないんだ」


「……」


「分かったか俺? 俺は絶対にあいつを殺すんだ。俺だって殺したいだろう? そうに決まっている。だから止めるな。俺だって殺したいのを無理やり制御されているだけで、本当は殺したいに決まっているんだ。なぁ、そうだろう? 俺」


「……分かった」


「そうだよな! 分かるよな! 俺なら!」

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