サキュバス、好きなアーティストは? という質問に対してルーシー・モノストーンと答えていました7

「俺はピチウを愛しているんだ」


「なに?」


「愛しているんだよ。ピチウを、妹を」


「何を言っているんだ俺? 俺がピチウを愛している? 馬鹿な、そんなわけがないだろう……いや、そうだな。殺したいというのは愛情裏返しなのかもしれない。この抑えきれない殺意はもはや愛といっても過言ではないだろう。そういう意味では俺の指摘も間違ってはいないかもしれない」


「……」


「そうだな、そうだ。そうだとも。これは愛。愛だ。俺が妹に向ける感情は、まさしくピュアな愛情だったんだ。恋慕にも似た殺人衝動は、誰にも御しきれない偉大なる感情の爆発なんだ! 俺はあいつを、妹を、ピチウを殺す事によって最大の愛を表現するのだ! 殺す事が俺の最高の愛なのだ。そう、愛だ!」


「……滑稽だな」


「……なんだと?」


「滑稽だと言ったんだ。ペラペラペラペラとラノベやゲームにハマった中学生みたく恥ずかしい戯言並べやがって。ずっと寝ていたせいで精神年齢成長しきってないのか? 哀れすぎんだろ」


「……」


「異様にピチウに執着しているからおかしいと思ったんだよ。他の奴には全然反応しねぇんだもん俺。お前が殺したいってのは欲望と一緒、性欲と同類なんだよ。さっきから殺すとか何とか言ってるけど、ヤリてぇヤリてぇって喚いてるのと同じだぜ? いい歳した人間が猿みたいによぉ。情けなさ過ぎて同情しちまうよ」


「勝手な事を言うじゃないか。偽物風情が。推察は結構だが、的外れだな」


「的外れね……実は、さっき知ったんだが、精神世界ってのはコツ次第で心の内が読めるらしいんだわ」


「……」


「で、俺がピチウについて延々と語っているところで試してみたんだが、ドンピシャよ。お前、ピチウを殺すって言う度に心が揺らいでんだ」


「揺らいでいるだと?」


「そうとも。殺したい気持ちは本物だろう。俺は正真正銘のサイコキラーだ。だが、ピチウを殺すとのたまっている時はまるで言い聞かせるように、それでいて躊躇するような心の動きがある。そして同時に焦燥、緊張、高揚、畏怖、動揺といった感情が混ざり、一瞬平静を失う。この心の動きは、恐らく……」


「黙れ!」


「……」


「俺に何が分かる! 人間らしい欲望もなく惰性で生きてきた俺に! 作られた人格の中で思想さえ誘導されていた俺にいったい何が分かるというのだ! 俺に心を語る資格があるのか!? 感情を理解する事ができるのか!? 俺の気持ちをお前は知っているのか!?」


「当然じゃないか。俺は俺なんだから」


「ふざけるな! 俺と俺は違う! 何もかもが違っている! 俺が俺である以上俺は俺じゃないんだ!」


「違うというのであればそう思っていてもいい。だが、俺の中にあるピチウへの愛情を、俺は否定する事はできない」


「そんな事はない! 俺はあいつを殺したいだけだ! 一人しかいない妹を殺して! それで! それで……」


「それで、どうするんだ俺は」


「それで、終いだよ……俺はピチウを殺したいんだ……」


「どうして殺したいんだ?」


「さぁな……分からねぇよ。いつの間にか家族になっていて、いつの間にかお兄ちゃんなんて呼ばれて、あいつの前では真っ当な人間のふりをして、でも殺したい衝動はなくならなくて、その衝動が、いつしかあいつに向かっていって……」


「最初は殺したくなかったのか?」


「どうだろうな。確かに俺は血を見るのは好きだ。人体を破壊するのが好きだ、骨を折るのが、肉を潰すのが、内臓を抉るのが、目を刳り貫くのが、耳を削ぎ落すのが、鼻を落とすのが、血を見るのが大好きで大好きで、だから動物を殺して、いつか人間も殺したいと……それで、ピチウを見ていると、心が昂って、殺さなきゃいけないと……」


「それでも俺は、殺せなかったんだろう?」


「……」


「親父はお母さんにバレて殺し損ねたと言っていたが、それは違う。本当は殺す気になんてなかったんだ。殺せなかったんだ。殺して、ピチウがいなくなるのが怖かったんだ」


「しかし、俺は……」


「そうだ、それでもピチウを殺したいという気持ちもあった。それが俺なんだ。俺は誰かを傷つけ、殺す事でしか愛を実感できない人間なんだ。社会的不適合で、決して他者とは相いれない存在でも、愛したいと思っているんだ。他に愛し方を知らないんだ」


「……」


「俺にとっては誰かを殺す事が愛そのものなんだよ。だが同時に、愛するが故に殺したくないという矛盾を抱えている。だからこそ俺は、あえて偽造の人格を受け入れた。そうして自己矛盾から逃避して、ずっと心の中に籠っていたんだ」


「……」


「認めよう。俺は、ピチウを愛しているんだ。殺したいけど、殺せない、いや、殺したくない。愛しているから、生きていてほしい」


「……俺は、しかし……ピチウを……」


「答えがまとまらないか。そうだな。そうだろうとも。俺もそうだったよ。俺の人格が干渉し始めた時、俺はずっと悩み、苦しんできた。辛いよな」


「……」


「今すぐには答えが出ない。だが、もう少し時間をかけて考えよう。その時まで、ピチウを殺すのはやめないか、俺」


「……」

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